日本とは異なる、韓国人ならではの「秋の楽しみ方」【連載】金光英実「ことばで歩く韓国のいま」
人気韓国ドラマ『梨泰院クラス』『涙の女王』などを手掛けた字幕翻訳家が、韓国のいまを伝えます
流行語、新語、造語、スラング、ネットミーム……人々の間で生き生きと交わされる言葉の数々は、その社会の姿をありのままに映す鏡です。本連載では、人気韓国ドラマ『梨泰院クラス』『涙の女王』などを手掛けた字幕翻訳家が、辞書には載っていない、けれども韓国では当たり前のように使われている言葉を毎回ひとつ取り上げ、その背景にある文化や慣習を紹介します。
第1回から読む方はこちら。
#16 울긋불긋(ウルグップルグッ)
ひどい暑さも落ち着き、ようやく秋の気配が聞こえてきた。
漢江(ハンガン)を挟んでソウルの南にある「カロスギル」は、おしゃれなカフェや雑貨店が並ぶ並木道として知られている。両側に植えられた銀杏の木は、秋になると黄金色に輝き、道全体を1枚の絵のように染め上げる。先日そこで足を止め、まだ青々とした葉を眺めながら「10月にはこの景色も鮮やかに変わるんだろうな」と思った。
そのとき、頭にふと浮かんだのが「울긋불긋(ウルグップルグッ)」という韓国語だった。
赤や黄、さまざまな色が入り混じる様子を表すこのことばは、日本語の「色とりどり」に近い。ただ、口に出すとリズムが軽やかで、どこか心が弾む。韓国の秋を「実り」や「豊かさ」と結びつけてきた感覚が、このひと言に凝縮されている気がする。
今回はこのことばを入り口に、韓国人が秋をどんなふうに感じ、どう楽しんでいるのかを追いかけてみたい。
多彩な色を表現することば
韓国語には、日本語と同じように擬音や擬態語が数えきれないほどある。「반짝반짝(パンチャッパンチャッ)(きらきら)」「두근두근(トゥグンドゥグン)(どきどき)」のように、耳にするだけで情景が浮かぶことばが日常にあふれている。
秋になるとよく登場するのが「울긋불긋(ウルグップルグッ)」だ。赤や黄色が入り混じって鮮やかに広がる様子を指し、紅葉を語るときには欠かせない。
よく似たことばに「알록달록(アルロッタルロッ)」がある。こちらは布地の模様や子供の服装のように、身近で人工的なカラフルさを表すときに使う。たとえば「알록달록한 옷(アルロッタルロッカン オッ)(カラフルな服)」といった具合だ。
日本語でぴったりくる表現が思いつかない。「まだら」と言うと雑然とした響きになりすぎ、「色鮮やか」では整いすぎている。韓国語では、そのあいだを「알록달록(アルロッタルロッ)と「울긋불긋(ウルグップルグッ)」がうまく埋めてくれている。
前者はかわいらしい小物や服、後者は自然や大きな広がりのある景色にふさわしい。だから、秋の市場で柿やザクロが山のように積まれているのを見ると、両方のことばが頭に浮かぶ。こぢんまりしたカラフルさを「알록달록(アルロッタルロッ)と呼び、自然の恵みの迫力を「울긋불긋(ウルグップルグッ)」と言い表す。そんなふうに自由に行き来できるのが、この2つのことばの面白さだ。
最近ではSNSでも#울긋불긋(ウルグップルグッ)のタグをよく見かける。紅葉の写真だけでなく、旅行や食べ物の投稿に添えられ、見る人の目を楽しませている。
韓国人は秋の山でにぎやかに過ごす
韓国で紅葉を楽しむといえば「단풍놀이(タンプンノリ)」が定番だ。日本語では「紅葉狩り」と訳されるが、その雰囲気はずいぶん違う。
日本では庭園や名所を訪ねて、静かに紅葉を眺め、「風情」を味わうことが多い。韓国の단풍놀이(タンプンノリ)は、どちからといえば登山に近い。ソウル近郊には北漢山(プッカンサン)や道峰山(トボンサン)があり、秋の週末には多くの市民が山へ出かける。
登山服は赤や黄、蛍光色など派手なものが多く、遠くから見ると人の群れそのものが紅葉のように見える。リュックには、キムパ(のり巻き)や果物、マッコリや焼酎の小瓶が入っていて、山道の途中でシートを広げ、にぎやかなお弁当会が始まる。景色をしっとり愛でるというより、自然の中で人と一緒ににぎやかに過ごす時間なのだ。
山の斜面は울긋불긋(ウルグップルグッ)に染まり、そのあいだに人々の笑い声が響く。友人の韓国人は「단풍놀이(タンプンノリ)は紅葉を見るだけじゃなくて、食べて飲んで歌って、秋を全身で味わうんだ」と笑っていた。
実際、どこかで誰かがトロット(韓国版演歌)を歌い出すと、すぐに知らない人が合唱に加わる。紅葉の赤や黄、派手な登山服、お弁当の彩り、人々の声まで混じり合って、울긋불긋(ウルグップルグッ)の景色になる。日本語の「色とりどり」では目に映るものしか伝わらないが、울긋불긋(ウルグップルグッ)と口にすると、耳や舌にリズムが残り、山全体のにぎやかさまで浮かんでくる。
日本では春のお花見で似たような光景が繰り広げられるが、秋の紅葉狩りで酒宴を張る人はそう多くないだろう。そんなところにも日本と韓国の違いがあらわれているように思う。
「春のことば」から「秋のことば」へ
울긋불긋(ウルグップルグッ)は、いまでは紅葉の代名詞のように思われているが、もともとは春の景色にもよく使われていた。韓国の国民的な童謡「고향의 봄(コヒャンエ ボム)(故郷の春)」には、こんな一節がある。
「♪울긋불긋 꽃 대궐 차린 동네(ウルグップルグッ コッ テグォル チャリン トンネ)(色とりどりの花が宮殿のように咲き誇る村)」
歌詞の中には桃や杏、つつじなど、春の花々が次々に登場する。子供のころ誰もが歌ったこの歌を通じて、울긋불긋(ウルグップルグッ)は春の鮮やかさを表す言葉として親しまれてきた。私も語学堂時代にこの歌を教わり、それ以来울긋불긋(ウルグップルグッ)と聞くと自然と春を思い出す。
けれどいまでは、多くの人にとって紅葉を連想させることばになっている。子供のころに口ずさんだ童謡では春を描いていたのに、大人になって耳にする広告やニュースでは紅葉の用例ばかりが目につくからだ。
ことばは時代とともに姿を変える。かつて春を飾っていた울긋불긋(ウルグップルグッ)は、いつのまにか秋を象徴することばに落ち着いた。
色あざやかな韓国の食卓
韓国の食卓ほど울긋불긋(ウルグップルグッ)が似合う場面もないだろう。
代表的なのはビビンバだ。石鍋に盛られた赤いコチュジャン、黄色い錦糸卵、緑のほうれん草ナムル、白いもやし、黒っぽいしいたけ。そのままでも華やかだが、スプーンで混ぜ合わせると、色も味も溶け合って「ごちゃまぜの調和」になる。これぞ울긋불긋(ウルグップルグッ)の醍醐味だ。
市場のキムチ売り場も壮観だ。真っ赤な白菜キムチ、乳白色の水キムチ、緑のオイキムチ。大きなかめにぎっしり詰まって並ぶ光景は、紅葉の山並みに負けない迫力がある。
韓国の食卓は副菜(パンチャン)の多さでも知られている。赤いナムル、茶色い煮物、黄色い卵焼き、緑の野菜炒め。10種類以上が小皿に並ぶことも珍しくなく、視覚的な豊かさは日本の「一汁三菜」とは比べものにならない。まるで小さな紅葉狩りのようだ。
韓国の人々にとっては「色が多い=栄養が豊か」という感覚が根強い。母親が子供に「ごはんは色とりどりに食べなさい」と声をかけるのもよく聞く。その言葉の裏には健康への気配りと、見た目の美しさを大切にする感覚が重なっている。ここにもまた、韓国らしい울긋불긋(ウルグップルグッ)が生きている。
韓国社会に生き続ける色彩感覚
韓国の色彩感覚を語るとき、欠かせないのが「五方色(オバンセク)」だ。青(東)、赤(南)、白(西)、黒(北)、黄(中央)の五色は陰陽五行思想と結びつき、宇宙や季節の調和を表してきた。単なる色ではなく、方角や人生儀礼とも深く関わっている。
婚礼衣装では、赤や青の衣装に、白い内衣や黒い髪飾りを合わせ、黄色い帯で仕上げる。五方色がそろった姿は秩序のある華やかさを生み出し、家族全員が韓服を着て並べば、まさに울긋불긋(ウルグップルグッ)の風景だ。
伝統建築にも五方色は息づいている。宮殿や寺院の柱や天井を覆う丹青(タンチョン)と呼ばれる彩色は、赤や青でびっしり塗り分けられている。観光客には「派手」に見えるかもしれないが、韓国人にとっては調和の取れた美。本来、울긋불긋(ウルグップルグッ)は自然を表すことが多いが、こうした壮大な人工美にも比喩的にあてはめられる。自然の紅葉に負けない華やかさを持つからだ。
現代に目を向けても、五方色の感覚は生き続けている。ビビンバの具材を五色にそろえるのもその一例だし、韓国代表ユニフォームや企業のロゴマークにも、五方色を意識した配色が見られる。つまり울긋불긋(ウルグップルグッ)は単なる「色とりどり」ではなく、韓国人が大切にしてきた宇宙観や調和の感覚を、いまの言葉でやわらかく表しているのだ。
ことばは「季節の感じ方」も変える
韓国の秋と日本の秋は、それほど大きく違わない。しかし、日本人は紅葉を見ながらしみじみと風情に浸るのに対し、韓国人は仲間たちと一緒になって楽しく過ごすのが定番だ。季節の楽しみ方にもこれほどの違いが出てくるのだから、文化の違いというのは面白い。
そもそも、「風情」という日本語と「울긋불긋(ウルグップルグッ)」という韓国語の響きの違いを思うと、ことばは季節の感じ方そのものを変えてしまう力があると気づかされる。
赤や黄に染まる山を歩きながら、この言葉をそっと口にしてみる。すると風景が一段と鮮やかに目に飛び込んでくる気がする。
※「本がひらく」での連載は、毎月10日と25日頃に更新予定です。
プロフィール
金光英実(かねみつ・ひでみ)
1971年生まれ。清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に渡る。以来、30年近くソウル在住。大手配信サイトで提供される人気話題作をはじめ、数多くのドラマ・映画の字幕翻訳を手掛ける。著書に『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、『いますぐ使える! 韓国語ネイティブ単語集』(「ヨンシル」名義、扶桑社)、『ドラマで読む韓国』(NHK出版新書)、訳書に『グッドライフ』(小学館)など。
タイトルデザイン:ウラシマ・リー