ハイパーリアリズム! 食品サンプルという日本の手工芸がイギリス人を圧倒する理由
世界的に見ても独自の外食文化である「食品サンプル」を包括的に紹介する展覧会がロンドンで開催中。国外初となる試みであり、老舗メーカーが47都道府県のご当地グルメを作り上げ、ロンドンっ子たちを楽しませている。
レストランやカフェの店頭で見かけるカラフルな調理メニューのサンプルは、私たち日本人にとってはあまりにも当たり前の存在だ。しかし海外から初めて日本を訪れる旅行者の中には、その模型自体が商品だと勘違いする人もいるほど、馴染みのないものだという。
実はこれらの食品サンプルがほぼ手作業で作られていると今回知って、筆者も驚いた。飲食店から受注を受け、本物から型をとり、成形し、筆やエアブラシ等で着色していく。弁当や定食なら、それらを盛り付けていく作業も加わる。一種の手工芸なのだ。
食品サンプルが近年、日本特有の外食カルチャーとして知られるようになってきたことを受けて、その歴史と技術を国外で初めてひもとく本格的な展覧会がロンドン市内でこの10月から開催され、大きな人気を博している。
「Looks Delicious! 目で味わう」展(2025年2月16日まで)の会場は、日本の多様な魅力を世界へ向けて発信する外務省管轄の情報発信施設「ジャパン・ハウス ロンドン」のギャラリー。業界最古参の食品サンプル製造メーカー、いわさきグループの協力により、実現の運びとなった。
見慣れた食品サンプルは特注の手工芸品だった。そんな驚きに目を見開かされる展覧会。冒頭の写真ともに ©️増田好郎
本物以上にリアルなのが食品サンプルの特徴。©️増田好郎
食品サンプルは大正時代から昭和初期にかけて考案された。中華や西洋料理などあまり馴染みのない外食メニューが出始めた1920年代に、一目見て分かるようにと百貨店の食堂で採用されたのが商業利用の始まりだ。4倍も売上を伸ばしたことから他店もこぞって採用。日本の外食文化になくてはならない存在として定着していった。
その需要を見越し、1932年に大阪で日本初の食品サンプル製造会社「岩崎製作所」を立ち上げたのが、岩崎瀧三さん。現いわさきグループの創業者だ。
今回の展覧会のため渡英されていた3代目社長の岩崎毅さんは、創業当時のことをこう話してくれた。「手作業で作る食品サンプルはどうしても高額になりがちです。そこで月々お支払いいただく貸付のオプションを作ると大好評をいただき、おかげさまで職人さんへの給与も滞りなく支払うことができました。貸付ビジネスは当時としては画期的だったんです」
ジャパン・ハウスは世界3拠点から日本を紹介する情報発信施設。本企画はジャパン・ハウス東京事務局クリエイティブ・アドバイザーである原研哉さんと、ロンドン支局サイモン・ライト局長の話し合いの中から生まれた。©️Japan House London
全国のご当地グルメ・サンプルをマップで並べた力作展示!©️Japan House London
圧巻は、この展示のために特別に制作された日本全国47都道府県を代表する、ご当地グルメのサンプルだ。北海道の海鮮丼から沖縄のゴーヤチャンプルーまで、日本列島の形で一堂に展観してあり、思わず目を輝かせ小走りに見回ってしまう。
また1966年以降、毎年設けられている社内コンクールの受賞作品も他ではなかなか見られない。会社で制作するほぼ全てが受注品であるため、年に一度、職人が思う存分その才能を発揮し、自由に表現するチャンスを設けたのだという。「職人は元来、モノ作りが好きだからこそ当社で働いてくれているのですから」と、岩崎社長。
この技術は外食産業だけでなく、医療分野でも活用されている。例えば糖尿病の皆さんがどういった食事を摂ればいいかをわかりやすく、目に見える形で説明するツールとして役立っているそうだ。
いわさきグループは現在、食品サンプル国内市場の約7割を占める業界のパイオニア。写真右 ©️Japan House London
筆者の故郷である岡山県のサンプルは、ばら寿司。子どもの頃から食べていたばら寿司そのもの。ただし酢魚は、家庭ではママカリではなくサワラが一般的だ。シャコ入りは豪華!
職人さんによるコンクール受賞作品。ユーモアもたっぷり。じっくりと鑑賞したい力作揃いだ。
創業時はゼリー型を使って蝋で成形されていたが、1970年以降は合成樹脂が主素材となっている。熱に強くより繊細に彫刻できる樹脂の登場で、「箸上げ」などの表現ができるようになった。
キーワードは「本物よりもリアル」。本物らしく作るのではなく、あくまで本物のエッセンスをスーパーリアルに具象化するのが食品サンプルなのだという。従って職人は食材に対する深い洞察力を要求される。一人前かどうかはフルーツパフェを飾る滑らかなホイップクリームをいかにうまく表現できるかどうかで……分かるのだそうだ。
展覧会では食品サンプルに実際に接してもらうことを目的として、お弁当を実際に詰めていくコーナーも設置されている。
環境への配慮としてバイオマスなど石油製品以外の素材を開発中。同時に実物の場合フードロスになってしまうものも、サンプルだと半永久的に使えるなどのサステナビリティがある。©️増田好郎
イギリスはどちらかというと「文字を偏愛するカルチャー」だ。レシピ本でさえ写真がなくてもOKというお国柄。それとは真逆にあるのが、我が日本国である。
文字よりも絵のほうが手っ取り早いとばかり、平安時代の絵巻物から始まり、漫画の起源となる御伽草子も世界に先駆けて生み出された。アニメやゲームなどのサブカルチャーが隆盛となり“クール・ジャパン”が海外を席巻。その国民性の延長に、食品サンプルもあるのではないだろうか。
寿司や天ぷらなどをかたどった食品サンプルのキーホルダーが日本の定番土産となって久しい。筆者がロンドン市内でつい最近訪れたガラス工芸ミュージアムでは、寿司をかたどった何十万円もする作品が展示されていた。食品サンプルは日本のサブカルチャー的な位置付けを享受しつつ、海外アーティストにもインスピレーションを与える存在になりつつあるのかもしれない。
「Looks Delicious! 目で味わう 食品サンプルの世界を探求する」展(2025年2月16日まで)
www.japanhouselondon.uk/whats-on/looks-delicious-exploring-japans-food-replica-culture
text:江國まゆ Mayu Ekuni
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