『ブラジルの知られざる妖怪たち』ラテンの国の神話と伝説 ~ケンタウロスから風の魔人まで
ブラジルといえば、ラテンのリズムで血湧き肉躍る、情熱的な国という印象が強いだろう。
かつてブラジルは、先住民族インディオたちが暮らす土地であったが、16世紀頃にポルトガルの植民地となり、インディオ独自の文化は破壊され尽くされた。
とはいえ、完全に消滅したわけではなく、わずかに生き残った先住民族の文化は、入植者である白人の文化や、奴隷として連れてこられた黒人の文化などと融合し、極めて多彩な文化として再構築された。
その影響は、神話や幻想の世界にも及んでおり、異なる地域や民族の伝承が融合し、ブラジル独自の妖怪や怪物の伝説が数多く生まれたのである。
今回は、そんな個性あふれるブラジルの妖怪や伝説ついて紹介したい。
1. ベスタフェラ
ベスタフェラ(Besta-fera)とは、ブラジル独自のケンタウロスである。
ケンタウロスとはご存知の通り、ギリシャ神話に登場する半人半馬の怪物のことだ。
白人の入植と共に持ち込まれたケンタウロスの伝承が、次第に独自の形へと変化し、ベスタフェラの伝説が生まれたと考えられている。
その姿は、ギリシャのケンタウロスと基本的には同じだが、ベスタフェラはより悪魔的な様相を呈しているとされる。
普段は地獄に生息しているが、満月の夜になると地上に現れ、おぞましい咆哮を上げながら走りまわるという。
もし人間がベスタフェラの顔を見てしまえば、数日間は気が狂ってしまうそうだ。
森を駆け抜け、道すがら動物たちを鞭で叩きまわしたベスタフェラは、最後は墓石(または赤い花)に吸い込まれるように入っていき、地獄へ帰るのだという。
2. ムーラ・セン・カベッサ
ムーラ・セン・カベッサ(Mula sem cabeça)とは、首の無いラバの怪異である。
(ラバとはロバと馬の合いの子のことを指す)
その名はポルトガル語で「首無しラバ」を意味する。
本来、頭部があるべき場所からは炎が上がり、口だと思しき箇所に手綱が結ばれているとされる。
奇妙にもこの妖怪ラバは、頭部がないにもかかわらず、ラバ特有のいななき声を発することがあるそうだ。
それだけではなく、稀に女のすすり泣くような声も上げるという。
伝承によると、元々ムーラ・セン・カベッサは人間の女であったが、あまりにも性に奔放だったがために、神罰を受けて怪物の姿に変じたとされている。
つまり、人間だったころの記憶と、現在の醜悪な姿とのギャップにむせび泣いているのだ。
ムーラ・セン・カベッサは、木曜日の夜~金曜日の朝にかけて出現するとされる。
7つの教区(キリスト教の司祭が管轄する地域)を疾走し、もし前を横切る者がいれば全力で追いかけ、踏む・蹴るなどの暴行を加えるという。
ラバは比較的大柄な動物のため、踏まれれば致命傷を負う可能性は高い。
この妖怪に狙われた際の対処法は、口部に結ばれた手綱を解くことである。
そうすることでムーラ・セン・カベッサは呪いから解放され、人間の姿に戻るとされる。
本来の姿を取り戻した彼女は改心し、あわよくばそのまま結婚することも可能だという。
ただし、外した手綱をもう一度口に咥えさせると、再び首なしラバの姿に戻り暴れ回るので、注意が必要とのことだ。
ムーラ・セン・カベッサのルーツはヨーロッパにあるとされ、スペインのラバ女「ムラドナ」や、アイルランドの首無し妖精「デュラハン」などが元ネタの候補として挙げられる。
3. キブンゴ
キブンゴ(Quibungo)とは、ブラジル北東部バイーア州に伝わる怪獣である。
その姿は猿に似ているが、最大の特徴は背中にある袋状の巨大な口だ。
キブンゴは邪悪な人食い怪物であり、特に子供を好んで食べるという。
しかし、すぐ食べるようなことはせず、背中の口に子供を放り込み閉じ込め、巣に持ち帰ってからじっくり味わって食べる習性を持つとされる。
ただ、キブンゴ自体はそこまで強くない魔物であるため、武装した大人の手によって、子供が救出されることも良くあるそうだ。
特に近代兵器には弱く、銃があれば簡単に退治することができるという。
この怪物のルーツはアフリカにあるとされ、黒人奴隷によってブラジルに持ち込まれた伝承であると考えられている。
4. ダスザ
ダスザは、風の魔人である。
日本の怪奇作家・中岡俊哉の著書「世界の魔術・妖術」においてのみ、存在が言及されている。
その姿はまさに異形で、頭に巻き付く二匹のヘビ、巨大な単眼、耳まで裂けた口、そして4つの鼻の穴を持つという、恐ろしい容貌をしている。
ダスザはこの4つの鼻から発する猛烈な鼻息と、手に持った羽根から放つ旋風により、木々をなぎ倒すほどの大規模な嵐を引き起こす。
ブラジル北部の、とある山の西側の谷間に、高さ約3mの石造りピラミッドが建っており、その頂にダスザの像は祀られているという。
人々はダスザを鎮めるために、毎月一頭の牛を、この像に捧げていたとされる。
ある少年が悪戯心から、このダスザ像に向かって矢を放ったところ、突然吹き荒れた強風により空高く吹き飛ばされたという伝承もあり、ダスザの恐ろしさを物語る逸話として語り継がれている。
参考 : 『世界の魔術・妖術』『妖怪・魔神・精霊の世界』『ファンタジィ図鑑』他
文 / 草の実堂編集部