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【Review】デヴィッド・テナント&クシュ・ジャンボ『マクベス』~劇世界との距離縮めた驚きの作劇術

SPICE

David Tennant and Cush Jumbo MACBETH


英国大ヒット舞台、デヴィッド・テナント&クシュ・ジャンボ『マクベス』が、2025年2月5日(水)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で映画館上映される。同舞台は2023年にロンドンで開幕するや絶賛を浴び、2024年10月からのハロルド・ピンター劇場での興行は、過去最高の初動売上や最高興行週5週達成等、同劇場での記録を次々に更新した。舞台上演時にはバイノーラルステレオを駆使した立体的音響体験も話題だったが、今回の映画館上映では臨場感あふれる5.1シネマサラウンドサウンドと、複数のカメラアングル&クローズアップ映像との組み合わせにより、観客をよりいっそう登場人物の心の襞の中に分け入りやすくさせている。そんな本作をいち早く鑑賞した中本千晶氏よりSPICEにレヴューが寄せられたので、ここに紹介する。

David Tennant and Cush Jumbo MACBETH Photo by Marc Brenner

 実在のスコットランド王をモデルとして創作され、シェイクスピアの四大悲劇の中のひとつに数えられる『マクベス』。「綺麗は汚い、汚いは綺麗」というフレーズもよく知られるが、そのおどろおどろしい雰囲気のためだろうか、数あるシェイクスピア作品の中でも、どこか近づき難いようなイメージを持っていた。

 だが、イギリス・ウエストエンドで大人気を博し、このたび全国の映画館でも公開される『マクベス』は、私と本作との距離を一気に縮めてくれるような舞台だった。日本でも三島由紀夫の長編小説を舞台化した『豊饒の海』(2018年 PARCO劇場)の演出などで知られるマックス・ウェブスターが演出を担当している。

 物語の舞台はイギリス・スコットランド。ダンカン王の臣下である勇猛果敢な武将マクベスは3人の魔女から「いずれ王位を手に入れるだろう」と予言される。いっぽうマクベスの友人バンクォーも予言を所望したところ「お前は王にはならないが、お前の子孫が王になるだろう」と告げられる。

 予言の内容を知ったマクベス夫人は夫を鼓舞し、マクベスはダンカン王を殺害する。予言どおり王位を手に入れたマクベスだが、それ以降、心休まることはなく、その不安を払拭するため友人であるバンクォーをまず手にかけ、殺戮を重ねていく。

 思い余ってさらなる予言を求めるマクベスに対して魔女が与えたお告げは「バーナムの森が動かぬ限りマクベスが敗北することはない」「女の股から生まれた者はマクベスを倒すことはできない」というものだった。いずれもあり得ないことであるためマクベスは安堵し、反旗を翻したマクダフとの戦いに挑むが、そこには思いがけない結末が待ち受けていた…。

David Tennant and Cush Jumbo MACBETH Photo by Marc Brenner

 幕が開いて、まず驚かされるのが、シンプルを極めた舞台装置である。そこには真っ白な正方形の舞台のみ。基本的にこの上で芝居が進行するが、時にはこの正方形がテーブルと見なされ、周りを登場人物たちが取り囲む。

 このシンプルな空間が観客の想像の中で、ある時は深い森の中に、またある時は城の一間となっていく。余計なものが一切ないだけに、物語の世界にグッと引き込まれ、マクベスやマクベス夫人、バンクォー、マクダフら登場人物の心情に集中できる。モノトーンで統一されている舞台空間の中では、殺戮場面で流れる血の赤い色がいっそう鮮烈に感じられる。

 衣装もモノトーンでまとめられている。男性の衣装がスコットランドの民族衣装であるキルト風になっているのがユニークだが、これは『マクベス』の舞台がスコットランドであることを物語っているのだろう。

 生演奏で奏でられる音楽も印象的だった。キャストの独白の場面では静かに笛の音が流れ、宴席の場面は賑やかな演奏で盛り上げる。その対比が場面の移り変わりのメリハリに一役買っている。

David Tennant and Cush Jumbo MACBETH Photo by Marc Brenner

 マクベスを演じるデヴィッド・テナントは、イギリスBBCで放映されている世界最長のSFテレビドラマシリーズ『ドクター・フー』の10代目ドクターとして知られる。マクベスが魔女の予言から、欲と野心に絡め取られ、次々と残忍な殺人に手を染め、破滅していくさまを人間くさく演じてみせる。滲み出る弱さや愚かさがとても人間らしく、どこか自分自身と近しい部分さえ感じてしまうマクベスだった。

 マクベス夫人を演じるクシュ・ジャンボはCBSの法律ドラマシリーズ『グッド・ワイフ』などで知られ、作家としても活躍している。夫を愛し、その立身出世を願うが故に、最初は夫を叱咤激励するが、やがて自分たちが招いた状況の恐ろしさに耐えられなくなる。夫以上に野心的な女性と見なされがちな役だが、本作では愛ゆえの強さと脆さの両面が伝わってくるマクベス夫人だった。他のキャストが基本的に黒い衣装を身につけている中で、唯一白のドレスを身にまとう。それが、かえって彼女の本質的な純粋さを際立たせているようだった。

 マクベスと対照的に描かれる誠実の人バンクォー(カル・マカニンチ)、結末でマクベスと対峙していく一徹な武人マクダフ(ヌーフ・ウーセラム)にも独白のシーンが与えられ、その心情の変化が深掘りされている。

 途中、門番(ジャティンダー・シン・ランダワ)が客席と対話しながらコミカルなやり取りをする場面は舞台ならではの演出だ。重苦しい展開が続く中でホッと一息つけるインターミッションのような役割を果たしている。

 枝葉を取り払ったシンプルな演出ゆえに、心理劇として集中できる。それゆえのわかりやすさがある。休憩なし2時間足らずという上演時間も「マクベス初心者」のプレッシャーを取り払ってくれそうだ。だが、その2時間足らずもひとたび幕が開くとあっという間に感じられた。

 イギリスで絶賛され、ハロルド・ピンター劇場での上演時の興行は、同劇場の記録を塗り替える大ヒットとなったという話題作を全国の映画館で見ることができるのは舞台ファンにとっては朗報だ。また、シェイクスピアの名作の一つを一度しっかり味わってみたいという方にも格好の機会となりそうだ。

【動画】2025.2.5(水)公開 デヴィッド・テナント&クシュ・ジャンボ『マクベス』劇場予告編

文=中本千晶

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