開幕を間近に控えた、東京二期会 オペラ『さまよえるオランダ人』 深作健太が語る演出コンセプトを紹介
2025年9月11日(木)~15日(月・祝)、東京文化会館大ホールにて、リヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ『さまよえるオランダ人』のワールドプレミエ(新制作世界初演)が上演される。
『バトル・ロワイアルII』『僕たちは世界を変えることができない。』で知られる映画監督・深作健太。これまで数々のオペラ演出で注目を集めてきた彼が、この秋、ワーグナーのオペラ『さまよえるオランダ人』に挑む。開幕を間近に控えた今、深作健太が語る演出コンセプトを紹介する。
『さまよえるオランダ人』は、18世紀のノルウェーが舞台。嵐の航海中、悪魔に呪われ、死ぬことができず海をさまようオランダ人船長を主人公とした物語だ。オランダ人は7年に一度だけ許される上陸の時、愛を誓う女性が現れれば救われるという。その幽霊船に出くわしたノルウェー貿易船の船長ダーラントは、オランダ人の財宝に目がくらみ、娘ゼンタを彼に引き合わせることを約束するが…と展開する、伝説をもとにワーグナーがオペラにした作品だ。
深作は今回の演出にあたって、タイトルロールのオランダ人を《大切な人の愛を得られないアウトローな存在》と捉えたという。それは、深作がインスピレーションを受けたというこのオペラが作曲された19世紀の怪奇小説『フランケンシュタイン』の怪物の姿に重なる。フランケンシュタインの怪物も、母がおらず、父(創造者)の愛もケアも得られない存在として愛を求め彷徨い、最終的に命を絶つ。いずれも単なる恐ろしいモンスターではなく「愛を求め彷徨う存在」だ。その姿は、現代社会の混沌と世界の不平等ともリンクするという。
そんなオランダ人の孤独な魂を救済しようとするのがヒロインのゼンタだ。ヒステリックな性格として描かれることもあるゼンダだが、深作は「優しいゼンタ像」として描こうとする。彼女の父ダーラントも、単なる金の亡者ではなく、娘を思う「優しい父親」として捉えたという。
深作の演出は、常に作品と現代社会との接点を見出そうとすることが特徴だ。2020年の『フィデリオ』演出は、コロナ禍という大変な状況の中で行われた。飛沫感染防止のため合唱が出せないという状況をあえて逆手に取り、最後のシーンだけ全ての壁を取り払って大合唱団が現れるという演出で、オペラの復活を祈る「希望」を謳い上げた。
現在、日本と海を挟んだ遠くのさまざまな土地で戦争や飢餓に苦しむ人々がいる。深作はそうした世界のマイノリティの存在を表現者として決して忘れてはならないと語る。彷徨う孤独な魂を救済する「優しいゼンタ」は、深作のそうした想いを反映といえるだろう。
また、オペラ演出家として「オペラは《耳と目、そして空気、心が一緒に動いて初めて完成する》芸術であり、若い人にこそ録音ではなく生で音楽を体験してほしい。」とも語る。200年近く前のヨーロッパで生まれた作品と現代の日本の観客をつなぐ深作健太の演出は劇場でのみ完成を見る。戦争、自由、平等…ワーグナーが生きた19世紀の課題がむしろ拡大している現代だからこそ観るべき“今を生きるオペラ”を劇場で体感しよう。