計算と感覚の交差点 ― 「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」(レポート)
「バザールでござーる」「だんご3兄弟」「I.Q」「ピタゴラスイッチ」など、メディアの新潮流を切り拓いた表現者/教育者の佐藤雅彦(1954-)。親しみやすさと革新性を兼ね備え、私たちの日常感覚に新たな視点を投げかけてきました。
児童教育番組や企業広告、さらには観客の身体や思考を巻き込むインスタレーションまで、四半世紀を超える活動を通じて、佐藤の思考の変遷と表現の深化を体感できる展覧会が、横浜美術館で開催中です。
横浜美術館「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」会場入口
美術館のロビーには、参加者が数字を書かれたカードを首から下げて「数」となり、庭の中を歩き回る体験型の作品が展示されています。計算式の書かれたゲートを通るたび数字が計算され、最終的に「73」になると庭から出られる仕組みです。
普段は見えにくい「計算」のプロセスを、身体を通して体験できる試みです。
横浜美術館「佐藤雅彦展」会場風景 佐藤雅彦+桐山孝司《計算の庭》2007 展示風景
佐藤雅彦の表現活動は、広告代理店・電通に入社後、個人的に制作していたポスターやDM、漫画、雑誌編集などのグラフィックデザインから始まりました。もともと美術には関心がなかったものの、料金表や座席表、段ボールに印刷された商品情報の断片を蒐集し、それらが「枠で構成されている」ことに魅力を感じていました。
この気づきを、自らの表現のルールとして取り入れ、方法論を意識した制作を続けています。
第0章 方法論の萌芽 展示風景
1987年、佐藤は電通クリエイティブ局に異動し、CMプランナーとしてのキャリアをスタートさせます。実績も人脈もない中、会社の資料課で世界中のCM映像を見て回り、共通する特徴を洗い出し、自分なりの「CMの作り方=ルール」を確立しました。
展覧会では約70本のCMをシアター1で上映し、シアター2では「音から作る」という基本ルールを紹介しています。
第1章 ルールの確立 展示風景
1990年代には、「ルール」を発展させた「トーン」という新たな方法論が生まれます。視聴者を惹きつける世界観を提示し、企業や商品のブランドイメージを育む手法で、サントリー「モルツ」やトヨタ「カローラⅡ」などのイメージ刷新に大きく貢献しました。
ここでは、多様な「トーン」の中から代表的な2例を、自立型モニター「オート・ティーチング・マシン(ATM)」で紹介しています。
第2章 ルールからトーンへ 展示風景
1990年代前半、「トーン」は広告の枠を超え、新たなメディアへのアイデアをもたらしました。1994年に佐藤は電通を退社し、商品や広告の制約から自由になって純粋に世界観を追求します。
代表作のひとつがゲーム「I.Q Intelligent Qube」(SIE・プレイステーション用ソフト)であり、また「文字でトーンをつくる」ことを目指した本をきっかけに、歌とアニメーションによる「だんご3兄弟」も誕生。広告の枠を超えた多彩な表現へと展開していきます。
第3章 トーンがもたらした転機 展示風景
《勝手に広告》は、依頼を受けて作られた広告ではなく、“広告”という形を借りた独自の表現作品です。牛乳石鹸の牧場、グリコのお菓子の都市、コダックフィルムの通勤風景、三菱鉛筆の森など、商品やブランドのイメージを再構築した世界が展開されます。
中村至男とともに制作し、『relax』『Casa BRUTUS』で連載。写真はホンマタカシ、タイトルコピーは内野真澄が担当しました。
佐藤雅彦+中村至男《勝手に広告》2003-2005 撮影:ホンマタカシ 展示風景
《指紋の池》は、自分の指紋をセンサーで読み取ると、池のようなディスプレイに指紋が現れ魚のように泳ぎ出します。やがて群れに紛れますが、再度指を置くと自分の指紋が戻ってくる様子には特別な愛着を感じさせます。
桐山孝司との共同制作で、2010年の展覧会“これも自分と認めざるをえない展”で展示されました。
佐藤雅彦+桐山孝司《指紋の池》2010 展示風景
NHKの幼児教育番組『ピタゴラスイッチ』の人気コーナー「ピタゴラ装置」は、短いコーナーが多い幼児番組で視聴者に今見ている番組を示すための工夫として佐藤が考案しました。
230以上の装置が制作されており、会場では代表的な4つを実物で紹介しています。子どもも大人も楽しめる装置の仕組みには、佐藤研究室での「メカニズム」研究の成果が活かされています。
特別展示 ピタゴラ装置の部屋 展示風景
1999年に慶應義塾大学環境情報学部教授となった佐藤は、自身の研究室を設立。認知科学や計算幾何学など、広告制作時代には扱えなかった分野の研究を進めました。学生とともにテーマの本質を探るスタイルで、多くの表現がここから生まれています。
佐藤雅彦研究室OBによるクリエイティヴグループ「ユーフラテス」によって研究と表現は継続され、本展ではそのプロセスをテーマ別に紹介しています。
第4章 佐藤雅彦と佐藤雅彦研究室 展示風景
佐藤雅彦の多岐にわたる活動は、表現の方法を追求し続けることで、新たな視点と体験を私たちに提供してきました。その創造の軌跡をたどりながら、メディアや広告の枠を超えた彼の革新的な挑戦を感じ取れる貴重な展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年6月27日 ]