まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!記念講演会(2024年7月27日開催)~ 本物のユーモアを求め続けた馬場のぼると担当編集者関谷裕子氏
倉敷市立美術館では、2024年7月26日(金)から特別展「まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!」が開催されています。
この特別展の関連イベントとして、馬場のぼるさんの絵本を出版した担当編集者である関谷裕子(せきや ゆうこ)氏を招いて記念講演会が開催されました。
馬場のぼるさんの人柄や絵本の誕生秘話など、担当編集者だからこそ語れるエピソード盛りだくさんの講演会のようすをレポートします。
「まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!」記念講演会 とは
「まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!」は、2024年7月26日(金)~9月1日(日)の約一か月にわたって倉敷市立美術館で開催中の特別展です。
馬場のぼるさんの逝去20年の節目になる2021年に企画された「まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!」は、東京都練馬区立美術館を皮切りに始まり、全国を巡回しています。
倉敷市立美術館では、特別に絵本『ももたろう』の原画展示や国産ジーンズ発祥の児島地区にあるジーンズブランドBettySmithとのオリジナルコラボデニムバックが販売されるなど、倉敷会場ならではの企画が盛りだくさん。
7月27日(土)に3階講堂で開催された関谷裕子氏による記念講演会、「11ぴきのねこ」と馬場のぼる先生 ~本物のユーモアを求めつづけて~も、倉敷会場ならではの企画のひとつです。
関谷裕子氏は、馬場のぼるさんの担当編集者。
馬場のぼるさんの逝去後も、彼の家族や作品たちと向き合い続けた関谷氏ならではのエピソードを聞ける貴重な講演会です。
記念講演会「11ぴきのねこ」と馬場のぼる先生 ~本物のユーモアを求めつづけて~ のようす
当日の席は先着順。私も開場の午後1時にあわせて会場入りしました。倉敷市立美術館3階の講堂にある座席の半分ほどにはもうすでにお客さんが座っていて、講演会を楽しみにしているようすが伺えます。
聴覚障がいのある私は、倉敷市立美術館に手話通訳を派遣してもらいました。会場のレイアウトを見て通訳の立ち位置を確認させてもらったり、講演前に手話通訳者と専門用語の確認をさせてもらったりと講演の手話通訳には事前の準備が必要です。
そのような事前の打ち合わせにも、倉敷市立美術館の担当のかたに積極的に関わっていただき、安心して講演会に臨めました。
「11ぴきのねこ」シリーズ好きにこそ知ってほしい馬場のぼるさんのスケッチブック
生前、馬場のぼるさんは自分のアトリエには家族も含めほとんど誰も入れなかったそうです。描きかけの作品は、家族も目に触れることがなかったのだとか。
ところが、馬場のぼるさんの没後に彼の地元青森県にある青森県立美術館が回顧展を開催することになります。その際にご家族の了承を得て、馬場のぼるさんの自宅二階にあるアトリエを調査させていただいたところ、関谷氏が100冊近いスケッチブックを発見し、学芸員に報告しました。
発見した当初は、先生が誰にも見せなかったスケッチブックを公開しても良いものか、ためらいもあったそうです。しかし、展覧会などで一部を公開した後、没後20年近く経って学芸員の後押しもあり、『馬場のぼるのスケッチブック』(こぐま社刊)というという形で出版しました。
「スケッチブックからのぞく馬場のぼる像こそ、11ぴきのねこが好きな人に知ってもらいたいという想いで、今日のような講演会でお話をするようになりました」
と語りながら、大切そうに馬場のぼるさんのスケッチをまとめた書籍を紹介してくれました。
どのスケッチも繊細に対象が描かれています。
絵に限らず、習字やレタリングも子どもの頃から堪能な馬場のぼるさん。
関谷氏は「馬場のぼる先生の作品の絵や文字はどれも、基礎がきちんとできているからこそ表現できたものたち」だと言います。
スケッチブックや幼少期の習字作品の一部は、展覧会会場で鑑賞できますよ。
大人はだませますが、子どもはだませませんからね
『11ぴきのねこ』は1967年に刊行され、現在まで200回以上増刷を重ねながら読み継がれている名作です。
このシリーズは第一作が出たときから大変人気のある絵本でしたが、シリーズ第二作の発表までに5年、その後も6~7年に一冊とゆっくりめのペースで制作が進められました。
その理由は、子どもたちがびっくり仰天するようなどんでん返しのある結末を描きたかったから。読者の期待を裏切らない結末を描きたいと思えば思うほどなかなか筆が進まなかったそうです。
「結果、6冊ともお話の最後に子どもたちをあっと驚かせるどんでん返しの仕掛けられた絵本になり、すべてがロングセラーとして今なお読み継がれています」と、関谷氏はうれしそうに語ります。
今回のような展覧会会場を見渡すと、2歳くらいの子どもから80歳近いお年寄りまで幅広い年齢層の馬場のぼるファンが集います。
「馬場のぼる先生は生前、大人はだませますが、子どもはだませませんからねと語り、自分がおもしろいと思うことを子どもにもわかりやすく描くという信念を持っていました。そのこだわりが、亡くなってからもなお老若男女問わず多くの人に愛される秘訣」だとも関谷氏は語りました。
馬場のぼると絵本『ももたろう』
倉敷市立美術館の目玉展示といえば、絵本『ももたろう』の原画展示です。
「まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!」は2021年夏から全国各地を巡回してきた展覧会ですが、絵本『ももたろう』の原画を展示したのは倉敷市立美術館が初めて。
こぐま社では、「昔話は、語り口から想像する楽しみが醍醐味」だからと絵本の出版には消極的だったそうです。しかし、この絵本『ももたろう』は馬場のぼるさん自ら描きたいと提案した作品の一つ。
この提案をされた時点で彼の体調が良くなかったこともあり、描きたい作品は描いてほしいと関谷氏がお願いしたところうれしそうにお描きになった作品だったと言います。
昔話は伝承文学なので、同じ話でも地域によって様々の筋や結末があります。馬場のぼるさんの描いた絵本『ももたろう』は、勇ましい桃太郎ではなく、先生が好まれたのんびりゆっくりの寝太郎型の桃太郎でした。
没後に彼の同級生から聞いた話によると、どうやら小学生の頃から『ももたろう』には思い入れがあったとのエピソードも出てきたそうです。
絵本『ももたろう』完成までのエピソードを振り返りながら、あらためて彼に絵本『ももたろう』を書いてもらって良かったと関谷氏は振り返ります。
馬場のぼるさんにとって大切な昔話のひとつだった絵本『ももたろう』は、全編(表紙と見返し以外)倉敷市立美術館にて展示されているので、ぜひ見てみてください。
私も、久しぶりに増刷されたという絵本『ももたろう』をゲットしましたよ。
おわりに
関谷氏から語られる馬場のぼるさんは、家族から絵を褒められながらのびのびと育ち、家族から受けたのと同じような愛情を読者や自分の家族に与えられる心の大きな人でした。だからこそ、老若男女問わず幅広い年代から愛される漫画家で居続けられたのでしょう。
講演会が終わると、関谷氏と倉敷市立美術館の担当者がそれぞれ手話通訳者の近くまで来て「今日は私たちの話を通訳してくれてありがとうございました」と声を掛けてくれたことも印象的でした。きこえる・きこえないに関係なく、馬場のぼるファンに彼の生きざまを伝えたいという気持ちがしっかりと伝わってきて、あたたかい気持ちになりながらこの記事を書きました。
「まるごと馬場のぼる展 描いた 作った 楽しんだ ニャゴ!」は9月1日(日)まで倉敷市立美術館にて開催されています。
ねこたちの愛らしい姿はもちろんのこと、馬場のぼるさんのスケッチや習字、絵本『ももたろう』の魅力もぜひ味わってみてください。