ゴールデンウィークに観たいアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」② まさにアニメ文化の分水嶺
今では信じられないが、アニメを好きであることが蔑みの対象になっていた時代がある。そんな状況から、アニメファンがマジョリティとなるきっかけを作った作品こそ、全26話のテレビシリーズを軸とした『新世紀エヴァンゲリオン』である。今から約30年前に発生したエヴァブームとはいかなるものだったのか? 当時の熱気を2回にわたり再検証したい。
リアルタイムで体験した人も、そうでない人も── この熱に触れればテレビシリーズを一気見したくなるだろう。前編では、社会現象になった “エヴァ” ブームに至るまでの軌跡をたどってみたが、後編ではテレビシリーズ終了後、劇場公開を経て『エヴァ』がどのような影響をもたらしたのかを浮き彫りにする。
制作が遅延された「劇場版シト新生」
1995年10月から1996年3月にかけてテレビ東京系で放送された『新世紀エヴァンゲリオン』は、深夜の再放送やビデオレンタルを通じて人気を拡大し、社会現象と呼ばれるまでの作品となった。特に注目を集めたのが、放送当時から賛否両論を呼んだ第弐拾伍話と最終話である。抽象的な心理描写に終始したこの結末に、多くの視聴者が困惑し、物語の “本当の終わり” を求める声が高まっていった。そうした中、テレビシリーズの総集編とラスト2話のリメイク版を組み合わせた劇場版『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』、さらには完全新作の劇場版の制作が発表され、ファンの盛り上がりは最高潮に達するのだった。
1997年2月14日、庵野秀明総監督が会見を行った。3月15日に公開される『シト新生』は、制作が遅延したことにより、当初予定された形ではなく、テレビシリーズ第壱話から第弐拾四話までの総集編『DEATH』と、第弐拾伍話の前半部分『REBIRTH』からなる構成になると発表されたのだ。そして、『REBIRTH』の完全版は、夏に劇場公開されるとのことだった。
予告されたものとは異なったため不満の声も大きかったが、新規作品である以上、ファンは観ないわけにはいかなかった。『シト新生』の主題歌である高橋洋子の「魂のルフラン」は、2月にリリースされ、オリコン週間チャートで3位を記録。当時、テレビ番組『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系)で、人気絶頂期にあった安室奈美恵がこの曲をカバーしたことも、ブームの高まりを感じさせる出来事だった。また同じ頃、関連書籍『庵野秀明スキゾ・エヴァンゲリオン』『庵野秀明パラノ・エヴァンゲリオン』(太田出版)が2冊同時発売され、ファンの必読書となった。
ファンの期待をさらに煽ることになった「まごころを、君に」
『シト新生』は、当時のアニメ映画としては上々の10億円超えのヒット作となった。結末が描かれない壮大なる予告編といえる内容だったが、それが逆にファンの渇望感を高めた。劇場版第2弾で『REBIRTH』の完全版となる『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に』は同年7月に公開されることになり、エヴァブームは夏に向けてさらに加熱していった。5月頃だったか、劇場で流れ始めた予告編は、アニメではなく、林原めぐみ、宮村優子ら声優たちが演じる現代女性の日常を描いた、エヴァとは関係のない実写映像だった。その意味の分からなさは『Air / まごころを、君に』では “何が起きてもおかしくない” というファンの期待をさらに煽ることになった。
そして、いよいよ『Air / まごころを、君に』が公開された。内容は予告編と直接リンクするものではなかった。そして、あまりに救いのないラストが描かれたため、またも賛否両論を呼ぶことになる。ただし、否定の意見の多くが作品に対する思い入れが強さからであり、ブームの熱を冷ますことはなかった。『Air / まごころを、君に』は14.5億円の配給収入を記録し、これをもって『エヴァ』は完結したということになった。
沈静化しない『エヴァ』人気
シリーズ完結後、ファンは “エヴァ・ロス” を埋めるべく、様々な行動をした。同年8月に開催されたコミックマーケットでは、『エヴァ』関連の同人誌が最多ジャンルとなった。当時、 “謎本" と呼ばれた、『エヴァ』という作品の謎や設定を独自に考察する非公式の書籍群を読みあさった。関連して、作中に出てくる “死海文書” を考察した『死海文書の謎』(柏書房)という書籍もよく読まれていた。テレビシリーズを何度も繰り返し視聴し、広まりだしたインターネットのBBSを通じて意見を交換した。
『新世紀エヴァンゲリオン コレクターズディスク』というCD-ROMを購入し、PCにエヴァ関連のスクリーンセーバーを設定し、ゲームソフト『新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド』をプレイした。
1998年に入って、ブームに新たな燃料が投下されることは見込めなかった。しかし『エヴァ』人気は沈静化しなかった。3月7日には、テレビシリーズの総集編『DEATH』を再々編集した『DEATH(TRUE)2』と『Air / まごころを、君に』からなる『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2 / Air / まごころを、君に』が公開された。これもまたファンは観ずにはいられなかった。『エヴァ』を大画面で体感すること自体に価値があった。以後も『エヴァ』の人気は長く続き、ファンが待ち続けた新作が公開されたのは2007年のことである。
アニメ文化に深い影響を残した「エヴァ」の熱狂
『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビシリーズは、日本のアニメ文化における屈指の重要作だ。アニメという枠を超えて巨大ブーム、社会現象に発展。また、主人公・碇シンジのような内向的で葛藤を抱えたキャラクター像は、以後の多くの作品に影響を与えた。いわゆる “セカイ系” の原型ともされている。そして “答えが提示されない” “物語が完結しない” ことで、視聴者が考察しながら追いかけるという視聴体験を、テレビアニメとして成立させた先駆者でもある。
さらに、“ポスト・ガンダム” 以降のリアルロボットや心理ドラマのアニメ史と、インターネット普及後のBBSやファン考察で発展したアニメ文化をつなぐ存在でもある。つまり、この作品は “表現としてのアニメ” “視聴体験としてのアニメ” “社会におけるアニメの位置” のすべてを更新し、その後のアニメ文化を再編した原点であり、分水嶺であり、象徴的存在なのである。