30種類もの粉を使い分けるシェフのパン愛がすごい!【BREAD IT BE】(神奈川県・鎌倉市)
「リジェネラティブ・ベーカリー」シリーズvol.20
『環境再生型農業』を応援するパン作りをしているベーカリーを紹介するシリーズ。vol.19でご紹介した「ブレッド&タパス沢村」や「THE CITY BAKERY」のパンの開発及び製作統括をしている森田良太シェフが、ご自身のやりたいことを詰め込んだお店「BREAD IT BE」が2020年2月にオープン。
鎌倉駅から若宮大路側に出て路地を入った徒歩4分ほどの場所にあります。
前回に引き続き、森田シェフにお話を伺いました。
「BREAD IT BE」のお店の特徴は?
よく見るとクグロフやタルトの型など調理器具を使った照明に遊び心を感じます
前回取り上げていただいた「沢村」は菓子パンや調理パン、サンドイッチなど幅広く展開するブランドです。
自分としてはバゲットやカンパーニュといった食事系のパンをお客様に手に取っていただきたい、そういうパンで評価されたい、という想いをずっと持っていたので、こちらのお店を任された時に“食事系のパン中心でやる”と決めていました。
鎌倉の方はハード系のパンを普段から召し上がっているように感じます。
ハード系といってもうちのパンは比較的水分量も多くもちもちとした食感で食べやすいので、お客様の年齢層は割と高めなのですが気に入ってリピートしてくださっています。
お店で使用している粉は30種類。
そのうち7割が国産で、ドイツから取り寄せた店内の石臼で毎日製粉しています。
全体の1/3程度が自家製粉している粉になります。
昔から粉へのこだわりは強かった?
知り合いの紹介で中華街にあるホテルのベーカリーに入ったところ、たまたまそこでシェフをしていたのが「ブラフベーカリー」の栄徳さんでした。
栄徳さんも色々な粉を使うのが好きな人でしたし、その後入社したのが「シニフィアン・シニフィエ」の志賀シェフが当時働いていた「ユーハイム」で、志賀さんも粉を組み合わせて使うのが好きな方でした。
そういうお二人に教わってきたのでこれがパン作りの当たり前だと思っていました。
自分がシェフになりバゲット(パン)を作るうえで、まずどんな粉を使うかを決めなければいけないので、若い時代は製粉会社さんのパンフレットを入手して気になる粉を全部サンプルでもらいました。
そのサンプルを使って一度に全種類、各一つずつバゲットを作ってみて、その粉を分析して気に入ったものを組み合わせて、というレシピの組み立て方をしてきました。そのやり方も普通だと思っていました。
色々試していくうちに「やっぱりもう少し灰分値が高いものがいい」とか、「ちょっと粗く挽いたものがいい」など製粉会社さんにお願いしてオリジナルで挽いてもらっていましたが、それだったら自分で挽いたほうが早いと思い、「BREAD IT BE」をやるとなったときには初めから石臼を導入しようと決めていました。現在、お店では「シングルオリジンバゲット」という単一品種で作る日替わりのバゲットがあり、味をわかってくださる(キタノカオリが美味しい、京小麦が美味しいなど、食べていくうちに味の違いを感じて楽しんでくださる)お客様はそれを狙って買いにいらっしゃいます。
基本は10種類くらいの粉を使っているので、何の粉を使ったバゲットなのかは当日お店に来ていただいてからのお楽しみになりますが、
そのうちの一つにアグリシステムさんの転換期間中有機小麦“トイピリカ”があります。
トイピリカを100%使用し、バゲットと似たような形ですが湯種にしている分もっと内層がモチモチとした食感。
粉の風味は甘みが強いなあと感じます。
いろんな種類の小麦を使っているので頻繁には店頭に並びませんが、それでも2週間に1回は絶対にどこかのタイミングで並びます。
国産有機ライ麦“ハンコック”をつかう意義
vol.19【ブレッド&タパス沢村】の記事でアグリシステム株式会社の伊藤社長との出会いやご縁についてはお話ししましたが、
昨年11月に開催された【One Table勉強会「リジェネラティブベーカリーin関東」】に参加して、改めて次世代に豊かな土壌を残すために我々ができること、すべきことを同席したシェフの皆さんと話し合い、『積極的にリジェネラティブ農業を推進している生産者さんの粉を使っていこう』という想いに至りました。
料理人からスタートし、パン職人になった当初は「料理やケーキは作るもの」という感覚でした。
本格的にパン作りを始めると、室温や湿度の管理をしてその時々で仕込みを変えていかなければならないことを経験し、パン酵母に合わせた環境を作るのが自分たちの仕事なのだと気づきました。
そのときにふと「パン作りも農業と同じなのでは?」と思ったのです。
アグリシステムさんの農業は「健全な土を育てていく」こと、
僕たちパン職人は「パン酵母にとっていい条件の環境を育てていく」ことが仕事。
そう思ったときに『作る』というより『育てる』という感覚を持ったので『パンは育てるもの』という言葉をよく口にします。
農業とパン作りの共通点を感じているからこそ、ハンコックを使うことで畑の土壌をよりよい環境に変えていくという話を聞いて「積極的にそういう粉を使って行くべき!」と僕が思ったので、お店のスタッフにもその意義を知ってもらおうと伊藤社長にzoomで参加していただき社内勉強会を開催しました。
普段何気なくパン作りをしているスタッフにもいい刺激になったと思います。
今まではアメリカ産のオーガニックライ麦を使っていましたが味はワイルドっぽく濃いめの印象。
ハンコックはマイルドでバランスがいいなと感じました。
主張しすぎないので、組み合わせている他の小麦や素材を引き立てるような味わいと思います。
生産者さん、作り手、お客様という三者の距離が近いほうが、お客様も意識してパンを手に取ってくださることが増えると思いますし、何も知らないで食べているよりは、どういった人たちがどういう想いで作っているかを理解しているほうがより一層味わいも深くなりますよね。
ハンコックを使用しているパンを実食
◆オーガニックカンパーニュ
カンパーニュには挽き方を変えて2種類、6mmと4mmの両方を10%ずつ、トータルで20%使用。
粒の大きさををあえて変える意味をお聞きすると、粗く挽くとダイレクトに味が伝わりやすく、細かく挽くとしっとりしたり口どけがよくなったりするのだそう。
クラストからはやや甘めな植物の優しい香り、底面はきな粉のような味噌のような香りも感じます。
ムギギという引きの強さはなく、唾液と合わさると溶けていきます。
クラムは梅干を思わせる酸味を感じました。
むっちりと水分を感じる食感、ハンコックの爽やかなライ麦の風味が鼻腔を抜けていきます。
常温保存で3日目になると、酸味はほぼ感じないほどマイルドに生地全体が馴染んでいます。
トーストするとクラストはカリッと歯切れよく、クラムはむちっとしてとても食べやすいです。
何もつけずに食べても、食事に合わせても、食べる人の好みに合わせてくれる(寄り添ってくれる)パン。
◆ナッツフォーユー
カンパーニュと同じ生地を使用。
棒状で一見硬そうですが、生地はたっぷりのナッツを繋いでいる程度でもろもろと解けます。
クルミ、カシューナッツ、香りのいいヘーゼルナッツ、種子類のコクも感じて、とにかくザクッカリッという食感がいい!
イチジクのジャリッとした粒感と甘みが効いています。
端っこのしっかり焼けた部分はエスプレッソのようなほろ苦く深い旨味があっておもわず「うまっ!」と声に出してしまいました。
◆パン・オ・ティー
ハンコックを5%使用することで全体の味に厚みが出て、食感もどっしり落ち着くのだそう。
アールグレイの香り漂う生地に紅茶で煮たアプリコットや、紅茶に合いそうないちじくやレーズンなどのドライフルーツやナッツをぎっしり使ったパン。
一切れ食べ終わった後もずっと紅茶の香りに包まれていて、ホワイトチョコの甘みがしっかりとあり、ピスタチオなどナッツの食感がアクセントに。
しっとりむっちりとした食感なのでとても食べやすいです。
ハンコック使用に関わらずお店で人気の商品
◆BIBバゲット
お店の看板商品。
自家製粉したものが三重県産のニシノカオリと栃木県産の農林61号。
それ以外に北海道のキタノカオリ、ニシノカオリ、群馬県産の粉の合わせて5種類を使用。
断面からすぐに甘い香りが漂います。香りだけで美味しい。
クラストはコーンのような甘みのある香ばしさ、煎餅のような香ばしさなどがミックスされ、全体的には優しい味わい。
指で弾くとコンコンと音がするほど硬めなのに、噛んでいると唾液と合わさり溶けていきます。
クラムはむちっと適度な水分と甘み。
あまりに美味しくて立て続けに2切れ食べてしまいました。
◆サングリアロッソ
ワインのサングリアをイメージして作ったパン。
ジューシーな赤ワイン漬けサヤキレーズンと和歌山県田辺市産のオレンジピールをを練り込んだスパイスの効いた生地は、熟成したワインをを思わせる芳醇な香り。
生地に対して100%以上と思えるほどの具材の量です。
しっとりジューシーなレーズンは溢れ出すぎりぎりまで水分を含ませてあり、噛むとじゅわ~っと甘みとワインの香りが堰を切ったように広がって凄い!
目の覚めるような柑橘の爽快さ、むちむちな生地は色気すら感じます。
トーストして無塩バターを塗ることでオレンジピールやスパイスの主張をまろやかにして食べるのも好きでした。
森田シェフがこれからやりたいことは?
「沢村」と「THE CITY BAKERY」を合わせると何十店舗にも増えたことで、リジェネラティブ農業を推進している農家さんの粉をより多く使うことができるようになります。
その利点を生かし積極的にリジェネラティブ農業を応援し、次世代に健全な土と安全な食をつなぐ一助になればと考えています。
また、その取り組みをお客様にわかりやすく伝えることも大切な課題の一つです。
「BREAD IT BE」は2020年のオープンから5年が経ちました。
ここでは石臼で自分好みに粉を挽けるので、一番やっていて楽しいですね。
決められた粉でやるとどうしても限界があるから、自分で挽いた粉で自分の好きなパンを作れていることでパン作りの面白さによりのめりこんでいるなと感じています。
薪窯で焼くパンにも興味がでてきて、実際に軽井沢の「沢村」に薪窯を導入、試し焼きして夏前には商品を並べられたらと思っています。
電気やガスのオーブンで焼いていたパンが薪窯で焼くとどう変わるのか、僕自身とても楽しみです。
左側がベーカリー、右側がイートインスペースになります
昨年、ベーカリーと同じ敷地内にフリースペースが誕生し、お店で購入したパンやドリンクをこちらで楽しめるようになりました。
今回はこのスペースで森田シェフにお話を聞かせていただきましたが、とても落ち着く空間です。
普段、食パンや菓子パン類しか購入しないという方にこそ一度訪れてほしい、粉の美味しさを感じながら毎日飽きずに食べることができるパンに出会えますよ。
※リジェネラティブ・ベーカリーについては以下をご参照ください。
https://www.agrisystem.co.jp/regenerativerye2023.
SHOP INFORMATION
【店名】BREAD IT BE
【住所】神奈川県鎌倉市小町2-16-35
【電話番号】0467-33-4680
【営業時間】8:00~17:00(売り切れ次第閉店)
【定休日】水・第2木曜
※写真の商品の種類、価格は、2025年2月現在の情報となります。
※営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗もしくはSNSなどでご確認ください。