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ピアニスト吉見友貴、自身2度目のエリザベート王妃国際コンクールへの挑戦とリサイタルへの想い

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吉見友貴(c)Nippon Columbia

期待の俊英ピアニスト、吉見友貴が2026年1月に大阪・あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール(14日(水))と東京・浜離宮朝日ホール(15日(木))でリサイタルを開く。

吉見は今年5~6月に開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクールに出場し、ファイナルでは1番手として舞台に上がってクリス・デフォート「Music for the Heart」(新作課題曲・世界初演)とプロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」を披露。特に前者はデフォート自身からも大いに称賛され、作曲者たっての希望でコンクールの記念CDにも収録されるなど、現代音楽の分野でも目覚ましい活躍を続けている。

今回はコンクール後初のインタビューの機会ということで、自身2度目のエリザベート王妃国際コンクールに挑んだ感想と、来年1月のリサイタルにかける想いについて、じっくりとうかがった。

2度目のエリザベート王妃国際コンクール

エリザベート王妃国際コンクール(c) Alexandre de Terwangne

――まずはエリザベート王妃国際コンクールへの挑戦、お疲れさまでした。6月1日のX(旧Twitter)の投稿で「魅せることに走る解釈ではなく、例え地味だとしても、真摯に誠実に音楽と向き合ったつもりです」と書かれていましたが、そのことは演奏からも大変よく伝わってきました。コンクールを終えての率直な感想はいかがですか?

今回のエリザベート王妃国際コンクールは、4年前に挑戦したときから「もう一度戻ってきたい」と思っていた舞台でした。思い描いていた結果を得られませんでしたが、夢見ていたファイナルの舞台でコンサートができて率直に嬉しかったですね。今回は「チャペルの1週間」もありましたし、非常にタフなコンクールだったので、この体験が今後身になっていくのだろうという実感も得られました。

――エリザベート王妃国際コンクールでは、ファイナルを控えた演奏家に1週間の隔離期間が課されていて、そこで初めて新作課題曲の楽譜と向き合うことになります。今回吉見さんはクリス・デフォート「Music for the Heart」の譜読みをされたわけですが、こうした新作を短期間で仕上げる体験はいかがでしたか?

もともと譜読みが速く暗譜も得意な方なので、特に恐れるような気持ちはなくて、どんな曲がくるのかなと楽しみに感じていたんです。作品もピアニスティックで弾きやすく、すんなりと手に馴染みました。

エリザベート王妃国際コンクール (c) Alexandre de Terwangne

――今回吉見さんはファイナルの1番手でしたから、デフォート作品の世界初演を務めたことになります。記念アルバムの録音を拝聴して、その迷いのない透き通るようなタッチと、静と動、清濁の鮮やかな描き分け、そしてまるで今この瞬間に偶然音楽が生まれ出てきたかのようにさえ感じさせる自然な筆致に深く感銘を受けました。

じつはファイナルで弾き終わった直後に、師匠のアレクサンダー・コルサンティア先生からテレビ電話がかかってきたんです。先生は大喜びで「これまでにもう50回はステージで演奏しているみたいに弾いたね!」と仰ってくださって。でも、確かにそのくらいこの曲は手に馴染んでいたんです。作曲者のデフォートさんはニューヨークでジャズ・ピアニストとして活躍されていた経歴の持ち主なのですが、私自身アメリカで学んでいることもあり、ジャズに接する機会が多かったこともその一因ではないかと思います。自分が肌で感じたものをそのままアウトプットできる曲だったんです。

――吉見さんは日頃から、こうしたいわゆる「現代音楽」の分野にも積極的に取り組んでいらっしゃいますね。

この9月にボストンに戻ってきてから、ますます現代音楽に触れる機会が増えてきているんです。今、ニューイングランド音楽院で受講しているクラスの一つがコンテンポラリーの授業で、そこでは内部奏法(ピアノの弦を直接叩いたりこすったりするような特殊な演奏法)を使うような曲も習うのですが、普段慣れ親しんでいるピアノの音とはまったく違う響きが聞こえてきて面白いんです。意外なほどに美しい音が聞こえてくることもあるので、そうした音をお客様にも発見してもらえたらいいなと思いながら日々取り組んでいます。「コンテンポラリーはちょっと苦手」という方もきっといらっしゃることと思いますが、一言に「現代音楽」と時代で区切ってしまうのではなく、古典派やロマン派の作品ともうまく掛け合わせつつ皆さんにお届けできる機会を増やしていければ、と思っているところです。

あこがれの「クライスレリアーナ」

吉見友貴(c)Nippon Columbia

――来年1月のリサイタルでもモーツァルトからバルトークまで、幅広い年代の作品を取り上げられますね。今回のプログラムのコンセプトは?

まずは、ずっとあこがれていたシューマンの「クライスレリアーナ」op.16をメインに据えようと思い、後半に演奏することにしました。そして前半には、これまであまり触れてこなかった作品を選ぼうと考えたのですが、まっさきに思いついたのがバルトークの「ピアノ・ソナタ」Sz.80でした。そこで古典派の作品、モーツァルト「幻想曲 ニ短調」K.397と「ピアノ・ソナタ 変ロ長調」K.570から始めて、ロマン派の作曲家ショパンの「マズルカ」op.56――これはショパンならではの霊感に満ちた、本当に素晴らしく成熟された3曲から成るマズルカ集です――で時代を下りつつ民族的な要素を加え、20世紀に書かれたバルトークのソナタへと繋いでいくプログラムを考えたんです。

――今「クライスレリアーナ」を弾こうと思った理由は?

以前「シューマンは若いときじゃないと弾けない」というインタビュー記事を読んだことがあるのですが、確かにシューマン作品を理解し、作曲家の声を聴くには、若いころ特有のエネルギーやどこかモヤモヤした、屈折した感情というものも必要なのではないかと感じます。実際に「クライスレリアーナ」の楽譜を見ても、随所で容易には理解しがたいツイステッドな、歪んだような感覚を覚えるのですよね。爆発的なエネルギーを感じさせる箇所があると思ったら、急に鬱モードに入ってしまったり。こういう音楽は若いうちに弾いておかないと、後になってから弾いたら“きれいに”まとめ上げてしまう気がしたんです。

曲想が目まぐるしく変わるので、全体を通しての流れを作るのは難しいのですが――そもそも作ろうとしていること自体が間違いなのかもしれませんが――今はあこがれていた作品と向き合えて、本当に嬉しいです。私は「プロのピアニストになりたい」というよりも「自分が弾きたい曲を弾けるようになりたい」という想いでこれまでやってきたので、今回のような自分で選んだプログラムについては、どの曲を弾いていても練習のときから幸せで仕方ないんです。

100周年のバルトーク「ピアノ・ソナタ」

――もう一つのメイン曲であるバルトークのソナタは1926年に作曲・初演された作品ですから、ちょうど100周年の節目の年に演奏されることになりますね。

じつは100周年ということは全く考えていなくて、純粋にカッコいい曲だと思って選んだんです。楽譜を見ていてもコンパクトながら本当によく仕上げられている作品だと感じます。モーツァルトやショパンの作品と比べると、響きの点ではかなりインパクトがあると思いますが、怖がらずに聴いていただけたら嬉しいですね。音像だけの瞬間であったり打楽器的な響きの箇所もありますが、何かを汲み取らなくてはならないと思って聴くよりも、音の世界に飛び込んで楽しんでいただけたら、と。

――バルトークのソナタは形式の点では伝統的な3楽章構成で書かれていますが、五音音階や全音音階も用いた独特の響きに満ちていて、民族的かつどこか原始的なところも感じさせる作品です。躍動感あふれる両端楽章はもちろん、鐘の音を思わせる重々しい響きが聞こえてくる第2楽章も面白いですよね。

バルトークの作品を演奏していると、自然と通じているな、という印象を受けるんです。この第2楽章を弾くと広大な大地や、日が沈んでいくような光景が思い浮かびます。一方でテクニカルな面に目を向けると、第1楽章冒頭部分から拍子が次々と変わっていく、自らのソルフェージュ能力をもって対峙していかなくてはならない難曲でもあります。こうした点も含めて、作曲家がどのようなものを目指していたのかをよく考えながら向き合っていくことが大事だと感じています。

――最後に、リサイタルへいらっしゃる皆さまへのメッセージをお願いします。

エリザベート王妃国際コンクールへの挑戦が終わり、私自身も一区切りという心持ちなので、生まれ変わった「新しい吉見友貴」を楽しんでいただけたらと思います。以前は一人で舞台に立つのが怖いと思う瞬間もありましたし、仲間たちと室内楽を演奏するのが好きなので「ソリストになりたい」という欲もあまりなかったのですが、今回ファイナルの舞台で多くのお客様に演奏をお聴きいただいて、自分の大好きな作品を皆さまにお届けすることも一種の幸せなのだと強く実感しました。今度のリサイタルで取り上げる作品も本当に素晴らしい曲ばかりなので、ぜひ気軽に聴きに来ていただけたら嬉しいです。

聞き手・文=本田裕暉(音楽評論)

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