禁断のメカ “K-Jetronic” 素人オーバーホールのゆくえ(後編)……Der FREIRAUM デアフライラウム“自由な余白”♯25
“K-Jetronic”を分解清掃でなんとか治したお話の後編です。前編では2回目の分解清掃までをお伝えしました。また分解している、ということは、やはり始動に至らなかったのですね。
チャレンジ3回目
さて、3回目の分解は2023年9月末。直近の始動テストでは、残念ながら恐れていたガソリン滲みが発生しているとのこと。まぁ、仕方ない。「オーバーホール禁止」の一番の理由は、どうやってもガソリンが漏れてくる、だったのです。そんなわけで、今回はK-Jetronic本体にドイツ本国から取り寄せたリペアキットを組み込みます。分解禁止のメカではありますが、止むに止まれずオーバーホールに手を出す方も多いのでしょう。必要部品をセットにしたキットがあるのです(最初に買いなさいよ、という話ですが)。1980年代のポルシェ、フェラーリ、メルセデス、ひいてはデロリアンまでが搭載していたメカ。オーナーの叫びに応える業者があるのですね。ワッシャー、パッキン、Oリング、例の極薄ステンレス板(メンブレン)、そして詳細な説明図。これで1万円が高いのか安いのか、ともあれ有難いことには変わりありません。
素人といえどもさすがに3回目、手順はバッチリといいながらバラしてゆくと、プランジャ筒にあるパッキンが切れているではないですか! このまま走り出さなくてよかった(走り出せなかったと思うけど)。クワバラクワバラ。極薄メンブレンやOリングなどを新品に置き換えすっきり。キットには、「プライマリープレッシャレギュレータ」という箇所のパッキンも入っていたので、そこも分解清掃。内部のOリングが腐っていたので替えてよかったです。
そして、今回の組み立てでは「シール剤」を塗ってみることにしました。諸説あるのです。塗る派と、塗らない派。恐らくですが、本家ボッシュは塗ってないと思います。そういうものを使わずに、ぴっちり組み立てて、それでガソリンが滲まない。何らかの魔法を唱えているとしか思えません。しかし前回、ガソリン滲みが発生したことで、私は迷いつつもシール剤の使用に踏み切りました。えぇ、ヒヨリました。
使用したのは、塗る派おすすめの液体ガスケット「LOCTITE515」。これがはみ出てあの0.01mmの穴を塞いだらどうしよう、とか、この狭いところにどうやって均等に塗るのか、など、いざ塗る段になっても迷いがありましたが、でも塗りました。あとは審判を待つのみ。
そして今回は、K-Jetronic につながっている周辺機器、よくわからなかったウォームアップレギュレータというものを分解清掃することにしました。エンジン始動時に燃料を濃い目にする装置だと思いますが、これも黒いメカと密接につながっているので、一応見てみようと。バラして燃料ホースを外してみると、フィルターにゴミがあり、詰まる寸前に見えます。これは掃除しない手はありません。K-Jetronicに比べればシンプルな機械ですが、綺麗にして慎重に組み立てます。こうして毎回少しずつアップグレード? したK-Jetronicは、意気揚々と工房の“てんちょー”の元に旅立っていきました。
しかし、本当にこのゲンコツ大のメカの複雑さ、加工技術の謎深さよ。ちなみにこのような機械式燃料噴射装置は、ほどなくEFIなどの電子制御が主流になって一掃されてしまいます。修理技術も伝承されぬまま、禁断のメカになってしまったのです。このメカの不調で捨てられたクルマも多いだろうと想像できます。
さて、燃料ポンプやフィルターなど、その他の部分のオーバーホールも進み、三度の分解組立てを経た我がK-Jetronicはいよいよ始動テストの日を迎えました。カレンダーは、年を跨ぎ既に2024年5月に。今回の作業には自信のあった私も現場に立ち合いました。
緊張のイグニッションON! ……キュルキュルとクランキングが続きます。何度か挑戦するうちに「ブォン!」と初爆が来るようになりました。しかし、その後が続きません。燃料供給が安定してないのか。そうこうしているうちに、シール剤を塗ったはずのK-Jetronic からガソリン滲みが発生! 万事休すか。いやぁ、手強い。何がいけないんだろう。燃調のスクリュー、ポンプ、リレーその他確認し、執念のクランキングが続きます。やはり無理なのか、と思い始めたその時、初爆に続いて小さな爆発が!「お!? 二発目が来た!」。そして、2024年5月1日19時10分、ついにエンジンが目覚めました!!!! 今度は止まりません。安定したアイドリングに入ります。
すごい! “てんちょー” やった! 苦節10ヶ月、ついに1.8Lエンジンが息を吹き返しました。アクセルに軽く反応するエンジン。ついに! ついに! どれほどこの瞬間を待ち望んでいたことか! しかし、エンジン始動はしたものの、例の黒いメカからはガソリンが滲んでいます。いや、はっきり言って漏れています。これでは車両火災へ直行です。手強い、本当に手強い。やはり素人の手には負えないのか。
何はともあれ、エンジン始動は叶いました。宿題は抱えつつも、その日の乾杯は忘れられぬものに。しかし、このガソリン滲みをなんとかせねばなりません。新品のK-Jetronicの入手も考えました。以前ウォルフスブルクの友人が「VW Classic Parts」にひとつ在庫があると。しかしそれは円安もあって20万円ほどのプライス。迷っているうちに既に売れてしまった、と……。
チャレンジ4回目
そういう訳で、4回目の分解を余儀なくされるのでした。今回も、心当たりはあるのです。やはり、本家が使っていなかったシール剤を塗ったことが原因ではないかと。完全にムラなく均一に塗れていればよかったのでしょうけれど、小さなハケ塗りではそれも叶わず。エンジンから外して送ってもらったK-Jetronicを開くと、案の定、不規則に固まったシール剤の姿があり、おそらく、それがかえって隙間というか、ガソリンが漏れる経路を作ったように見えます。これは、全面剥離。磨くしかありません。そして、漏れが顕著だった上下のブロックを繋ぐボルト部分(8本のうち6本から滲みが)には、逆にネジロック剤(LOCTITE277)を塗ることにしました。これ塗っちゃうと分解も大変になりそうですが、もう最後の賭けです。
さて、シール剤の痕は綺麗になり、今一度各部分を清掃して組み立てます。そして、最後のボルトにはネジロック剤。後戻りできません。がっちり、きっちり締め付けて、金属同士の密閉力に期待です。本来K-Jetronicは、完璧なオーバーホールをしようと思ったら圧力計や機器に圧力をかけられるテストベンチが必要なのですが、他のパーツ、車両側の燃料ポンプやインジェクターなどは全て新品にしたので、基本的な圧力は大丈夫だろう……というあたりが素人修理です。
再びクルマに取り付けてもらい、始動の時を待ちます。念の為、イグニッションONで燃圧をかけてもらったところ「わずかだがガソリン滲みが ……」との連絡。しかし、その後、ほとんど無視できるレベルになり、やがて完全にリークが止まったと。銅製のワッシャーなどが馴染んだのかもしれません。
そうして最終調整が行われ、ステアリングも装着されたGolf Caddy Camper。長い眠りについていたエンジンは、レスポンス良く吹け上がります。初代Golf GTIとほぼ同スペックの1.8Lエンジン。ほんとうに治ったのか、K-Jetronic!?
2024年盛夏、いよいよ仮ナンバーを装着し路上へ!