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《其の十八》豚骨伝播の中継地点  熊本「玉名ラーメン」の必食3店

Qualities

熊本県の北西部・玉名市は「玉名温泉」や「小天(おあま)温泉」を有する湯処として知られている。霊山・小岱山(しょうだいさん)が織りなす豊かな自然、菊池川の恩恵を受けた食の魅力にもあふれる観光地なのであるが、筆者が現地を訪れて真っ先に食したいもの。そう、もちろんラーメンである。

〈▲ 奥深き「玉名ラーメン」の世界にようこそ〉

玉名市には「玉名ラーメン」というご当地豚骨ラーメンが根付いている。博多ラーメン、久留米ラーメン、熊本ラーメンなど、豚骨アイランド九州には、地域の名を冠し、それぞれ特徴のある豚骨ラーメンが愛されているが、「玉名ラーメン」はより限定された地域の“ど・ローカル豚骨”。他を挙げると「佐伯ラーメン」(大分)、「唐津ラーメン」(佐賀)、「大牟田ラーメン」(福岡)などが近しい分類である。

しかしながら、昭和20年代後半に小さな湯街で花開いた「玉名ラーメン」は、豚骨ラーメン史に燦然と輝く存在であり、とてつもなく重要な意味をもっている。

豚骨ラーメンが久留米から熊本市内へ伝播する中継地点「玉名」

史上初の豚骨ラーメンは1937(昭和12)年に福岡県・久留米市で生まれた。その経緯は、本連載vol.1「豚骨ラーメン生誕の地・久留米へ啜り旅」に詳しく書いてあるので読んでほしい。

キーとなるのは、煮込みすぎてしまった偶然の失敗から白濁豚骨スープを編み出した1947(昭和22)年創業の「三九(さんきゅう)」。久留米で爆発的人気を博した「三九」が県外へも支店を展開、また同店に習ったものが地元で開業することなどにより、白濁豚骨が九州各地へと伝播することとなった。熊本ラーメン、佐賀ラーメン、北九州ラーメン、大分ラーメン、宮崎ラーメンにおいてもそう。九州のほぼ全域が、この久留米「三九」に多大な影響をうけたことは間違いない(鹿児島だけは独自のルートなのでまた別の機会に紹介する)。

〈▲ 玉名も久留米などと同じく、寸胴ではなく羽釜を使う店が多い。理想的な対流を生む〉

「三九」は熊本においては1952(昭和27)年、久留米にも比較的近い“北西部”の玉名市に支店を作った。これが熊本で初めての豚骨ラーメン店である(当時はラーメンという言葉はなく“中華そば”だ)。

そして玉名「三九」の味の評判を聞き訪れたのが、後に熊本ラーメンの代表格となる「こむらさき」「味仙(あじせん)」「松葉軒」(しょうようけん)の創始者たちだ。玉名「三九」は熊本市内ほか、広く県下にラーメンが伝わる起点となった。

玉名ならではの“煎り”ニンニクの妙

また、熊本ラーメンといえば“ニンニクチップ”がアイコン的な存在であるが、玉名ラーメンは揚げではなく“煎り”ニンニクであるのも特徴。熊本のニンニク文化は、スライスした揚げニンニクから焦がしマー油などと多彩な進化を遂げた。玉名は細かく刻んだ“煎りニンニク”の文化であり、各店が趣向を凝らした製法、味付けにこだわっている。そして香りが立つよう、卓上に運んできたその時に、茶筒などに入れたニンニクをスタッフがポケットから取り出して振りかけてくれるのも興味深い。

ニンニクの調理法や形状、提供スタイルも玉名独特なものであり、これは「三九」系譜である他県の店ではみられない。熊本市内から逆輸入的にニンニク文化が到来した可能性もあるが、どちらにせよ現在残っている“煎り”の調理法については、玉名ラーメンの古株であり本記事でも紹介する「桃苑(とうえん)」や、「天琴(てんきん)」の創業期あたりから始まったとみていいだろう。

〈▲ 「大輪(たいりん)」は粒が立った煎りニンニクを、茶筒に入れてスタッフが持ち歩く〉

「ニンニク入れますか?」

玉名ラーメンの老舗で尋ねられるこの言葉。関東のラーメン二郎好きからするとこれは、自分流にカスタマイズする“コール”のきっかけとなるフレーズであるが、玉名ラーメンではそのままの意味だ(ま、当然といや当然なんだけど)。

さて、お待たせした。筆者的に激プッシュの「玉名ラーメン」3店を紹介していこう。

豚骨熱波と共に繰り出される羽釜炊き特濃スープ「桃苑」


〈▲ 「桃苑」のラーメン(並、800円)〉

語り草である玉名「三九」は1952(昭和27)年から3年ほどの営業で閉店してしまったが、同店で修業した従兄弟に作り方を習った故・井本利光さんが1963(昭和38)年に開いた店が「桃苑(とうえん)」。

現在は利光さんの息子・弘之さん(昭和28年生まれ)、孫の克さん(昭和57年生まれ)、同じく孫の匠さん兄弟を中心に、井本家直系で味を守り続けている。緑の暖簾がかかり、店内も女性が入りやすい新しめの雰囲気であるのだが、厨房に入らせてもらうと製法、使う道具から古(イニシエ)をビシバシと感じる。そして何より、豪快。

〈▲ 「桃苑」の麺場。さらに奥に巨大な羽釜を据えたスープ室がある〉

まず目を見張るのはドスンと据えてある重厚な鉄の羽釜。そして厨房の最奥にあるスープ室へは、滝のように流れる汗をぬぐいながら克さんが出入りしている。

「ちょいと入ってみる? サウナのように暑いから気をつけて」と克さんに誘われ、普段は立ち入り禁止のスープ室の扉を開けると……うおっ! これはやばい。

スープ室を圧倒的存在感で占領するような“たぎる”巨大釜。入った瞬間に“豚骨熱波”に襲われアツい!というかイタい!! まさにサウナばりの高温。筆者もさまざまなスープ室を見てきたがこの体感温度はMAXである。湯気もけたたましくあがる釜の中で煮込まれているのは豚のゲンコツと背骨だ。

〈▲ この部屋の熱波はまじでやばい。克さんも混ぜては水分補給を繰り返す〉

「この“高火力”がウチのスープには欠かせません。豚骨をとことん煮込んで旨みを絞り出し、

ラードでさらなるパンチを加えています」と克さん。

練炭から灯油、ガスへと時代と共に燃料は変わってきたが、製法は創業当時のままだ。

〈▲ 食べる直前にニンニクを振りかけてくれるため、香りが一気に立つ〉

卓上で煎りニンニクをたっぷりとふりかけてもらい、粒々が浮くスープをレンゲですくいグビリ。いやー、こってり濃厚でうまい! 髄からも旨みが染み出したスープに煎りニンニクが豊かな香り、ほろ苦さを添え、麺を啜る度に心地よく鼻腔をくすぐる。ニンニクは香り、味だけでなく、食感もアクセントとなる。最高。

〈▲ ニンニクが絡んだ麺を啜る筆者。玉名に来たならニンニクはマストで入れるべし!〉

「桃苑」は玉名温泉街の比較的近くにある。湯宿に泊まって夜食にすすりにいく。玉名ラーメン入門としてもおすすめしたい店だ。

【桃苑】(とうえん)


住所:熊本県玉名市繁根木官有無番地


電話:0968-72-2575


営業時間:11:00〜23:00、日曜〜22:00


休み:火曜


駐車場:8台(無料)

ラーメンの味。豚骨職人としての在り方。すべてが完璧「大輪」


〈▲ 「大輪」のラーメン(800円)。麺は玉名ラーメンを長く手がける地元「宮本製麺」謹製〉

玉名温泉街から10分ほど車で走った玉名市・岱明町(たいめいまち)。筆者の中で“玉名ラーメンNo.1”だと思っているのがここ「大輪(たいりん)」だ。

先代の大将がご存命であった約20年前に最初に訪れ、以来熱烈なファンになった。店が開業した時には中学生であった息子の坂本季之さん(昭和45年生まれ)が2代目として継承。「厳しい人でしたね」と、季之さんは父と共に厨房に立っていた修業時代を振り返りながら、古い常連も唸らせるラーメンを作っている。

筆者が「大輪」に惚れ込む理由は大きく3つ。

「煎りニンニク」「スープ」そして「豚骨職人としての色気」だ。順に述べていく。

〈▲ 現在の店舗(右)と、2018年のリニューアル以前の「大輪」〉

まず、玉名ラーメンの醍醐味である「煎りニンニク」については前述の通りだが、「大輪」では創業時から変わらず店内仕込みの手作り。ラーメンの味を決める醤油ダレと同じように、“ニンニクもラーメンの命”だと捉えている。ニンニクの刻み方、煎り方、プラスで加える素材など多くは語れないが、それ自体にも旨みがあり、食感が軽やかな独特のニンニクである。

 季之さんは週に1、2回、早朝からニンニクを仕込む。オープン直後も芳醇な煎りニンニクフレーバーが店内に漂っているのは手作りしている証拠だ。

〈▲ 粒が立つエアリーな食感で、ニンニク自体にも甘味、旨味がある。それが「大輪」の煎りニンニクだ〉

次にスープ。材料は豚の頭骨、背骨、ゲンコツを使用。

卓上に運ばれてきたラーメンを見ると、白濁したスープと透明な脂の部分が層になっているのが分かるだろう。実はこれがポイント。背脂がスープに蓋をして熱々をキープするだけでなく、レンゲですくう深さ、レンゲに入るニンニクの粒の量でも都度味わいが変わる。何より、良質でピュアな背脂を使っているので、濃厚、こってりだが飲みやすい。塩気もバリッと効いていて、特に汗をかいた日は体に染み渡る。拍手喝采の一杯。

〈▲ 「大輪」もまた、スープは羽釜炊き、麺も大釜で泳がせることにこだわる一店〉 

そして、「豚骨職人としての色気」である。

現在53歳になる季之さんは、シュッとした立ち姿、流れるような厨房さばきがとにかくかっこいい。「麺は大釜で泳がせないと絶対に駄目やね」と話しながら、羽釜でゆがき、熟練の技を要する真っ平な平網をひょうひょうと使いこなす。麺釜の木の蓋を通じて伝わってくる手の感覚でも最良の茹で加減を判断するなど、まさに匠であり、麺場がとことん似合う職人である。

〈▲ 2代目の坂本季之さん。心意気あふれる“豚骨アニキ”なのである〉

これらを注目しながら、ぜひ啜りに行ってほしい。

ちなみに、久留米の「丸星ラーメン」を皆、“マルボシ”と呼んでいるが、初代の星野吾三郎さんに由来しているため正式には“マルホシ”であることと同じように、玉名の「大輪」は

“ダイリン”で通っているが正式には“タイリン”である。“大輪の花を咲かせる”に由来している。「ま、どっちで呼んでもいいけど」と坂本季之さんは笑う。

【大輪】(たいりん)


住所:熊本県玉名市岱明町野口207-2


電話:0968-73-3548


営業時間:11:00〜15:00、17:00〜22:00、月曜は昼のみ営業


休み:木曜


駐車場:11台(無料)

玉名ラーメンor博多ラーメン? こんだけうまけりゃ、どっちでもいい!「番屋」


〈▲ 「番屋」のラーメン(700円)〉

最後に紹介するのが玉名魚市場と隣り合う「番屋」。

2002(平成14)年の創業で、博多ラーメンの要素を含んだ独自の一杯で勝ち抜いてきた。そういう意味では純粋な玉名ラーメンではないかもしれないが、とにかく旨すぎる。玉名観光のルートの一つとして、絶対に!足を伸ばす価値があると確信している。

〈▲ 店主の嶋田寛司さん。混ぜるのも困難なぐらい大量の豚骨をこれでもか!と炊き込む〉

平べったい大きな木製の骨かき棒で、体重をかけながら大量の豚骨を混ぜ込んでいる。頭にタオルを巻き、いかにも“ラーメン屋のおいちゃん”という風な気さくな大将。店主の嶋田寛司さん(昭和40年生まれ)である。

福岡市の名店「名島亭」での修業を経て約22年前に独立開業した。

「僕自身も幼少期から親しんできた玉名ラーメンは“こってり”しているのが多いから、“あっさり”博多ラーメンの要素もいい塩梅で取り入れたスープを作りたかったんよね」と振り返る嶋田さん。

こう聞くと単にいいとこ取りしたと思われるかもしれないが、いやいや、それだけでは片付けられないこのバランス感、ラーメンセンスは秀逸すぎる。豚骨濃度は高いが、決してギトギトしない。

麺は福岡から取り寄せたもので、玉名ラーメンの中では細め、博多ラーメンからするとやや太め。これが絶妙。玉名の代名詞であるニンニクも、最初から投入するのではなく、好みの量をセルフで後のせするスタイルをとる。丁寧に脂身を削ぎ落として仕込むチャーシュー、玉名産のネギのシャキシャキシャコシャコした食感がいいアクセントに。

〈▲ ニンニクは高菜と共にお好みでどうぞ〉

「博多ラーメンが源流だが、玉名市民に合わせて後のせニンニクチップがある」、「博多ラーメンの麺を使っているが玉名スタイルで替え玉はない(大盛り対応)」、一方で、玉名ラーメンにはあまりない「無料の辛子高菜はある」。これらの点も興味深い“番屋らしさ”だ。

〈▲ いつ訪れても温かい笑顔で迎えてくれる嶋田さん〉

店は、玉名魚市場側と道路側の2か所入口があり、双方から客がなだれ込んでくる。ラーメンのスタイル、味、立地、そして大将の人ガラもすべて愛されポイントだ。

〈▲ 店へのアプローチ、店内、厨房、何もかもが雰囲気のいい店だ〉

【番屋】(ばんや)


住所:熊本県玉名市築地216


電話:0968-72-0540


営業時間:11:00〜14:00、17:00〜19:00


休み:水曜


駐車場:共用20台(無料)

「玉名ラーメン」啜り旅、いかがだっただろう。

〈▲ 玉名の啜り旅を終えて、「玉名市立願寺公園」の無料の足湯でくつろぐ筆者〉

冒頭にも述べたが、豚骨ラーメンは1937(昭和12)年に誕生しており、2027年が生誕90周年、そして2037年にはついに迎える100周年。それら節目の年が近づくにつれ、豚骨ヒストリーの一つのルートである「久留米→玉名→熊本市」も改めて注目されるはずだ。博多や久留米ラーメンなど、メジャー豚骨を押さえつつ、玉名にも足を伸ばしてもらいたい。

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