Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4 虚淵玄ロングインタビュー⑤
TOPICS2025.02.21 │ 12:01
Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4
虚淵玄ロングインタビュー⑤
およそ10年にわたって展開されてきた『Thunderbolt Fantasy Project』の完結編たる劇場作品『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 最終章』がいよいよ上映開始! ここでは『最終章』に直接つながるTVシリーズ4期『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』について、原案・脚本・総監修の虚淵玄(ニトロプラス)にたっぷりと語ってもらった(全5回)。虚淵作品の根底にある哲学にも迫るこの記事を読んで、完結編の衝撃に備えていただきたい。
取材・文/前田 久
※本記事はTVシリーズ4期最終回までの内容を含みますので、ご注意ください。
Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀
阿爾貝盧法に自分の考えをしゃべらせてしまった?
――そんな殤不患まわりの設定もですが、3期と4期で描かれた浪巫謠や凜雪鴉の出自など、そうしたもろもろの設定を踏まえると、この作品はじつは「時間」と「運命」というのが作品を貫く大テーマだったんだなと気づかされる思いがしました。今作が痛快娯楽作品であるのは大前提として、そのうえで、ある種の人生哲学のようなものが語られている気がしてならないのですが。
虚淵 そのテーマに関しては僕の手癖というか、何をやってもそこにたどり着いちゃうというのを最近感じ始めていますね。無界閣というギミックを思いついたときに、そこに行っちゃった、とも言えるんですけども。ついつい運命……人の本質というか、「過去を変えられず、未来に逆らえないからこそ、人は人なんだ」という考えが僕の中にあって、SFをやるたびにそこにテーマが辿り着いてしまうところはありますね。一種の、人間讃歌みたいな方向性といいますか。
――SFについて、もう少し詳しく聞いてもいいですか?
虚淵 SFとは結局、「人間をどう定義するか」みたいなところに行き着くジャンルだと思うんです。それを僕なりに描こうとすると、「これが人間の本質だ」とか「人間のここが素晴らしい」という方向ではなく、「人間は、何が欠落しているから人間なのか」みたいなところに発想が行きがちなんですよね。そうやって問題設定したうえで、人間を人間たらしめる欠落を埋めてしまったが故に、人間ではなくなってしまった存在をヴィラン(悪役)に置くことが多い。それは意図したところでもありますが、手癖でもあって「またここに来ちゃったか……」みたいなところもありました(笑)。自覚したのは(4期の第7話で)阿爾貝盧法にセリフをしゃべらせたときでした。あれは別に『Thunderbolt Fantasy Project』というシリーズ作品の中で、やるべきものでもなかった。でも、自分の中の「時間遡行ものSFのテーマ」みたいなものを、ひとりのキャラが全部しゃべっちゃったんだな、という感じが、セリフを書いているときにありましたね。
チート能力は、人間性の根幹を腐らせる
――「時間遡行もの」「ループもの」のSFは虚淵さんご自身の作品はもちろん、この十数年、日本のアニメやマンガ、ゲームなどで一大潮流となったジャンルですが、阿爾貝盧法のセリフは、ループを繰り返して行くうちに「変えた」という記憶すらも欠落して、自分でも訳がわからなくなってしまう……という、ジャンルの極北のような壮絶なものでした。
虚淵 チート能力というやつは、その場では気持ちいいかもしれないけど、いかに人間性の根幹を腐らせるか……そんな感覚が、やっぱり僕の中に根深くあるんでしょうね。異世界に転生したり、転移したりするものが流行っていますが、僕の青春期のそのジャンルの金字塔は『聖戦士ダンバイン』と『はてしない物語』なので、どちらも辛いんですよ。転生しちゃったが故に、すべてがぶち壊しになっていく。それは呪わしいものなのだというのが、たぶん僕の中にあるんですよね。ゲームでも、チートコードを使った瞬間につまらなくなるのと一緒ですよ。運命に抗えないからこそ人だし、喜びも悲しみもあるのであって、運命を左右できるような異能を備えてしまったら、そいつは人として何かを失う、という考えが根幹にあるんだと思います。それを体現するキャラに期せずしてなってしまったのが阿爾貝盧法なんだな、と。最初は本当に、ただただ邪悪な毒親くらいのつもりで作ったキャラなんですけどね。彼がどうして邪悪に染まっていったのかを考えていくなかで、たまたま筆が乗って出たセリフが、あれだったということです。
刑亥の花道
――しかもそのセリフが、同じ隘路の入り口に立った刑亥(ケイガイ)を止めるために発せられたものだったのに、最終的には刑亥を追い詰めて、戦いへと向かわせてしまう。このままならなさも印象的でした。刑亥の扱いについてはどういう考えでしたか?
虚淵 シーズン1の段階では、あくまで「魔界代表」くらいのポジションだったんですけど、そういうゆるい立ち位置だったが故に、そのあとの展開でいろいろ便利な役回りを全部引き受けてくれたんですよね。物語を通してアシスタントディレクターだった。ドラマツルギーの中での雑務を彼女が全部引き受けてくれたお礼として、いよいよ仕事がなくなって、お役御免で退場するタイミングで花道を作ってあげたいという思いがあって、4期のラスボスというポジションに立ってもらいました。ただ退場させるよりは、最後の最後にひと花咲かせてください、と。
凜雪鴉に通り一辺倒の邪悪判定をしない殤不患
――魔族と人間のコントラストといえば、浪巫謠と凜雪鴉の「魔族と人間のあいだに生まれて、そのことで病んでしまう人」と「魔族とわかってもなお、そこから何かしらのファイトやガッツが燃える人」という対比があり、そして「そのどちらも受け入れる殤不患」という第10話~第12話のやり取りも鮮やかでした。
虚淵 今作の魔族って、宇宙人や妖怪ほどではなくて、人間と大して変わらない存在だと思っているんです。何を正義と見なすかの差があるだけで、精神構造にそこまで大きな差があるわけではない。魔族の邪悪さは、あくまで人間の想像が追いつく範囲のものですからね。だから、その辺は気の持ちようだろうなと。気に病んじゃう人はそりゃいるでしょうが、無神経なやつは鼻で笑って済ますライン。
――でも、その鼻で笑いそうな人……凜雪鴉が、自分が魔族とつながっていたことを気にしないようでいて、意外と気にしていて、殤不患が無自覚に「そんなことは気にしない」という態度をとっているのを見て、少しうれしそうにする。ここがグッとくるところというか、凜雪鴉って殤不患がホントに好きなんだなと。
虚淵 通り一辺倒の邪悪判定を凜雪鴉にしないところがいいんでしょうね。「世間一般に許されざる行いをしているから、お前は悪党だ」と言っているんじゃなくて、「お前、なんか俺から見て気持ち悪いよ」とただ言っているだけなので(笑)。そういう点で好感度が高いんでしょう。しかも、「お前がやってることは邪悪だよ」という説教もしてこないし。単に気持ち悪がっているだけで。
田中敦子さんのナレーション秘話
――凜雪鴉の意外な人間味がたまらなかったです。重ね重ね、『最終章』も本当に楽しみです。
虚淵 ありがとうございます。そうそう、第12話最後の『最終章』の予告まで田中敦子さんにお願いできたのも感無量でした。あれはじつは、TVシリーズの予告の収録をお願いしたときに、僕が調子に乗って『最終章』用の予告ナレーションまで作っちゃったので「せっかくだから読んでもらえませんか?」みたいな感じでお願いしてしまったものだったんです。あとからご無理を言って、正式に使わせてもらえることになって……。
――結果、シリーズの最初から最後まで、田中さんの声で彩られる作品にもなりました。
虚淵 本当にありがたい。悲しいことではありますけども、最後の最後にお仕事をご一緒できて、本当に光栄でした。
――そんな劇場上映作品『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 最終章』の見どころというと?
虚淵 物語は4期から直結していて、とにかく最初から終わりまで、ずっとアクションしっぱなしです。相当な密度と迫力だと思います。それを大画面で見てもらえる。いちばん盛り上がる映画館という場所で公開できると思うと、結果的にはシリーズの5期から劇場上映に企画が切り替わったのも良かったなと感じています。相当見応えのあるものになっていますよ。
――「大団円」だといろいろなところでお話しになっていますが……。
虚淵 そこは本当に大丈夫です!(笑) ご期待ください!
虚淵玄うろぶちげん 株式会社ニトロプラス所属のシナリオライター、小説家。『魔法少女まどか☆マギカ』『PSYCHO-PASS サイコパス』『仮面ライダー鎧武/ガイム』『楽園追放 -Expelled from Paradise-』『GODZILLA 怪獣惑星』『OBSOLETE』など、数々の映像作品の原案や脚本を手がける。作品情報
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『Thunderbolt Fantasy Project』シリーズ、堂々の完結!
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 最終章』
2025年2月21日(金)~全国劇場で上映決定!!
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