【日露戦争】全文読んだことある?東郷平八郎「聯合艦隊解散之辞」に学ぶ“平和と覚悟”の本質
時は明治38年(1905年)9月5日。大日本帝国は1年8ヶ月にわたるロシア帝国との死闘(日露戦争)に辛勝を拾い、おびただしい流血の末に帝国主義世界を生き延びました。
日本海海戦(対馬沖海戦。同年5月27日)にバルチック艦隊を撃破した帝国海軍・聯合艦隊(連合艦隊)もひとまず解散、日本の平和と独立を守るために再び英気を養うことになります。
今回は、連合艦隊の解散に臨み、連合艦隊司令長官たる東郷元帥(東郷平八郎)が述べた訓示「聯合艦隊解散之辞(れんごうかんたい・かいさんのじ)」を紹介。
海軍の使命ならびに軍人の心得を説いているものですが、その尊さは現代の私たちにも通じるものでした。
果たしてどのようなものか、分かりやすく解説してまいりましょう。
「聯合艦隊解散之辞」現代語で意訳
20ヶ月にわたる激戦も今は昔、我が連合艦隊もその任務を完了し、解散することとなった。
しかし、我ら海軍軍人の責務が軽減されるわけではない。今回の戦果を永遠に保ち、我が国のますますなる発展に貢献するためには、平時も戦時も関係なく、国防の最前線を担う海軍が常に武力を発揮して領海防衛に努め、いざ有事に即応する覚悟が求められる。
武力というものは、軍艦や兵器などの装備が立派であればよいというものではなく、それらを活用する技量にかかっている。命中率100%の大砲1門は、命中率1%の大砲100門と互角に戦えることを理解していれば、我ら軍人は技量を高めないわけには行くまい。
先の海戦で我ら帝国海軍が勝利を得られたのは、天皇陛下のご威光によるところが大きいのはもちろんだが、平素からの演練が戦果につながったとも言えよう。過去をもって未来を推しはかるならば、戦争が終わったといえども、平和に甘んじて怠惰に過ごすべきでないことは言うまでもない。
思うに武人の一生とは、絶えることのない戦争のようなものである。戦争があろうとなかろうと国防の責務に変わりはない。有事に際しては武力を発揮し、平時は武力を養い、我が国の平和と独立を守る使命を果たすだけである。
この一年半あまり、波風を乗り越えて、暑い日も寒い日も耐え抜いてきた。しばしば強敵と戦い、生死の狭間をくぐり抜けることは、もとより容易なことではない。しかし考えてみれば、これは長期にわたる一大演習であるとも言えよう。
この機会に参加し、多くの学びと経験を得たことは、武人としてこれ以上の幸福はあるまい。どうしてこれを苦労したなどと思うだろうか。卑しくも武人たる者、平和をむさぼっているようではいけない。それではどれほど兵器や装備の見栄えがしようと、あたかも砂上の楼閣に等しく、暴風が吹きすぎればたちまち崩れ去ってしまうだろう。誠に自戒せねばならない。
今は昔し、神功皇后が三韓を征伐されて以来、朝鮮半島は4世紀あまりにわたって我が国の統治下にあった。しかしひとたび海軍が衰えればたちまち支配権を失ってしまったのである。また近世の徳川幕府は平和に慣れ切って、国防を怠ったからこそ、数隻の黒船に狼狽え、ロシアが千島や樺太を脅かしても打つ手がなかったのである。
ひるがえって西洋の歴史を見ると、19世紀の初めごろにナイル川やトラファルガー等で勝利をつかんだ英国海軍は、祖国を泰山のごとく安泰に導いた。以来武力を背景に世界の進歩をリードし、現代に至るまで国力を伸張してきたのである。
このように古今東西の教訓は政治を方向づけるものであるが、武人が治にあって乱を忘れざるか否かに基づく自然の結果とならないことはない。
我ら戦後の軍人は、深くこれらの実例に学び、これまでの訓練で培った実力に戦争を通じた経験を加えるべきである。さらに将来の進歩を図り、時勢の発展に後れをとらないように努めなければならない。
常に天皇陛下のお言葉を奉り、たゆまず奮励して実力を発揮する機会を待ち、こいねがうならば永遠に祖国を守る大任を全うできるだろう。
神明(天の神)は平素から鍛錬に努め、戦わずして既に勝利している者に勝利の栄冠を授ける。それと同時に、一勝に満足して平和をむさぼる者から直ちにこれを奪う。
昔しの人も言ったではないか。「勝って兜の緒を締めよ」と。
明治38年12月21日 連合艦隊司令長官 東郷平八郎
※筆者訳。分かりやすさ重視のため、あえて表現を微調整している部分もあります。
「聯合艦隊解散之辞」原文ルビ付き
二十閲月(えつげつ)ノ征戰(せいせん)已(すで)ニ往事ト過ギ、我ガ聯合艦隊ハ今ヤ其ノ(その)隊務ヲ結了(けつりょう)シテ茲(ここ)ニ解散スル事トナレリ。然(しか)レドモ我等海軍々人ノ責務ハ決シテ之(これ)ガ爲ニ輕減セルモノニアラズ。此ノ戰役(せんえき)ノ收果ヲ永遠ニ全ウシ、尚益々國運ノ隆昌ヲ扶持(ふじ)センニハ、時ノ平戰(へいせん)ヲ問ハズ、先ヅ(まず)外衞(がいえい)ニ立ツベキ海軍ガ常ニ其ノ武力ヲ海洋ニ保全シ、一朝(いっちょう)緩急応ズルノ覺悟アルヲ要ス。而シテ(しこうして)武力ナル物ハ艦船兵器等ノミニアラズシテ、之ヲ活用スル無形ノ實力ニアリ、百發百中ノ一砲能ク(よく)百發一中ノ敵砲百門ニ對抗シ得ルヲ覺ラバ、我等軍人ハ主トシテ武力ヲ形而上ニ求メザルベカラズ。近ク我ガ海軍ノ勝利ヲ得タル所以(ゆえん)モ、至尊(しそん)ノ靈徳(れいとく)ニ頼ル所多シト雖モ(いえども)、抑(そもそも)亦(また)平素ノ錬磨其ノ因(もと)ヲ成シ、果ヲ戰役ニ結ビタルモノニシテ、若シ(もし)既往ヲ以テ將來ヲ推ス(すいす、おす)トキハ、征戰息ム(やむ)ト雖モ安ンジテ休憩ス可(べ)カラザルモノアルヲ覺ユ。惟フ(おもふ)ニ武人ノ一生ハ連綿不斷ノ戰爭ニシテ、時ノ平戰ニ由リ(より)其ノ責務ニ輕重(けいちょう)アルノ理(ことわり)ナシ。事有レバ武力ヲ發揮シ、事無ケレバ之ヲ修養シ、終始一貫其ノ本分ヲ盡サン(つくさん)ノミ。過去ノ一年有半彼ノ風濤(ふうとう)ト戰ヒ、寒暑ニ抗シ、屡々(しばしば)頑敵(がんてき)ト對シテ生死ノ間ニ出入セシコト固(もと)ヨリ容易ノ業ナラザリシモ、觀(かん)ズレバ是レ亦長期ノ一大演習ニシテ之ニ參加シ幾多啓發スルヲ得タル武人ノ幸福比スルニ物無シ。豈(あに)之ヲ征戰ノ勞苦トスルニ足ランヤ。苟(いやしく)モ武人ニシテ治平ニ偸安(とうあん)センカ、兵備ノ外觀毅然タルモ宛モ(あたかも)沙上ノ樓閣(さじょうのろうかく)ノ如ク、暴風一過忽チ(たちまち)崩倒(ほうとう)スルニ至ラン。洵(まこと)ニ戒ムベキナリ。
昔者(むかしは)、神功皇后(じんぐうこうごう)三韓(さんかん)ヲ征服シ給ヒシ以來、韓國(朝鮮半島)ハ四百餘年間、我ガ統理ノ下(もと)ニアリシモ、一タビ海軍ノ廢頻(はいたい)スルヤ忽チ之ヲ失ヒ、又近世ニ入リ、徳川幕府治平ニ狃(な)レテ、兵備ヲ懈(おこた)レバ、舉國(きょこく、くにをあげて)米艦數隻ノ應對ニ苦シミ、露艦亦千島樺太ヲ覬覦(きゆ)スルモ、之ト抗爭スルコト能ハザル(あたわざる)ニ至レリ。飜ツテ(ひるがえって)之ヲ西史ニ見ルニ、十九世紀ノ初メニ當リ、ナイル及ビトラファルガー等ニ勝チタル英國海軍ハ、祖國ヲ泰山(たいざん)ノ安キニ置キタルノミナラズ爾來(じらい)後進相襲ツテ(あいおそって)能ク其ノ武力ヲ保有シ世運ノ進歩ニ後レザリシカハ、今ニ至ル迄(まで)永ク其ノ國利ヲ擁護シ國權ヲ伸張スルヲ得タリ。蓋シ(けだし)此ノ(かくの)如キ古今東西ノ殷鑑(いんかん)ハ爲政ノ然シカラシムルモノアリト雖モ主トシテ武人ガ治ニ居(あり)テ亂ヲ忘レザルト否(いな)トニ基(もとづ)ケル自然ノ結果タラザルハ無シ。我等戰後ノ軍人ハ、深ク此等ノ實例ニ鑑ミ(かんがみ)、既有ノ錬磨ニ加フルニ戰役ノ實驗ヲ以ツテ、更ニ將來ノ進歩ヲ圖リテ時勢ノ發展ニ後レザルヲ期セザル可カラズ。若シ夫レ常ニ、聖諭(せいゆ)ヲ奉體(ほうたい)シテ、孜々(しし)奮勵シ實力ノ滿ヲ持シテ放ツベキ時節ヲ待タバ、庶幾バ(こいねがわば)以テ永遠ニ護國ノ大任ヲ全ウスル事ヲ得ン。神明(しんめい)ハ唯平素ノ鍛錬ニ力メ(つとめ)戰ハヅシテ(戦わずして)既ニ勝テル者ニ勝利ノ榮冠ヲ授クルト同時ニ、一勝ニ滿足シ治平ニ安ンズル者ヨリ直(ただち)ニ之ヲ褫フ(うばう)。古人曰ク(いわく)勝ツテ兜ノ緒ヲ締メヨト。
明治三十八年十二月二十一日 聯合艦隊司令長官 東郷平八郎
「聯合艦隊解散之辞」用語解説
至尊ノ靈徳(しそんのれいとく):天皇陛下の御威光。
豈(あに):どうして~だろうか。
偸安(とうあん):目先の快楽をむさぼること。
沙上ノ樓閣(さじょうのろうかく):砂上の楼閣。
神功皇后(じんぐうこうごう):三韓征伐で有名な応神天皇の母。
米艦數隻(べいかんすうせき):ペルリによる黒船来航。
覬覦(きゆ):分不相応な野望。侵略の企み。
ナイル:英国海軍のネルソン提督がフランス海軍を撃破した海戦。
トラファルガー:同じく。
泰山(たいざん):中国大陸の聖山。その威容から安定感を象徴する。
殷鑑(いんかん):殷王朝が滅亡した故事、歴史の教訓。
聖諭(せいゆ):聖なるお言葉。天皇陛下の詔(みことのり)。
奉體(ほうたい):深く承って心身に銘じること。
孜々(しし):たゆまぬ努力やその様子。
神明(しんめい):至高の存在。天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
戰ハヅシテ既ニ勝テル者:『孫子』謀攻編より。
現代ではなかなか聞かない言葉がずらりと並んでいて、面食らった方も少なくないのではないでしょうか。
この文章は参謀の秋山真之が起草したそうですが、彼の高い教養がうかがわれますね。
終わりに
今回は東郷元帥「聯合艦隊解散之辞」を紹介させていただきました。
最後の「神明ハ唯平素ノ鍛錬ニ力メ戰ハヅシテ既ニ勝テル者ニ勝利ノ榮冠ヲ授クルト同時ニ、一勝ニ滿足シ治平ニ安ンズル者ヨリ直ニ之ヲ褫フ」という文章は、すべての日本人が肝に銘じるべきかもしれません。
祖国の平和と独立はタダではなく、目先の安楽に驕ればただちに奪われてしまう……そういう緊張感が背筋に走る名文だと思います。
「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
「皇国ノ興廃此ノ一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ」
先人たちがおびただしい血を流してつかみ取った日本の平和。その尊さを噛みしめ、これを次世代に受け継ぐ縁(よすが)としたいものです。
参考 : 『聯合艦隊解散之辞』
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部