『インターステラー』ハンス・ジマーの名劇伴、映像を見ずに作曲 ─ ジマー「これでは書けない」ノーラン「我々はタイミング感覚が同じだから、とにかく作って」
映画と音楽の関係はときに奇妙だ。撮影された映像に基づいて劇伴が作曲されることもあれば、先に音楽ができあがっていることもある。
『ダークナイト』3部作をはじめとする7本の映画でタッグを組んだとの仕事を、名匠は「生きるか死ぬか」だったと米にて語った。「僕たちの関係はいつもそんな感じだった」と。
初めてともに仕事をした『バットマン ビギンズ』(2005)のときから、2人の緊張関係は始まっていた。「スーパーヒーロー映画の音楽はやりたくない」と何度も断っていたジマーに、ノーランから「ゴッサムシティを見下ろす摩天楼にバットマンが立っている場面に曲をつけてほしい」と打診があったのだ。「映像を見せてほしい」と頼んだジマーに対し、ノーランは「できない」と答えた。
Raph_PH https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hans_Zimmer_in_2022.jpg
『インターステラー』(2014)には、人類の未来を賭けて宇宙に旅立った主人公クーパーのもとに、地球にいる息子と娘から(長すぎる時間の間隔を経て)ビデオレターが届く。クーパー役を演じたマシュー・マコノヒーの演技、ジマーによる音楽によって、この場面は映画を代表する名シーンとなった。
しかしノーランは、このシーンでもジマーに映像を観ることなく作曲するよう求めていた。
「こんなふうに曲を書くことはできない、と言ったのを覚えています。とにかく自由に書くなんてことはできないし、映像が必要だと。するとノーランは、“僕たちはタイミングの感覚が同じだと思うから、とにかくやってほしい”と。もしもうまくいかなかったら、そのときはフィルムを送ると言うんです。」
ノーランの読みは正しく、ジマーの曲は見事にシーンにフィットした。おそらくノーランは、ジマーに絶大なる信頼を寄せていたのだろう。そのことは、『インターステラー』のメインテーマが誕生するまでのエピソードから明らかだ。
(C)2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.
ジマーが思い返すのは、とあるパーティーに参加したときの出来事である。会場の片隅で映画の話をしていたところ、ノーランがジマーのために小さな物語を書くと約束し、“どんな音楽でもいいからつけてほしい”と頼んだという。
「面白そうだと思ったんです。手紙はすぐに厚紙で届いたので、父親のタイプライターで打ったものだとわかりました。それは息子についての寓話で──クリスは私の息子をよく知っていたので──初めて子どもが生まれたときに親に何が起こるのかが書かれていました。二度と自分自身の目で自分を見ることはなくなる、いつも子どもの目で自分を見ることになるんだと。」
作曲を終えたジマーは、ノーランの妻でありプロデューサーのエマ・トーマスに電話をかけ、曲を送ることを伝えた。するとトーマスは、夫がやけに落ち着かない様子であることを明かすと、ジマーの自宅に向かわせたという。「そこで私は息子に対する、はかなく心のこもったラブレターを弾きました。感想を聞くと、彼は“今すぐ映画を撮ったほうがいいな”と言うんです」。
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当時、ノーランは『インターステラー』の脚本を書き終えていなかった。映画の内容を尋ねると、ノーランは宇宙とタイムトラベルの話をはじめたという。「この音楽がどう合うのかと尋ねました。すると彼は、“映画の核心がようやくわかった”と答えたんです」。そのときにジマーが作った曲は、ノーランが脚本を書きながら何度も聴いた曲になり、映画のメインテーマになった。そして、ジマーのキャリアを代表する一曲にもなったのだ。
『バットマン ビギンズ』のときも、ノーランが映像を見ずに作ってほしいと頼んだ曲は、ジマーいわく「バットマンのメインショットのためのものだった」という。逆にいえばノーランの狙いはいつも明確で、彼は音楽から刺激を受けることを望んでいたのである。
のちにジマーが『TENET テネット』(2020)を断り、『DUNE デューン/砂の惑星』(2021)を引き受けたことをきっかけに、ノーランとの共同作業はいったん幕を引いた。ただしジマーによると、ノーランとは現在も「良い友人」。いずれ再びタッグを組むこともありうるという。
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