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世界的名監督・小津安二郎から学ぶ、そして小津映画をさらに味わい深いものにしてくれる値千金の60の人生語録 米谷紳之介著『小津安二郎 粋と美学の名言60』

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世界的名監督・小津安二郎から学ぶ、そして小津映画をさらに味わい深いものにしてくれる値千金の60の人生語録 米谷紳之介著『小津安二郎 粋と美学の名言60』

 コモレバWEB版でもおなじみの米谷紳之介さん著による『小津安二郎 粋と美学の名言60』が2月17日に双葉文庫より発行される。

 2015年、弊誌フリーペーパー「コモ・レ・バ?」で、前年の十二月十二日に生誕百十一年を迎えた映画監督、小津安二郎の特集を組むべく執筆者を探していた。企画協力をしてくださる松竹の藤井宏美さんから米谷紳之介さんの名前を聞いたのは、そんな時だった。米谷さんは松竹のホームページで、映画のコラムを執筆していた。ぼくは、急ぎ『小津安二郎 粋と美学の名言60』のオリジナルである米谷さんの著書『老いの流儀 小津安二郎の言葉』を読んだ。

 
 第一版の発行日は、小津の百十一歳の誕生日であり、命日でもある二〇一四年十二月十二日となっていた。雑誌や新聞などに掲載された小津の発言と、小津映画のセリフから小津の享年にちなんだ六十の言葉を紹介し、小津の人物像を描き出すというもので、まさに名言揃いだった。発行日、採択した名言の数、と数字だけとってみても、米谷さんの小津安二郎に対する並々ならぬ思いの深さを感じさせられた。本を読み終える前に、特集の執筆者は米谷さんしかいない、とぼくの腹は決まった。そして、米谷さんと一緒に初めての仕事をすることになった。米谷さんもぼくも、小津の享年に近い年齢になっていた。

 本書は小津の遺した言葉を手がかりに、名匠と呼ばれる小津安二郎が何を思い、どんな価値観を持って六十年という生涯を生きたのかについて考察するもので、そこからは人間・小津安二郎の人となり、映画監督・小津安二郎の感性が鮮やかに立ち上がってくる。

 たとえば、雑誌キネマ旬報昭和33年8月下旬号に掲載された「ぼくの生活条件としてなんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う」という自身の信条を吐露した発言。続けて、横長のワイドスクリーンに関して、嫌いなものはどうにもならない。たとえ理屈に合わなくても、嫌いだからやらない。そこから自身の個性が出てくるからゆるがせにはできない、と強い口調で語っている。米谷さんは、「小津の映画が小津自身の強固な価値観や美意識の上に成り立っていることをあらためて感じさせる発言」とくみ取っている。

 また、昭和36年の映画『小早川家の秋(こはやがわけのあき)』で、原節子が義妹の司葉子に語る結婚観「品性の悪い人だけはごめんだわ。品行はなおせても、品性はなおらないもの」というセリフ。小津自身の口癖でもあった有名な言葉だ。米谷さんは、このセリフを「小津が出演者を人(人間性)で選んだのも同じである」と、小津映画の俳優たちの資質に重ね見る。事実、小津映画の顔とも言える笠智衆について小津は「笠は真面目な男だ。人間がいい。人間がいいと演技にそれが出てくる」と語っている。原節子しかりである。どうです、小津映画を観たくなってきませんか。

 2015年秋号の「コモ・レ・バ?」の特集タイトルは「小津好み-映画に宿る名監督の趣味と美意識-」。小津のカラー作品を挙げ、「色で軽やかに遊んだ」とした文章からは小津映画への愛情という米谷さんの眼差しが見えた。ぼくは、小津のカラー映画をすべて見直した。米谷さんの文章は、読む人をスクリーンに誘い込む魅力がある。

 その後、小津生誕百二十年、没後六十年の2023年にも、「〝いい顔〟と〝いい顔〟が醸す小津映画の後味」として原稿をコモレバWEB版で執筆してもらった。米谷さんは、「小津の映画は〝顔〟の映画だ」と見事に言い切った。そのほかにも、小林正樹監督、倍賞千恵子、映画『男はつらいよ』、高峰秀子など多くの特集企画で米谷さんとの仕事を重ねてきた。米倉涼子のカバーインタビューをお願いしたこともあった。当時の米倉涼子のマネージャー氏は、単なるインタビュー記事ではなく、人間・米倉涼子が書かれていた、と喜んでくれた。小津がそうであったように、米谷さんもまた、人間性を見抜く人であった。

 特集企画を思い立ったとき、米谷さんだったら、どんな視点でアプローチし、どんな原稿に仕上げてくれ、いつものように〝企画の意図〟の枠からはみ出すことのできないでいる編集者のぼくを、どんなふうに気持ちよく裏切り幸せな気分にしてくれるだろうかと想像してしまう。米谷さんを初めての人に紹介するとき、ぼくはいつも「映画と映画人に対してあふれる愛情と尊敬の念を持っている人」と紹介している。

 
 
 小津映画は海外でも評価が高いことで知られるが、映画好きな外国の友人たちは、ぼくの誕生日が小津と同じだと知ると一様に羨ましがる。海外の映画ファンが小津の誕生日まで知っていることへの驚きとともに、小津映画が世界で愛されていることを実感する。『老いの流儀 小津安二郎の言葉』は、『Chasing Ozu』のタイトルで英訳され、2021年には海外でも発行されている。

 2023年には、『老いの流儀 小津安二郎の言葉』を加筆修正し、新たに書き下ろしを加え(数はやはり60にとどめられている)アップデートされた新装版として『小津安二郎 老いの流儀』が上梓されている。ぼくは、ここで、さらに新たな小津の言葉に出会い、繰り返し小津映画を観た。米谷さんの小津論を読むたびに、ぼくも深く小津という人物に惹かれていった。この本からは小津がお洒落で、食べること飲むことが大好きで、モノに対する審美眼にすぐれた趣味の人だったということ、そして揺るぎない覚悟で映画を作るという映画人・小津安二郎の人間像が、愛情と尊敬というまなざしで切り取られている。読む人の人生をも豊かにしてくれる名著だ。
文=二見屋良樹

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