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溝の口がブレイキンの聖地になるまで。“ミゾノグチ”という名の心躍るストリート

さんたつ

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パリ五輪で日本を沸かせた種目の一つ、ブレイキン。その聖地として知られる溝の口が聖地たる所以を探ってみると、街に根づく重要なカルチャーとしての側面が見えてきた。

お話を伺ったのは……

石川勝之 KATSU ONE

1981年福井県生まれ、川崎市出身。大学時代から本格的にブレイキンを始め、2005年に国際大会で初優勝。その後も国内外で活躍し、2024年パリ五輪では日本代表コーチを務めた。日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス本部長。

ブレイキンの聖地「ミゾノクチ」

大勢の人が行き交うJR武蔵溝ノ口駅の改札前。この広い通路は、夜になると窓のガラスが鏡のようになり、ブレイキン(ブレイクダンス)の練習場所として人気の場所だ。溝の口を拠点にしていたダンサーが世界で活躍する例も多く、聖地「ミゾノクチ」として海外でも知られている。

そんな聖地が生まれた最初の契機は、1998年にJRの現在の駅舎が完成し、自由通路ができたこと。徐々に近隣のダンサーが練習するため集まるようになり、本格的にブレイキンを始めた頃の石川さんもその輪に入って練習していた。

「もともと武蔵新城で踊っていた人たちがいて、『マルイ』ができてからはそっちに移り、さらにここに移動してきたような流れでした。屋根があって半屋内のような環境がやりやすいんですよ。どこでも練習はできますが暗いのが難点なので、ここは24時間明るくて最適なんです」と石川さん。

一歩一歩、地域で認められるように

2015の世界大会で審査員を務め、審査員ショーで踊る石川さん。

今でこそ日本でも浸透しているストリートカルチャーだが、当初はまだ不良のイメージも強く、肩身の狭い思いをすることもあったという。理解を得て踊りやすい環境をつくるため、地域での活動もしてきた。

「最初のきっかけは母ちゃんなんです。桜本商店街の人と仲が良かったので、お祭りで踊っていいよって言ってくれて、そこからいろいろ広がっていきました」

お祭りのステージでブレイキンを踊っては自己紹介をする……そんな交流を繰り返し、地元を中心に徐々に認知されるようになる。大きなターニングポイントだったのは、ダンスを見た当時の市議会議員が高津区長につないでくれたこと。高津区のお祭りの仲間に入れてもらい、そこから流れが変わってきた実感があったという。

溝の口が知られるにつれて、他の地域から訪れるダンサーも増えてくる。石川さんは彼らを歓迎しつつ、場所を守るための働きかけも欠かさなかった。「ゴミを置いて帰られることもありましたが、来た時よりもきれいにして帰ろうって言ったり、ちゃんと挨拶しようぜって声をかけたりしていました。ここは自分たちにとって本当に大切な場所だったので」。

また、川崎市全体でストリートカルチャーが盛んになる素地もいくつかあった。大規模なライブホールの先駆けでもある『CLUB CITTA’』では、ブレイキンやヒップホップのイベントも多く開催。商業施設『川崎ルフロン』でもいち早くダンスコンテストが開かれ、ップダンサーを多く輩出している。2018年には、石川さんが川崎市へ呼びかけて「WDSF世界ユースブレイキン」最終予選の招致に成功した。

一方で、ブレイキンのスポーツ化の是非は日本に限らず議論が交わされていることでもある。2018年ブエノスアイレスユース五輪の種目にブレイキンが採用された時はかなり驚いたと言い、「最初はギャグかと思いました」と笑う石川さん。「ブレイキンはスポーツである以前にカルチャーだと思っていますし、カルチャーvsスポーツという見方もありますが、ブレイキンはブレイキンだという結論にたどり着きました。どちらの側面もあっていいし、両方やればいいと思っています」。

スポーツとは異なるブレイキンの力

石川さんいわく「努力を努力と思えないくらい好きなものがあると人生が豊かになる」。

そんな石川さんが語るブレイキンの一番の特徴は「垣根や形式がなくて自由なところ」だ。

「技を隠すことなく、ライバルともシェアするんです。大会直前まで対戦相手と一緒に練習したり、終わってからみんなで讃(たた)えあったり。勝ち負けよりも自分がどれだけレペゼンできるかということにフォーカスを置いたりしているのが、カルチャーならではの魅力です。多様性のある世界なので視野がすごく広がるし、一緒に踊るだけですぐに仲良くなれるんですよ」

長く海外を渡り歩き、現地で踊って仲間を作ってきた石川さんだからこそ、人一倍実感してきたであろうブレイキンの力。路上において、ブレイキンは共通言語であり、その練習場所は重要なコミュニティーの場なのだ。

日本代表のコーチとしてパリ五輪を経て、石川さんが感じたのは「ローカルにもっと目を向けなければ」ということだったという。「川崎市にはサポートしてくれる体制もあるので、ストリートカルチャーの仲間と手を組みながら、普及のための活動を続けていきたいですね。ここに来ればブレイキンを楽しめるし、ここを拠点に世界に挑戦できる。ブレイキンで世界を目指すなら、まずは溝の口に来たい。そんな街になったらいいなと思います」。

歴史や背景を考えると、本来のストリートカルチャーは日本にはないという見方もある。しかし、川崎という街、溝の口の路上で、ブレイキンはカルチャーとして着々と根づきつつある。ここは世界に誇る新しいストリートなのだ。

取材・文=中村こより 撮影=原 幹和

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