高橋一生も興奮した至高の空間 全てが国宝の特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』
特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』が、2025年9月9日(火)から11月30日(日)まで、東京国立博物館 本館特別5室にて開催中だ。奈良・興福寺の北円堂(ほくえんどう)は、藤原不比等の追善供養のために建立されたと伝えられる建物で、1180年の南都焼き討ち後、1210年頃に再建され、現存する興福寺の堂宇の中で最古であり国宝に指定されている。堂内の本尊である弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)と両脇に控える無著(むじゃく)・世親(せしん)菩薩立像(ぼさつりゅうぞう)は、日本美術史上最も高名な仏師の一人である運慶の、晩年の傑作とされている。本展は、弥勒如来坐像と無著・世親菩薩立像に加え、過去に北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像の合計7躯の国宝仏を同じ空間に展示し、鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みるものだ。
高橋一生「凝縮された美しい空間」
内覧会には、本展の広報大使と音声ガイドを担当している俳優・高橋一生も来場。高橋は、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像を見上げながら、「凝縮された美しい空間。広報大使の任命は心より幸福です」とコメント。無著・世親菩薩立像の鑑賞を楽しみにしていたという高橋は、2躯と対面して「想像以上でした。(無著・世親菩薩立像は)人と近いところにいらっしゃる仏様。(世親菩薩立像の)玉眼など、他の像にはない造形がある。この配置で是非見ていただきたい」と言った後に「興奮しています」と続け、気持ちの高ぶりを示した。
本展の音声ガイドも担当している高橋は「今回は、光背がない状態の弥勒如来坐像など、普段目にすることができない状態や角度から見られる貴重な機会。仏様が世界を見ている目線を感じるなど、得難い体験ができます」と本展の見どころを強調。音声ガイドのナビゲーターを務めるにあたっては、「(展示空間の雰囲気を壊さないように)できる限り邪魔にならないように心がけました」とのこと。「いろいろな感じかたがあると思うので、皆さんそれぞれに向き合っていただければと思います」と微笑みながら述べた。
もしも俳優として運慶を演じるとしたら、という質問には「役をいただけることがありましたら掘り下げたいと思います。運慶は、混乱の時代に人々の願いを像に昇華する、優しさや繊細さや力強さがあったのだと想像しています。宗教性を超えた普遍的なものを表現したいですね」と熱く主張。これから来場するお客様へのメッセージとしては、「通常は同じ空間にない仏様がいらっしゃる、またとない機会。是非皆様にお越しいただき、凝縮された空間を感じていただきたいですね」とし、本展にかける想いを語った。
7躯全てが国宝! 全てが見どころ
出展されている7躯全てが国宝である本展。四天王立像は現在、興福寺の中金堂に安置されているが、資料や素材から判断するに、過去には弥勒如来坐像と無著・世親菩薩立像と共に北円堂に置かれていた可能性が高いとのこと。現在は見ることができない鎌倉復興当時の配置で鑑賞できる、貴重な機会だ。
会場の中央で、胸を張ってゆったりと構える弥勒如来坐像。運慶が古典彫刻を忠実に学んだ成果があらわれた姿でありつつ、鉢の張った頭部や弧を描く髪際の線に鎌倉時代の彫刻の特徴が見て取れる。威厳を湛えて見る者を圧倒する、運慶の彫刻作家としての卓越性を示す傑作だ。なお本像は令和6年度に修復が行われ、漆箔層の剥落止めなどがほどこされたため、背面の状態などがすっきりとしている。
弥勒如来像の両脇に安置される無著・世親菩薩立像は僧形の像で、運慶の指導のもと、無著像は運慶の六男である運助、世親像は五男の運賀が担当したとされる。無着・世親は古代インドの実在の僧で、無著は世親の兄だ。無著像は老人の姿で右下を見つめて、胸元で包みを捧げ持っている。静かで奥深い表情と強い存在感を放っており、人間の姿でありつつ人間性を超越したような崇高性を感じさせる。
世親像は量感のある体とたくましい壮年の顔を備えている。大ぶりの水晶をはめ込んだ玉眼(ぎょくがん)は、愁いを帯びながらも曇りなく未来を見据えるかのようで、角度によっては涙を湛えているようにきらめいている。
四天王像はとりわけ写実に優れた姿で、目を見開く持国天、左下方を睨みつける増長天、口を開いて怒りをあらわにする広目天、歯をむき出しにして宝塔を仰ぎ見る多聞天はいずれも激しさと美しさが並存しており、今にも台座から飛び出してくるような躍動性が伝わってくる。
光背がない状態や後ろ姿を360度から鑑賞可能!
弥勒如来坐像は通常、背後に大きな光背があるが、今回は光背がない状態で展示されているので、体の線や衣の襞、背中のボリューム感、他の像とのバランスや距離感などをじっくりと確認できる。会場では像を360度の角度で鑑賞できるので、弥勒如来坐像の両脇に控える無著・世親菩薩立像の繊細な表情を確認できるのも嬉しい。
四天王像は近い距離で拝見できるので、力強い筋肉や鋭い眼差し、食いしばった口元や猛々しくも気高さを感じさせる表情などをじっくり鑑賞しよう。剣や戟(げき)、宝塔などを携え、それぞれの持物に相応しいポーズを取っている姿も堪能できる。
彫刻や立体、特に仏像は、照明や観る角度によって大きく印象が変わってくる。国宝級の仏像をぐるりと回りながら好きな角度で確認できるのは、稀有な体験だ。
展覧会にして、仏に祈りを捧げる至高の空間
興福寺北円堂は八角形の円堂で、奈良時代の建築物の特徴を残した和様建築の傑作とされる建物だ。内部に八角形の須弥壇があり、本展で出品されている弥勒如来坐像をはじめとする9躯の仏像が安置されている。
本展の会場は、運慶活躍時の北円堂内部を限りなく再現しており、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像が配置される中央のスペースは北円堂の須弥壇とほぼ同じ寸法とのこと。弥勒如来坐像が威厳を漂わせ、無著・世親菩薩立像が控え、猛々しい四天王像が構えている仏像の配置は静と動が際立ち、運慶は北円堂の空間そのものも彫刻したのではないかと感じられるほどに素晴らしい空間だ。時の流れに想いを馳せながら、7躯がようやく再会を果たした至高の空間を是非体験してほしい。
静謐な会場で、普段見られない配置で国宝の仏像7躯を目の当たりにできる特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』は、11月30日(日)まで、東京国立博物館 本館特別5室にて開催中。
文・写真=中野昭子