90分に濃縮された演劇の力で示す、父と息子の物語~三人芝居『怪物の息子たち』ゲネプロレポート
三人芝居『怪物の息子たち』が2024年5月30日(木)、東京・よみうり大手町ホールで開幕した。主演・崎山つばさが安西慎太郎と田村心とともに3人だけですべての劇中人物を演じる、東映プロデュースでおくる少人数芝居企画。開幕直前に行われた公開ゲネプロと取材会の模様をレポートする。
脚本は木下半太、演出を毛利亘宏(少年社中)が手掛ける濃厚な会話劇。長男の宝田蒼空を崎山、次男・陸久を安西、三男・宇海を田村がそれぞれ演じる。“怪物”といわれたある男の息子たちが、父親の葬儀で再会する場面から物語が始まっていく。
コンクリート打ちっぱなしの壁は、無機質で冷たい印象。北海道のある港町の葬儀場、しかも倉庫らしい。波の音と船の汽笛が鳴り響きノスタルジックな雰囲気すら感じるが、室内に点在するマネキンがどこか妙な空気を醸し出している。
やがて現れた蒼空は、喪服姿。腰を掛けているのは白い長机……ではなく、なんと棺。陸久、宇海もやってきたところで三兄弟は数年ぶりの再会を果たすが、どうやら穏やかではなさそうだ。亡くなった父・宝田陽介は“怪物”と呼ばれていた男。遺言と残されたノートをきっかけに、3人は自分たちの父親について語り始める。
“三人芝居”と銘打たれた本作では、3人の役者がメインの役以外に20人弱もの登場人物を演じていく。キャラクターを想起させる舞台装置として、また時間軸が過去であることを明確に示すためにマネキンが活用されるが、あくまで観客の想像力を補う役割。男性も女性も、幼い子供も老人も、あらゆる役柄を役者自身の能力にて演じ分けられていく。
田村は変幻自在。キャラクターらしさをリアルに追求し、大々的なインパクトを持って提示してくる。安西は分厚く、重みのある演技が光った。心の裏側、人間の暗部を抉り出すヒリつきがたまらない。崎山は持ち味である自身の華を、ダークさが漂う今作にも巧みにはめ込んだ。自然と目を引きながらも、ストーリーに溶け込んだ感情を浮かび上がらせ、客席までゆっくりと届けてくれる。多種多様な演技を惜しみなく披露され、得も言われぬ満足感を味わった。
囲み会見で3人が語っていたように、最も大きな見どころはそれぞれから見た父親像。過去を回想していく形で、各々が接してきた父・陽介が演じられていく。ある時には暴君であり、ある時には独裁者であり、だがある時には父性が滲み出ていて……三兄弟が何をもって父を“怪物”と称していたのかバラバラであるはずなのに、グラデーションをもってイメージを与えられていくのだ。
呼吸すら躊躇われるほどの緊迫感もあり、思わず笑いがこぼれてしまうテンポの良いコミカルなシーンもあり。スピード感がありながらも、セリフの一つひとつが心に鋭く差し込んでくる。約90分間、出ずっぱりとは思えないほど最初から最後までエネルギッシュだ。息子たちが父に向ける感情を、そして息子たちが兄弟と自分自身と向き合っていく人間模様をどうか劇場で見届けてほしい。
公開ゲネプロの前には崎山、安西、田村のキャスト陣と脚本の木下、演出の毛利が囲み取材に応じた。
ーー初日を迎える心境、本作へかける意気込みをお聞かせください。
崎山:約1年ぶりとなる主演舞台であり、初めての三人芝居ということで稽古から並々ならぬ想いで挑んでまいりました。演出の毛利さんとキャストと共に緻密に細かく、丁寧に作ってきました。初日を迎えることが嬉しいですし、お客様が入ることでどんどん変化していくはず。その変化をたのしみながら演じていきたいです。
安西:お客様にお時間とお金を頂戴していますので、しっかり価値のある、意味のあるものが届けられたら。“怪物”とタイトルに入っていますが、舞台自体が生き物で怪物みたいなところがある。(と、ここでポスターがはがれるハプニングがあり)うわ、本当に怪物がいるかもしれない(笑)。共演者、スタッフの皆さんと楽しみながら一つの“怪物”を作っていけたら。
田村:この人数でのお芝居が初めて。かつ、稽古期間は決して長くはなかった。稽古中、怖さが勝った瞬間がありましたが、今は信頼できる先輩お二人と舞台ができる楽しさやワクワクが勝っています。
木下:「息子たちが父親を演じ分ける」、「息子役の俳優たちが一人の父親を演じ分ける」というアイデアを以前からずっと持っていました。三人芝居というお話をいただいたときに、これははまるんじゃないかと。誰しも心の中には“怪物”みたいなものがあるはず。シンプルな三人芝居ではありますが、見てもらった人に「私の中の怪物ってなんだろか?」と思いになると楽しいんじゃないかという気持ちで書きました。
毛利:『仮面ライダーリバイス』でご一緒した木下さんとのタッグを非常に楽しみにしていました。三人芝居はなかなか過酷なもの。丹念に稽古場で言葉を交わしながら積み上げていった結果が、この舞台に乗るはずです。本当に素晴らしく、まさに怪物と呼べる俳優が集まりましたので極上の時間をお楽しみいただけたら。
ーー役柄や稽古の日々を踏まえ、見どころや注目のポイントは?
田村:90分の会話劇であるところ。舞台上には3人しかいなくて、減ることもない。はける瞬間もないので、濃密な時間を楽しんでいただけたら。
安西:(メインの役以外に)20人弱の人物も、照明さんや音響さんのお力を借りながら僕たちが演じます。特に父親については、息子たちの僕たちが演じることにすごく意味がある。果たしてそれは本当の父親だったのか、息子たちの記憶の中で出来上がった父親なのか……なども考えながら見てほしいです。
崎山:弟たちに全部言われてしまうかと思ったら、ちゃんと僕の分も残しておいてくれて。さすがだなと(笑)。
安西:あははは!
田村:もちろんですよ(笑)。
崎山:はけない、というのは大きな見どころ。例えば水分補給もお芝居の中に組み込まれていて、すべて計算された動きの中でやります。場面転換も自分たちでやりますし、イレギュラーなことが多々起こるんです。物が落ちたり、マネキンがいつもの場所にいなかったり。3人しかいないので頭をフル回転させながらカバーしていくのですが、そこで兄弟の絆が生まれる瞬間もありますね。
ーー『仮面ライダーリバイス』ではともに脚本を手がけた木下さんと毛利さんにお聞きします。今回は脚本と演出としてのタッグですが、いかがですか?
毛利:私も脚本家としてお仕事をする機会が多いからこそ、やはり言葉の面白さを感じました。自分の中に全くない回路や、「同じシチュエーションでもこの言葉が出てくるんだ」と楽しみながら演出させていただいております。半太さんが書きたかった父親、社会というものに対して演出家として新鮮にアプローチができたなと思っていまして、今後演劇を続けていくなかでとても成長することができた時間でした。
木下:最初にプロデューサーからいただいたときに、落語の「死神」みたいな物語をやりたいとアイデアがあった。そこからヒントを得て、落語家のように俳優がバンバン演じ分けをしたらこれはオモロイんじゃないかと。ただ、自分が演出するなら嫌だなと(笑)。
毛利:(笑)。
木下:でも、毛利さんが演出するから(笑)。普段は作・演出を同時に行っているので、脚本を書きながら演出をしやすいように書いてしまうんです。今回はあえて「毛利さん頑張って! あとは知らんけど!」という思いを大事にしました。書きながらすごく楽しかったですし、この作品を3人でやりきらなきゃいけないのはホンマにストロングスタイルになるはず。僕もまだ見ていないので、これからゲネプロを見るのが楽しみです。
ーー稽古期間中のエピソードを教えてください。また、他の2人を”怪物”と称するなら?
田村:二人とも“お芝居の怪物”。やっていてヒリヒリするんですよね、胃が(笑)。優しいパスの日もあれば剛速球の日もある。頑張って返さなきゃなという気持ちで日々やっていました。稽古中は、つばさくんが毎日差し入れしてくれました。「差し入れおじさんでーす」ってプリンとかシュークリームとか金貨のチョコとか、野菜ジュースとか……あと何がありましたっけ?
崎山:からあげ。しょっぱいものもね。
安西:いろんな味を楽しませてくれたんですよね(笑)。そういうところも含めて、つばさくんは“やさしさの怪物”。お芝居をやりやすい空気を作ってくださった。心くんは“末っ子の怪物”です。
崎山:間違いない(笑)。
安西:僕も末っ子なんですけど、彼はすごく愛嬌があって現場を明るくしてくれる。すごくありがたい怪物です。
崎山:しんた(安西)は“バランスの怪物”。一番客観的に作品を見れている人で、助けられています。心は“後輩の怪物”。お好み焼きを食べに行ったんですけど、心が作ってくれたりグラスが空けばいつのまにかお酒を頼んでいてくれていたりしてくれました。
ーー最後に、お客様へメッセージを。
崎山:すごくドキドキしています。こんなに不安と期待が入り交ざる舞台はなかなかない。挑戦的な舞台だと思っていますのでぜひ興味がある方は劇場に来てほしいですし、“怪物”を目の当たりにしていただけたら。
取材・文・撮影=潮田茗