藤井 風、その音楽がもたらす解放と歓び 14万人が集った日産スタジアム2デイズに満ちた愛
8月24日&25日、神奈川県・日産スタジアムにて開催された『Fujii Kaze Stadium Live “Feelin' Good”』。日本国内では約1年半ぶりとなる本公演は、2日間で計14万人を動員。本記事では、同公演のオフィシャルレポートをお届けする。
開演予定時刻を過ぎ、7万人が「その時」へと期待感を膨らませていくなか、突然、客席エリアからフィールドへと登場した藤井 風。驚き熱狂する観客達の間をゆっくりと歩きながら、アリーナ中央にぽっかりと開けた芝生スペースへと歩を進めていく。そしてそのまま、そこに佇むピアノに向かい、ひとり静かに、音楽を奏で始めた。歌はなく、ピアノ曲としてアレンジされた“Summer Grace” (原曲:grace) の美しい響きが、人々の心に清々しいかぜを吹かせてゆくかのように静かに広がっていく。
藤井 風は約3年前、2021年9月4日に、今回と同じ日産スタジアムで無観客での無料配信ライブを行なっている。コロナ禍で人々の気持ちが沈みゆくなか、そして音楽業界的にもライブ興行が厳しい状況にあるなか、少しでも何かのきっかけとなればという想いから当初は動員数を絞って招待制での開催を予定していたが、感染再拡大を受けて無観客での実施となったピアノ弾き語りライブ。あの時は広大なフィールドの真ん中でたったひとりで奏でたが、今回、その同じ場所でピアノに向かう藤井 風の周りには7万人もの人達がいる。通常、センターステージであってもみんなに見えやすいようにメインステージと同程度以上の高さをもってステージを設置するものだけど、本公演では約3年前と同様に芝生の地面にピアノが設置されていた。その場所からこのライブを始めたのはきっと、彼のメッセージだったのだろうと思う。
「Where has the storm gone. Where have I gone. Seems like I've finally turned into freedom」「All that I'm feelin’ now... is love」――アンビエントなSEに乗ってそんな彼の言葉が会場を満たしてゆくなか、フィールドからステージへと上ってスタートした1曲目は、先日ドロップされたばかりの新曲“Feelin’ Go(o)d”(先の言葉は、この曲のリリックの英訳でもある)。日常というストリートで舞い踊るように、カジュアルな服装に身を包んだダンサーとともに自由にステージを歩き、踊りながら、その歌声を空に響かせていく。
“Feelin’ Go(o)d”が終わった瞬間にピタッとステージセンターで動きを止め、そこから約66秒にもわたって微動だにすることなく、同じポージングで静止し続けた藤井 風。言うまでもなく、彼が敬愛するマイケル・ジャクソンの「The Dangerous Tour」オープニング、あの伝説の静止へのオマージュだろう。マイケルのブカレスト公演のように失神者が続出するようなことはなかったけれど、次々に湧き上がるオーディエンスの歓声と指笛がスタジアムにこだましていく。キーボードとベースのユニゾンによるフレーズから再び時が動き出し、“花”へ。“Feelin’ Go(o)d”と同じくA. G. Cookをサウンドプロデューサーに迎えて制作されたこの曲は、迷い惑いながらも、他の誰でもない自身の内にある花を信じ、探しにいこうという意志をしなやかに提示する歌だ。やわらかな歌声のなかにも確かなるパッションと祈りを滲ませながら朗々と歌い上げる様に、ライブ序盤にして早くも深く、深く惹き込まれていく。
バンドのグルーヴもとてもいい。2023年2月にファイナルを迎えた国内アリーナツアー以来となる、バンド編成でのライブ(昨夏のアジアツアーも、今年の初夏に行われたLA&NY公演も、ピアノ1台でのライブだった)。メンバーは、バンマス&キーボードにYaffle、ギターにTAIKING、ベースに小林修己、ドラムに佐治宣英、パーカッションに福岡たかし、そしてバッキング・ヴォーカルにARIWA(ASOUND)とEmoh Les。そこに8名のダンサー陣が加わり、風も含めると16人のミュージシャン/パフォーマーが今回のショーの中心となって、7万人×2日間=14万人とともに日産スタジアムという巨大な空間を大きくグルーヴさせ、豊かな解放感を生み出していった。
「This is not my show this is YOUR show. だからこんなふうに一緒に歌って欲しいんです」――そんなふうにしてオーディエンスのハミングを誘い、奏でたのは“ガーデン”。続く“特にない”ではクラップやフィンガースナップでの参加を呼びかけたのだけど、その際に「手拍子 or 指パッチンする度に、みんなの中のモヤモヤした気持ちとかネガティヴな感情が一つひとつ消えていくイメージを持ってやって欲しいんです。あなたのネガティヴを全部、日産スタジアムの空に投げて帰ってください」と語りかけ、風自身もステージセンター前に腰掛けてゆったりと歌い始めた。たとえば、ライブ序盤で熱く激しく盛り上げ、爆発的な熱狂を巻き起こすことによってオーディエンスの感情を解放させるという形もあるけれど、今回の藤井 風のアプローチはそれとは異なり、ソウルフルで伸びやかな歌と心地いいアンサンブルによって日々のなかで知らず知らずのうちに強張っていた身体と心を自然に解きほぐし、スーッと肩の力を抜くように心の扉を開かせていく――そんな感覚を覚えるライブ前半の組み立て方。それは、初のスタジアムライブとなった2年前の「LOVE ALL SERVE ALL STADIUM LIVE」@パナソニックスタジアム吹田の時とも、また違った印象を与えるものだった。
「会いに行きます!」と言ってステージ上に建てられたガレージでヘッドセットを装着し、自転車にまたがってフィールドをぐるっと一周駆け抜けながら歌った、“さよならべいべ”で7万人のオーディエンスと開放的なコミュニケーションを果たした後、気づけばすっかりと夜の闇が濃くなってきたフィールドに、バウンス的なアプローチも導入されたファットなヒップホップ・ビートがドープかつ痛快に響くインタールードへ。リフレインされる「Where have you been? I’ve been looking for you」という言葉(“きらり”のサビの英語バージョン)に、やがて「CASTING CALL」というコールが重なっていく。今回のライブでも総合演出を務めた盟友・山田健人による映像も最高にクール。
そこからの“きらり”、“キリがないから”、“燃えよ”というダンサブルな3曲では、フィジカル的にもより大きな躍動と高揚を誘発しながらスタジアムの熱をぐんぐん引き上げていった。巧みなコード・プログレッションが施されたスペイシーなファンクチューン“キリがないから”でのロボットダンスや、“燃えよ”で新たに追加されたダンスパートも含め、ダンサー陣との呼吸もバッチリ。楽曲の終盤、リリックがある箇所以上に雄弁な、まさにその魂そのものが音楽になっていく様を目の当たりにするかのような圧倒的な歌唱も実に見事だ。
デビュー以降では初めてバンドで演奏するという“風よ”、そして続く、こちらもバンドでやるのは初めてとなった“ロンリーラプソディ”では、自身もピアノを奏でながら、再びじっくりと心の奥深くに降りていくように、その宇宙へと聴く者を惹き込んでいった。大観衆が描き出す一体感といったものよりも、彼が生み出す音楽がセーフスペースとなり、一人ひとりのあるがままの心がそっと解放されてゆくような、深い充足感が静かに会場を満たしていく。湘南乃風の“恋時雨”のピアノ弾き語りを1フック挟みつつ、イントロをピアノで響かせて“死ぬのがいいわ”へ。ARIWAとEmoh Lesというふたりと織りなす有機的な声のハーモニーも美しい。
バンドのセッションとダンサー陣によるブレイキンで魅せたのち、ややオーバーサイズのジャケットにタイを締めた姿でサックスソロを響かせて始まった後半戦は、“Workin’ Hard”からスタート。ケンドリック・ラマーやSZAも手掛けるDJ Dahiと共に制作した、ローの効いたヘヴィなビートが特徴的なストイックなヒップホップ・トラックである原曲をバンドアレンジに展開し、『LOVE ALL SERVE ALL』以降にまた新たなフェーズを切り拓き始めている藤井 風の音楽世界を提示しつつ、軽快なドライブ感を放つ“damn”、そして原曲とはガラリと表情を変えたガレージロック・バージョンともいうべき“旅路”を披露していく。藤井 風はどの楽曲も自身のピアノと声のみで表現することができてしまうアーティストであると同時に優れたエンターテイナーでもあり、だからこそ、その楽曲は本質とメッセージを損なうことなくいかようにもアレンジ可能で、様々なポテンシャルを内包している。
ヴィジョンに映し出された流星群と客席に揺れるスマホライトが幻想的な光景を描き出し、遥か天高く伸びてゆくかのようなソウルフルな歌声が大きな感動をもたらした“満ちてゆく”。オーディエンスによるクラップがそのグルーヴの一端を構成し、自由で幸福なヴァイブスの交歓が生まれていった“青春病”。メンバー紹介を経ての“何なんw”では、1曲の中で極めて多彩な表情を宿したグルーヴィな歌唱表現を響かせながら、スタジアム全体をどこまでも揺らしていった。それぞれが辿ってきた人生の1シーンや胸にある想いがその音楽と呼応し、互いに重なり合い混じり合いながら、壮大でありながらも親密な音楽体験をもたらしていく、そんなライブだったと思う。
「すべては心から、想い、感情からスタートするので、あなたがFeelin’ Goodな気持ちでいてくれることは、あなたの周りのすべての世界を変えてくれる」「ここにおるみんな、これからも力を合わせて、ポジティヴに頑張っていきましょう」――そんなふうに語りかけた後、「この曲をやらんと、わしらの夏、終わらんくね?」と言って始まったラストソングは、もちろん“まつり”。彼がひとつの指針を見つけた楽曲でもあるこの曲を7万人の大観衆とともに歌い鳴らし、最後に再び自転車でフィールドを周遊して、藤井 風はステージを去った。そこに残った余韻は、まさにポジティヴなフィールに満ちた、とても心地よい愛と晴れやかさを感じさせるものだった。
なお、8月24日の公演はYouTubeで生中継され、同時視聴者数28万人という数字を叩き出したが、26日早朝時点ですでに300万回再生を突破。世界中から想定以上の反響がもたらされたことを受けて、当初の予定では26日16:00までとされていたアーカイブ配信期間を延長することが決定した(延長期間は未定とのこと)。ぜひそれぞれの場所で藤井 風の現在地を体験して欲しい。また、公式より本公演のセットリスト・プレイリストも配信されている。
10月からはシンガポールを皮切りに、8箇所9公演を回るアジアツアー「Best of Fujii Kaze 2020-2024 ASIA TOUR」を開催することを発表。昨年ピアノ1台で回ったツアーに続く2度目のアジアツアーとなる今回は、全会場アリーナへとスケールアップしての実施となる。近年の楽曲制作も含め、より様々なルーツやバックグラウンドを持つ人々とダイレクトなコミュニケーションを交わし始めている藤井 風。その経験を通して彼の表現がどんな広がりや深まりを見せていくのか、目を離すことはできない。
文=有泉智子(MUSICA編集長)
撮影=上山陽介