郷土料理を新しくする ~食材の命を大切にする~「日本料理大賞2024-2025」決勝大会が開催
2008年より「日本料理コンペティション」として始まり、前大会より名称変更した「日本料理大賞」。2年かけて行われ、開始から9回目、名称変更から2回目となる「日本料理大賞2024-2025」決勝大会が、去る3月9日、京都調理師専門学校(京都市右京区)にて開催。応募総数120名から1次、2次、3次と勝ち上がった日本人選手10名と海外から勝ち上がった外国人選手3名が決勝に挑んだ。
「日本料理大賞」とは、特定非営利活動法人日本料理アカデミー主催のもと、国内外で活躍する日本料理人や日本料理研究家、フードサービス従事者を対象とした料理コンクール。日本料理や日本の食文化を支えると共に、料理人を志す有能な人材を世界から集め、今後のフードサービス産業の発展と日本食文化の世界的な振興につなげることを目的としたものだ。
名称変更した前大会より【「競い合う」のではなく、「讃え合う」思いを込め、日本料理の献立作成と調理を中心に学び合う】をコンセプトに掲げる。
これは「与えられた制限時間の中でいい点数を獲ることが目的の“競技”になると、作品が無難になりがち。勝ちにこだわるのではなく、作品の中身にこだわってほしいことから、競技ではなくあくまでも互いに高め合い、研鑽することを目指しています」と、日本料理アカデミー理事長・栗栖正博氏は話す。
そのため、評価においても1位、2位、3位を選出するだけでなく敢闘賞や技能賞といった賞を設け、讃える機会を創出することで挑戦者の意欲向上に繋げている。
開会式では日本料理アカデミー理事長の栗栖正博氏が「今まで学んできた経験や技術、美的センスをふんだんに作品に込めて、実力を出し切ってほしい」と挨拶した。
献立の立案から調理、盛り込みを4時間で
参加資格は“調理師免許の所有”のみであり、年齢・国籍は不問。2024年7月から開始した第1次書類審査では、全国から120名が名乗りを上げ、2次の書類審査、3次の動画審査を経て、10名が決勝に進んだ。さらに農林水産省主催のWashoku World Challenge(WWC)のアジア大会、ヨーロッパ大会、オンライン大会で優勝した外国人選手3名も勝ち進み、計13名が、2025年3月9日、京都調理師専門学校(京都市右京区)にて会場審査に臨んだ。
料理審査の課題は「松花堂縁高弁当」を制限時間4時間で4食作ること。
支給される使用食材は、選手1人につき約30品の食材が入ったボックスが配られ開始まで何が入っているか分からない「ブラックボックス形式」とし、今大会初の試みとして1人につき食材1つの持ち込みが可能に。選手らは、例えば鮭とばや干しぜんまい、車麩、牛乳などそれぞれ故郷の食材や特産品を持ち込んだ。
その他、だしや味噌は地域性が高いゆえ、その材料であるカツオ節といった節や昆布、味噌は事前申請により持ち込みが可能。調理機器類もまた、打ち抜きといった道具や使い慣れた鍋、保存容器などは事前申請により持ち込みできるルールとなっている。
これら同大会の最大の特徴は、献立の立案から作成までを4時間でこなし、当日まで食材がわからないことだ。
高い難易度から、決勝大会に進むのは30代〜40代の調理経験豊富な料理人が中心。ただし20代からの応募も多いという。
なお、時間的な難易度は「調理経験5年以上の調理師ができるレベル」と栗栖正博氏。例年課題となる松花堂縁高弁当においては「懐石料理のコースは、料理約7品とご飯の構成が多く、それらを凝縮した縮図こそ松花堂弁当。単なる弁当ではなく、十字に仕切られた枡に日本料理の五味、五色、五法を用いる技術や色彩美、センス、さらに喰い味までが問われる」という難易度の高い課題だ。
錚々たる料理界の面々が、公正に審査
審査は公正を期すため、作業審査(厨房審査)では京都や大阪、東海の日本料理店の主人や総料理長、東京の老舗料理教室の宗家が担当。また外観試食審査は日本料理アカデミーのパートナーシップ校である、福岡や神戸、新潟の調理師専門学校の経験豊かな講師や教頭、学校長が行うことで味の感じ方の嗜好が偏らないようになっている。
作業審査の審査員は「嵐山熊彦」主人の栗栖基氏や「魚三楼」主人の荒木稔雄氏、「山ばな平八茶屋」主人の園部晋吾氏ら京料理を代表する店の主人や大阪「柏屋」主人の松尾英明氏、岐阜県の日本料理店「ひら井」グループ総料理長の平井良樹氏、東京の「柳原料理教室」主宰・近茶流宗家の柳原尚之氏ら錚々たる面々が担った。
なかでも作業審査では「包丁の技術やゴミの捨て方、食材の使い方を見ている」と話すのは「魚三楼」主人の荒木稔雄氏。食材を「贅沢に使いすぎていないか」は特に注視するという。「たとえば魚なら、一番いい腹だけを使って残りはどうしているか、同大会では使わない場合でも他の料理に使えるように残してきちんと管理しているか、など料理人としての仕事だけでなく哲学が出る部分」だという。
外観試食審査は公正を期すため、福岡県の「中村調理製菓専門学校」、兵庫県の「神戸国際調理製菓専門学校」の学校長や教頭の他、他県からのベテランの日本料理講師が担った。
渾身の料理を作り終えた選手からは、ブラックボックス形式の難しさや時間制限の難しさに対する声が特に多く、中でも日本料理の技術において一晩煮含ませたり、時間をかけて味を含ませたりする調理が時間的にできないことから、「味付けを普段より濃くする調整に苦労した」という声が多々挙がった。
参加数4回、前大会で3位の藤井拓也氏が優勝
ホテルオークラ京都(京都市中京区)に場所を移して開催された表彰セレモニーでは、冒頭に日本料理アカデミー名誉理事長の村田吉弘氏が挨拶。
「日本料理大賞が9回目を迎え、参加者に調理師学校の経験豊かな先生や料理長クラスの方々が名を連ねるようになり、料理のレベルが上がってきています。また外国人選手との実力は多少の差はありますが、一緒になって競技ができるくらい世界においての日本料理の技術レベルが上がっているように感じます。世界中の日本料理店は今では世界に18万7000件になり、日本料理は世界の料理に。今後もますます発展することでしょう。日本料理アカデミーは今後もそれらを下支えしたいと思います」と話した。
表彰セレモニーでは衆議院議員の前原誠司氏や京都府知事の西脇隆俊氏、京都市長の松井孝治氏、農林水産省や文化庁の関係者など数多くの来賓が訪れた。
見事、優勝を飾ったのは、これまで書類審査を含めると4回参加し、前大会は3位の表彰台にも上がった京都調理師専門学校講師の藤井拓也氏。悲願の優勝について「これまで日本料理をやってきてよかった、の一言です。日本料理の現場経験10年、教職を10年続けてきましたが、普段は目の前の仕事のブラッシュアップに目がいきがち。こうしたコンクールに参加することでまだ自分が知らないことにフォーカスでき、今回も「郷土料理を新しくする」というテーマから、全国の郷土料理や食材を勉強したことが学びになりました。また、こうした大会に出て知識と情報を交換できる参加選手とのコミュニティーができたのは宝物です。こうした大会へのエントリーを考えている若い人は、参加するにも店のことがあって迷うことも多いので、ぜひ周囲や組織が理解して、若い人の目標を増やすよう後押ししてくれたら」と話した。
優勝した藤井拓也氏。作業審査では「短時間で仕上げることを意識したために味付けを濃くしすぎてしまい、後から調整することに苦労した」と話した。持ち込み食材のウナギはう巻き、鰻の西京煮、ショウガを混ぜ込んだ鰻時雨ご飯に展開して余すことなく使った。
2位はこれまで5回挑戦し、4回決勝大会に進んだ経験を持つ株式会社フェリシモ「Sincro」勤務の北川理映子氏。
「日々の仕事をするなかで成長しているかどうか測りにくい部分がありますが、こうしたコンテストに出ることで自己研鑽にも繋がるし、成長度も測れると思い参加しました。今まで時間に追われて結果を残そうと焦っていたのですが、今回は食べ手がおいしく感じられ、食べやすさまで意識して作れたのがよかった。日々の仕事のなかで客観的に自分の料理を見る機会は少ないと思うのですが、こうしたコンテストでは限られた時間や素材のなかでどれだけ仕事ができるかがわかり、大きな成長になると思うのでより多くの方に挑戦してほしい」と話した。
2位の北川理映子氏。持ち込み食材は兵庫県産の白バイ貝。地元では煮付けや生で食べる白バイ貝をネギとサンショウ、ショウガを加えた低温の油でコンフィにし、だしで炊いたネギのピュレと共に食べる仕立てにし、「郷土料理を新しくする」を表現した。
この他、3位は辻調理師専門学校(大阪府)講師の今井湧貴氏、技能賞は中村調理師専門学校(福岡県)講師の島村公大氏、技能賞はエクシブ有馬離宮 有馬華暦(兵庫県)の坂東利治氏が受賞。その他全ての参加者に盛大な喝采が送られた。
初挑戦で3位を受賞した辻調理師専門学校講師の今井湧貴氏。出身地の愛媛県から取り寄せたサトイモ「伊予美人」を持ち込み食材に選択。親芋は揚げ、小芋は炊き、孫芋は蒸してからスダチ果汁と共にきんとんに仕立て、親から孫まで伝えるべき郷土料理を表現した。
「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されて11年。昨年には「日本酒」もユネスコの無形文化遺産に登録され、国内では約2年前に「京料理」が国の登録無形文化財になるなど、世界において日本料理が注目されている昨今。次回で10回目を迎える「日本料理大賞」が拓く未来に、ますます期待が高まる。
text: 佐藤良子, photo: