GLIM SPANKY『All the Greatest Dudes』インタビュー――究極のベストアルバムで解き明かす軌跡と進化
21世紀のロックンロール体現者GLIM SPANKYのヒストリーはおかしなことはおかしいという勇気と、美しいものを美しいという素直な心がジャンルを超えて共鳴してきた歴史だ。そしてそのマインドのまま新しいことに挑戦する音楽家の旅でもある。この度、メジャーデビュー10周年にあたってリリースしたベストアルバム『All the Greatest Dudes』は一風変わったベストである。グリムという現代のアーティストならではの思考を紐解いていこう。
――このベストアルバムはベストの考え方がユニークな感じがしています。CD2枚組ですけが、内容的にどういう考えの下、コンセプトを固められたのでしょう?
松尾レミ「言い方に語弊があるかもしれないんですけど、ベストってあまり通って来なかったんです。個人的にはベストアルバムは聴くもんじゃないと思っていました(笑)」
――オリジナルアルバム派なんですね。
松尾「ですです(笑)。オリジナルアルバムを聴くことでそのミュージシャンを深掘りできると思ってきたので、今回、“ベストを作る”って話をいただいたときに、“ベストを聴かなかった自分がどうやって作るのか?”と思って。さらに“ベストを聴かなかった自分でもいいと思えるベストアルバムってなんだろう?”って思った時に、既存曲だけのベストアルバムよりも新曲が入っているベストアルバム兼ニューアルバムって感覚の方がいいと思って、考え始めました。なので、ニューアルバムとしてでも使えるようなアルバムタイトルにしました。この『All the Greatest Dudes』ってタイトルで、過去のロックへのオマージュでもあり、新しいものでもありという意味合いを持たせたかったんです。あと、曲も一つの仲間ということで、いろんな曲たちに支えられてきたってこと。そして、グリムの周りにいる人達、聴いてくれる人たち全員合わせて最高なヤツらだということでこのタイトルにしました」
――亀本さんはベストに向かう意識としては松尾さんと同じですか。
亀本寛貴「僕はベストアルバムでアーティストを聴いたりすることもありましたし、リアルタイムにヒットしたJ-ポップとかは割とベストアルバム聴いていましたね。GLAYがすごく好きだったので、GLAYなんてまさにベストアルバムで聴くようなアーティストでしたし、あと家にずっとあって覚えているのがKICK THE CAN CREWの金色のカバーに入ったベストでしたし、globeもあったかな?…結構ベストが名盤みたいな感じで家にありました」
――今は自分で好きなプレイリストを作れますからね。だからDISC2の内容はサブスク時代になってからのベストの考え方だなと思いました。
松尾「それを分けた年代もそうですしね。コロナ禍以前、コロナ禍以降みたいな…」
――コロナ禍を境にサブスクが浸透したのは生活背景も絡んでいるのでリアリティがあります。DISC1と2のカラーの違いはGLIM SPANKYの音楽的変遷もあるし時代を映しているという。
亀本「時代の変化を考えていたら必然的にこういうことになったという感じです。そもそもいろんなサブスクにベストも上がっているので、“意味のあるものにするにはどうしたらいいのかな?“っていうことをすごく考えました。そもそも新曲をたくさん入れようというのもそういうところからきてこういう内容になったって感じです」
――全てが転機だと思うんですが特にDISC1に収録されているなかで転機と思われる楽曲と理由を教えていただけますか?
松尾「どうだろうなあ…本当の転機ったらもう「焦燥」になっちゃうんですよ、私(笑)」
――デビュー曲ですしね。
松尾「この曲は高校生の頃の曲で、これがグリムを引っ張ってきてくれた曲だったので。『閃光ライオット』っていう十代限定のフェスがあって、それに応募したのもこの「焦燥」ですし、メジャーデビューもこの「焦燥」。しかも未だにずっとやり続けているしっていうことで、“この曲があったからここまでこれたな”っていう感じはありました」
――オーディションでこの楽曲が提出されて演奏された当時の審査員はかなり驚いただろうなと思いますが。
松尾「どうでしょう? アレンジとかもデビューの際にはちょっと違うテイストにしたりもしているんですけど、最初はとにかく高校生ならではの焦りとか(笑)…焦燥感だったり怒りとか、ちゃんと自分の中の時代を切り取れたっていうのがあったので、この曲を作れて良かったなって思っています」
――ロックンロールやロックという以前に気持ちが出ていたのかもですね。
松尾「“気持ちだけで!”ぐらい。ギターなんてちゃんと弾けないしテクニカルなことも分かんない中で手探りで作った曲だったので(笑)。その思い切りが出ているかもしれないです。でも先日のツアーでもやりましたし、これからもずっとやっていきたい曲だなって思える1曲です。それが高校時代のGLIM SPANKYから今まで、未だに“いい”と思えているっていうのがすごく嬉しいです」
――このふつふつとしたものっていうのは消えないですか?
松尾「消えないですね。記憶というかその時の感情だったり、あと、これはみんなそうだと思うんですけど、ふとした時の風の匂いとか季節の匂いとかで思い出すことっていっぱいあるじゃないですか。そういうのは鮮明に覚えているほうなので、作った時の気持ちもだし、まあ全曲そうなんですけど…。その時の自分っていうのは100%の自分自身だったので未だにその曲を歌うとその時の自分になれますし、逆にその時に書いた歌詞が今の自分を応援してくれているような気分になる時もあります」
――亀本さんはいかがですか?
亀本「転換点で言うと、「褒めろよ」かも。この曲ができたことによって“僕らやれるかもしれないな”っていうのを感じた曲だったよね?」
松尾「うん。まじで転換期」
亀本「“大衆音楽の中で何かをやれるかも?“っていうのをすごい感じたタイミングです。この曲がなかったらもしかするとちょっと難しかったよね…テンポが速い曲を作ったことがなかったので」
松尾「全部ミディアムロックとかだったので、これが最初の挑戦でした」
亀本「日本でロックでとなった時、“速いのマスト!”みたいなところがあると思うんですけど、そういう感覚が欠如していたので。それを自分たちのフィーリングを消さないまま、要するに今までにあるような速いロックのフォーマットを踏襲するというより、自分たちなりに考えて、自分たちのテイストを上手く使ったまま速くするっていうことに成功したと思います。この方法論でこの後、「怒りをくれよ」とかを作っていくということになるので」
――速い邦ロックを聴いている人にしてみたら速さより“リフってこういうことか!”みたいな?
亀本「そうですね。速い邦ロックを聴いている人からすると全然速くないので。この前、渋谷で対バンしたら、珍しく二組ともセットリストにBPM二桁の曲がなくて全部三桁で…。それももう200に近いような曲がずらりと並んでいて、うちら逆に三桁の曲が一曲しかなくて(笑)」
――(笑)。「褒めろよ」はライブでどんどん四番打者的な存在になっていきましたね。
亀本「はい。でもやっぱりそこでスピードの力を感じました。“やべえ、速い曲ってこんなに盛り上がるんだ? スピードの力ってすごい!”と思いました」
――もちろん歌詞のメッセージもあると思いますが…。
松尾「そもそもコミカルだし面白い曲なので、あまりカッコつけすぎずに歌っています。だけどちゃんとロックだしっていうのがすごく気に入っているところなので、これもみんなが“GLIM SPANKYのライブに行きたい”とか“楽しい”って思ってくれるきっかけになったと思います。私たちにとって大事な曲です」
――そしてDISC2の前半はリズムがファンクやソウル寄りというか…。
松尾「歌のノリも「Glitter Illusion」をはじめ、「こんな夜更けは」もそうですし、ストレートなロックっていうよりちょっと違う感じに…」
亀本「確かに“アルバムから選んだ曲に全然ロックがない”っていう…「Fighter」とか新曲はあるけど」
――それはコロナ禍渦中に特徴的な曲が多かったからでしょうか?
亀本「当時のアルバムにもロックの曲は例えば「東京は燃えてる」や「シグナルはいらない」が入っているし、しかもそれをMVにして出しているんですけど、松尾さんはその辺の曲はあんまり入れたくないって言っていて…」
松尾「いや、本当は入れたいですよ。入れたかったんですけど、そもそも曲数が限られてしまう中で何を選ぶか?ってなった時に、「東京は燃えてる」や「シグナルはいらない」はメッセージ的にはすごく強いしコロナ禍の世界を象徴しているとは思うんですけど、ストレートなロックってDISC1にもたくさん入っているし、DISC2には「Fighter」や「赤い轍」もある。そこで、いろんな挑戦をしてきた違うグルーヴだったり引き出しの多さを見せたいので違う曲を選びました」
――新しい試行は「こんな夜更けは」でのアコギのグルーヴといわゆるヒップホップ的なビートが特徴的でした。
松尾「これはコロナ禍直撃の曲だったので。そもそもバンドでレコーディングができなかったのでこういうことになったのが逆にいい意味で時代を象徴しているし、そこから後のグリムの楽曲の幅を広げてくれたと思います」
――そういう意味で言うと10年の間に社会的にも思い出す部分がありますか?
松尾「やっぱり時代を切り取りたかったので、その時代が終わっても聴いてもらえるようなテーマっていうのを考えて書きましたね」
――そして最近のシングルも挑戦の振り幅が広いわけですけども、「赤い轍」の着想はどんな感じだったんでしょう?
亀本「最初は当然、『ゴールデンカムイ』ありきで作っているんですけど、“こういう曲にしていこう”と思った着想は、この作品はドラマですけど、作りや雰囲気は映画的なので、終わった後にパッとポップスの世界に切り替わりたくなかったんです。劇伴的なもので地続きで行きたいっていうところから、シネマティックなサウンドから始めようと思いました。そこからリズムとギターのコード進行を考えていったのが最初かな?」
松尾「とにかく“作品を見た後に心を冷めさせない”。そこがとにかく重要だったので、ちゃんと作品と親和性があることによってドラマも音楽もどっちもが良くなるように考えました。もちろん今までのタイアップも全部そういう気持ちで作ってきたので」
――「Hallucination」、これもベストのための楽曲ですか?
亀本「そうです。タイアップが決まっているものも決まってないものも“今年新譜として出すため”ってことをイメージして曲作りをしていて、この曲はその中の一曲です。全ての曲にテーマが存在していて、この曲は“板井直樹さんというアレンジャーの方と一緒にやる“ということがコンセプトではあるんです」
――板井さんとやることの効果としてどんなことを?
亀本「リズムがちょっとラテンっぽくて、それを自分たちでやるとすごく大変なことになりそうだったので、いい意味で無責任にできるっていうか…。普段だったら“こういうメロディでリズムがこうで楽器がどうだったら曲にできる”みたいなことを考えた上で作っていくんですけど、この曲はそんなことを何も考えていなくて。板井さんとなら、曲を作っている段階ではとらない選択肢をいい感じに入れてもらえるかもしれないので、“とりあえず曲は書いてみよう”って、今までになかった自由度が生まれたと思います」
松尾「専門的すぎて自分の技としてまだ出せないって部分をリクエストして作っていけたのがすごく楽しくて。今までは自分たちで出来ることしかしていなかったので(笑)。出来なかったことをリクエストすることによって…例えば、“ラテンの要素が入っていても、大人っぽくなりすぎないようにしてください”とか、“ポップに仕上げたいんだけど、ちゃんとロック的な要素があるリズムがいいです”とか、ちょっと無茶な(笑)お願いをしつつ進められたので、すごく良かったです。あと、今までいろんな振り幅の曲を作ってきましたけど、やっぱり根底にあるのが“自分が歌って亀が弾けばGLIM SPANKYになる“っていう、ある種の自信があったので、好みのサウンドにしたいっていうのは当たり前なんですけど、どんな曲でもGLIM SPANKYになれるっていうことを証明できる曲になったと思います」
――なるほど。
松尾「メロディを作るときはちゃんと自分の歌の情報量が出せるようなメロディを組立てて、歌詞に関しては、今回のこの新曲たちには自分の中で裏テーマがあって…なんか夏なんですよ。夏がテーマで(笑)」
――ああ、確かにそうですね。
松尾「どうしてか?というと、今年の夏、忙しすぎて全然どこにも行けなかったし、何もしなかったんです。だから自由な夏を渇望していたので、歌詞に現れたっていうのがあって。「風にキスをして」は初夏の曲です。で、次の「ひみつを君にfeat.花譜」が出来て、これは夏の終わりの曲なんです。夕暮れ、夏の終わりってなった時に、“もう1曲、真夏の曲が欲しい”ってことで「Hallucination」はうだる真夏の夜のイメージ。そういうエキゾチックな感じを出したいってことで書けたので、自分の中の裏テーマに沿って作るのも楽しかったです」
――それがちょうどラテン的な曲調にハマったと。
松尾「はい。去年、松任谷由実さんの50周年記念コラボベストアルバム『ユーミン乾杯!!』に参加させてもらった時に「真夏の夜の夢」をカバーしたんですけど、あのイメージも、うだる夏の夜の幻なのか現実なのか…みたいな。そういうところもちょっと参考にというかひきずられて、こういうテーマになりました」
――そして収録曲のラストがLOVE PSYCHEDELICOとの共作曲「愛が満ちるまで feat. LOVE PSYCHEDELICO」 ですが、強力な二組でイントロから“これはNAOKIさんのギターなのか? 亀本さんなのか?”と思いながらワクワクしました(笑)。
亀本「(笑)。イントロはほとんど僕が弾いてるんじゃない?」
松尾「そうだし、サビまでは全部元々グリムが作っていた曲だったので…サビから先は一緒に作ったんですけど。最初はあのワンコーラスのデモを作ったんです。それをKUMIさん、NAOKIさんに渡して“どうですか?こんな感じ”って言ったらすごく気に入ってくれたので、“じゃあ、本格的に曲作りを始めるか!”、“ひとまずスタジオ集合で!”って感じになって」
――LOVE PSYCHEDELICOのプライベートスタジオ、Golden Grapefruitですね。もう情景が目に浮かびます(笑)。
松尾「KUMIさんもNAOKIさんも、“グリムとデリコという1つのバンドにしよう”と言ってくれました。だから、“どっちがどうとか、主人公が入れ替わるっていうより、ちゃんと4人で1つっていう曲を作ろう“となったので、序盤のサビ前までは普通にKUMIさんにもコーラスしてもらっているんですけど、サビを英語と日本語で違うラインを一緒に出そうと…でも、これが難しいわけですよ。メロディと言葉がちゃんと意味のあるサビの日本語と、ちゃんと意味のあるKUMIさんの英語の言葉が一緒になって、それがサビの後ろで合体する、ここをたくさん考えた気がします」
――時系列を追うベストアルバムではなく、後半に新曲が集まっているのは聴きどころだと思います。
松尾「個人的にニューアルバムって意識です」
――まさに。そして年が明けてからは『All the Greatest Dudes Tour 2025』がスタートし、エクストラショーとして地元での単独公演もあります。
松尾「そうです。長野県の飯田文化会館。亀の本当の地元です。私はその近くの村の出身なので」
亀本「そんなに大きい都市じゃないので、そもそもライブハウスとかもないですし、なかなかそういう感じじゃないよね(笑)」――曽我部さんが香川県の坂出市だそうで、今度サニーデイ・サービスのライブを地元でやるそうですよ。
松尾「熱い!それいいなあ」
――讃岐うどん屋さんとかいい感じの喫茶店をラジオで紹介してくださってました(笑)。十代の頃は地元から出たい気持ちの方が強かったりしますけど、時間が経って振り返ってみると地元の良さに気づいたりしますし。
松尾「そうですね。私、地元大好きです」
亀本「松尾さんは別に出たくなかったんだっけ?」
松尾「出たいとは思っていたよ。美術系の大学に進学したんですけど、それは小学生の頃から決めていたので。だから、地元を出るとは思っていましたけど、でも自然がすごい好きで。あの風景がかなり自分が聴いている音楽とリンクするというか…アメリカの田舎っぽかったりイギリスの草原っぽかったりしたので、すごい好きだったし、そういうところから未だにインスピレーションをもらっています。だからこそ自分の好きなロックが身近に感じられたのかも」――アーティストのバックボーンを直接味わいに行くこともライブの楽しみの一部になる気がします。
松尾「“味わいに来てください!“って感じですね(笑)」
(おわり)
取材・文/石角友香
写真/野﨑 慧嗣
RELEASE INFORMATION
2024年11月27日(水)発売
TYCT-69333/7,000円(税込)
GLIM SPANKY『All the Greatest Dudes』
2024年11月27日(水)発売
TYCT-60240/1/4,500円(税込)
GLIM SPANKY『All the Greatest Dudes』
LIVE INFORMATION
2025年2月28日(金) 北海道 札幌PENNY LANE 24
2025年3月2日(日) 宮城 仙台Rensa
2025年3月8日(土) 大阪 なんばHatch
2025年3月9日(日) 愛知 名古屋DIAMOND HALL
2025年3月14日(金) 福岡 DRUM LOGOS
2025年3月15日(土) 広島 CLUB QUATTRO
2025年3月21日(金) 東京 台場Zepp DiverCity TOKYO
All the Greatest Dudes Tour 2025 "Extra Show"
2025年3月23日(日) 長野 飯田文化会館
All the Greatest Dudes Tour 2025