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滝なのに礼拝画とは? ― 根津美術館「美麗なるほとけ」(レポート)

アイエム[インターネットミュージアム]

東京・南青山にある根津美術館。書籍、絵画、彫刻、陶磁など豊富なコレクションで知られますが、定評があるジャンルのひとつが仏教絵画です。密教系、釈迦・浄土信仰系、仏伝、絵伝、縁起絵、垂迹画、禅宗系、宋元や朝鮮半島からの請来仏画など、その質と量は日本の私立美術館の中で最高レベルと称されています。

館蔵の仏画の中でも、特に美麗な名品や希少性が高い作例を紹介する展覧会「美麗なるほとけ」が、同館で開催中です。


根津美術館「美麗なるほとけ 館蔵仏教絵画名品展」会場入口


展覧会の冒頭は、平安時代後期の院政期に制作された仏画から。この時期の作品は、貴族文化を象徴する宗教美術として、日本の仏画で最高峰とされてきました。

その特徴は、具色(淡い中間色)を用いた彩色と、截金(きりかね)に代表される高い装飾性。重要文化財《大日如来像》はそれらの優美さに加え、もとは仏像の像内納入品だったことから、彩色が良く残っていることでも知られています。


重要文化財《大日如来像》平安時代 12世紀 根津美術館


平安時代初期に最澄や空海らが日本に伝えた密教では、複雑な教えを視覚的に表現した曼茶羅が重要視されました。

重要文化財《金剛界八十一尊曼荼羅》は、八十一尊からなる金剛界曼荼羅です。9世紀半ばに、天台僧の円仁が唐から請来した大曼茶羅をもとに制作されたと伝わります。


重要文化財《金剛界八十一尊曼荼羅》鎌倉時代 13世紀 根津美術館


また密教では様々な修法ごとに本尊が決まっているため、多種多様な尊像も制作されました。

愛染明王もそのひとつです。重要文化財《愛染明王像》は、白河天皇ゆかりの法勝寺円堂安置の木彫像(現存せず)を写した、唯一の彩色作例として極めて貴重な作品です。


重要文化財《愛染明王像》鎌倉時代 13世紀 根津美術館


平安時代後期に起こった浄土信仰は、法然が浄土宗を開くと一般民衆にも広まりました。それに対し、奈良を中心とする旧仏教は、弥勒が下生するまでの間に民衆を救済するのは、釈迦にその役割を与えられた地蔵であると説いて対抗しました。

人は没後に冥界で、十王から十度の裁きを受けるという十王信仰は、鎌倉時代に以降に広まりました。《十仏図》のように、十王を描かず十仏のみを表している作品は希少です。


《十仏図》南北朝時代 14世紀 根津美術館


ほとけが仮に神の姿となったとする神仏習合思想は、平安時代以降に本格化し、様々な神社で本地仏が決められるようになりました。

その考えを絵画化した垂迹画の傑作として名高いのが、国宝《那智瀧図》です。滝を描きながら礼拝画といえる作品で、岩の表現に見られる宋代絵画と、やまと絵的な表現が融合した山水画としても極めて重要です。


国宝《那智瀧図》鎌倉時代 13世紀 根津美術館


霊験仏とは、特別な由緒を持ち、信仰すれば大きな利益がもたらされると考えられた仏像のこと。長野・善光寺本尊の阿弥陀三尊像はその代表的な存在です。

重要文化財《善光寺如来縁起絵》は、天竺、百済を経て日本へ渡来した霊験で知られる本尊阿弥陀三尊像の由緒と、伽藍の縁起を描いた作品。古例中では最も内容が充実している、重要作例です。


重要文化財《善光寺如来縁起絵》鎌倉時代 13〜14世紀 根津美術館


鎌倉時代には本格的な禅宗とともに、最新の仏画が日本に流入。それらに倣った新たな表現の仏画が、禅宗寺院を中心に制作されました。

重要文化財《五百羅漢図》は、もとは東福寺に伝わる「五百羅漢図」45幅と一具だったもの。その原本は、南宋時代の全100幅の五百羅漢図です。


重要文化財《五百羅漢図》吉山明兆筆 南北朝時代 14世紀 根津美術館


宋や元から請来された仏画は禅宗に関連するものが多く、禅機図や羅漢図が代表例です。ただ、現在伝わるものには、密教系の尊像も含まれています。

《如意輪観音菩薩像》は、如意輪観音と善財童子の、ほぼすべての衣文線や装身具を金泥線で描写。元代を代表する華麗な仏画です。


《如意輪観音菩薩像》中国・元時代 13〜14世紀 根津美術館


仏教を国教だった高麗では仏教美術が発達し、大量の仏画や仏像が制作されました。近代化のなかで日本に流入した高麗仏画は、根津美術館にも数多くみられます。

重要文化財《阿弥陀如来像》は、当時の高麗宮廷画壇の高いレベルを示す優品です。


(右手前)重要文化財《阿弥陀如来像》朝鮮・高麗時代 大徳10年・忠烈王32年 根津美術館


今回の企画展は、上階の展示室5にも続きます。

密教の尊像の姿を主に墨線で図示した白描図像は、もとはお手本でしたが、近代以降は美術品としても認められるようになりました。

重要美術品《毘沙門天図像》は、高野山月上院を拠点に白描図像の収集と研究、そして自らも転写した玄証ゆかりの品です。


重要美術品《毘沙門天図像》平安時代 12世紀 根津美術館


最後の「みほとけの絵巻」では、絵巻物の原初的形態ともされる絵因果経を紹介。

文章と絵を上下に組み合わせた絵因果経は8世紀からみられ、釈迦の前世の物語と、現世における伝記を説いた経典です。


重要文化財《絵過去現在因果経 第四巻》(画)慶忍・聖衆丸筆(写経)良盛筆 鎌倉時代 建長6年(1254)根津美術館


さまざまな名品が出展されていますが、やはり目を引くのが国宝《那智瀧図》です。保存を最優先で考えられているので展示される機会も多くありません。本展の会期はわずか4週間ですが、この機会にじっくりと目にやきつけてください。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年7月26日 ]

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