石井琢磨「”伝説誕生”の瞬間を一緒に」 ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団とのニューイヤー・コンサートでお披露目!世界初演の初プロデュース作を語る
今年(2025)ベルリン・デビューも果たし、国内ツアーも絶好調のピアニスト 石井琢磨。この年末から年始にかけてさらなるエキサイティングなニュースが届いた。ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団との初共演、そして世界初演のプロデュース作品を含む演奏会出演というビックなイベントだ。2026年1月14日(水)に東京で、翌日15日(木)に名古屋で開催されるウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団のニューイヤー・コンサートへのゲスト出演——2026年の年始めは夢と希望に満ちたニューイヤー・コンサートで華やかな気分に浸ってみてはいかがだろうか。
――1月14日に東京で、そして翌日15日には名古屋でも開催されるウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団との初共演、ニューイヤー・コンサートは、世界初演のプロデュース作品もありエキサイティングな要素満載ですが、まずは意気込みをお聞かせください。
ウィーン在住の僕にとってはウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団と共演させて頂ける!というのは嬉しい気持ちでいっぱいです。ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団というのは、あのヨハン・シュトラウスⅡ世自身によって結成された楽団なんですね。ウィーン音楽の伝統を受け継ぐ唯一のオーケストラとしてその歴史が脈々と紡がれ、今に至っています。なので、ある意味緊張していますが、共演させて頂くことで、どのような新しい発見があるか本当に楽しみです。加えて、ウィーンといえば、やはりニューイヤー・コンサートですよね。今回その企画枠でソリストとしてキャスティングされたという喜びもありまして、どちらを取っても本当に嬉しいです。
*1844年の結成当時はヨハン・シュトラウス管弦楽団という名称だったが、後のエドゥアルトⅡ世の時代にウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団に改名。ウィリー・ボスコフスキーの時代にその名声をさらに世界中に高めた。
——指揮者のヨハネス・ヴィルトナーさんとは今までにも接点はあったのでしょうか?
今回初めてお会いします。12月にウィーンでリハーサルが予定されていまして、それが初顔合わせです。彼が振っている映像もいくつか見させて頂いたのですが、まさにウィーン文化を体現するような生粋のウィーン子の指揮者という印象を受けました。お会いするのが本当に楽しみです。
——今回の演奏会は第一部の最後に置かれた石井さんプロデュースによる世界初演作品「ウィーン協奏曲」も大きな話題です。作品の構成を見ると、グリューンフェルトの「ウィーンの夜会」、「美しき青きドナウ」、そして「皇帝円舞曲」というウィーンにちなんだ生粋の三作品をオリジナルな編曲で合わせて伝統的な三楽章構成の一つのピアノ協奏曲としたかたちですね?
はい、そうです。ただ、最初の予定では単一楽章のつもりで、「皇帝円舞曲」だけにしようと思ったのですが、やはり華やかさという意味でも(三楽章構成の)協奏曲形式のほうが、よりお客様も楽しんでくれるかなという思いもあり、最終的にこのような構成になりました。
ウィーンの三大ワルツ!踊ろう!
「ウィーン協奏曲」とは《楽曲解説》
ウィーンでピアノを学んだ者としてふさわしい協奏曲は何なのか?自問自答し続けた結果、ヨハン・シュトラウス2世のワルツを編曲して、ウィーン協奏曲といったコンセプトで世に送り出せないか?それがたどり着いた答えでした。
ウィーンを象徴する作曲家である彼の生誕200年の年に、この協奏曲に挑戦することにしました。第1楽章は、オペレッタ「こうもり」のパラフレーズとして知られる、グリュンフェルドの「ウィーンの夜会」を本歌取りしながら、さらに華やかに古き良き過去のウィーンを演出してみました。第2楽章は「美しく青きドナウ」をもとに現在の田園都市ウィーンを描き、最終楽章では、「皇帝円舞曲」を、ラヴェルがウィンナワルツにインスパイアされて書いた「ラ・ヴァルス」のオーケストレーションに影響をもらいつつ、未来都市ウィーンを夢見た編曲にしてみました。(石井琢磨談/文・神山薫)
——ご自身でプロデュースされたということですが、どのような想いやコンセプトから生まれたのでしょうか。
端的に言うと“ピアノ協奏曲で”新年をお祝いしようというのがあります。
——確かに、ウィーンではニューイヤー・コンサートでピアノのコンチェルト演奏というのはほとんどないですよね。
まさにそこなんです!ウィーンに住んでいて今まで毎年ニューイヤー・コンサートを聴いていて、ずっと考えていたんです……。「なぜ、ニューイヤー・コンサートでは、ピアノ協奏曲が演奏されないんだろう」と。
日本でもそうですが、ニューイヤーでピアノ協奏曲を入れるとなると、なぜかチャイコフスキーやラヴェルが演奏されたりする訳です。もちろんそれもかっこいいですよ。かっこいいけど何か違うなと。だって、ニューイヤーの恒例としてシュトラウス一家のワルツやポルカが続いた後で、いきなりロシアやフランスの作曲家のピアノ協奏曲が出来てきても、何となく違和感ありますよね。なので、ずっと「ニューイヤーにふさわしいピアノコンチェルトがあればいいのにな~」と思っていたんです。
——そこでご自身で作ってしまおうと。
そうなんですが、実際、ピアノ版としてのメロディはすでにあるにせよ、オーケストラパートもゼロから創り出すわけですから、当然、大仕事じゃないですか。「これ、ちょっと大変だぞ」となって、慌てていつも編曲をお願いしている横内日菜子さんに相談したら、彼女から佐藤圭さんも紹介して頂いて晴れて三人で動き出すことになりました。
——三人のうち石井さんご自身はどのような役割を担われたのでしょうか。
僕はほとんど書いてないんです。「ここ、こうした方がいいんじゃない?」って側で案を出しているだけで(笑)。だから、本当は編曲に名前を入れてもらっているのもおこがましいと思うくらいです。
——いえいえ、その“案”こそが重要だと思いますが、どのようなことを提案し、どのように曲作りの草案が進んだのでしょうか?
まず始めに「第一楽章をどうしようか?」となった時に、「石井さん、グリューンフェルトの『ウィーンの夜会』よく弾いてますよね?」ということになりまして、「じゃあ、そこからの抜粋がイイよね」ということになったんです。
——オペレッタ『こうもり』以下、いくつかの抜粋的なパラフレーズが軸になるのでしょうか?
それがですね、結局は「抜粋やめません?」ということになったんです(笑)。なので土台は丸々グリューンフェルトの「ウィーンの夜会」です。ペナリオ(レナード・ぺナリオ/アメリカのヴィルトゥオーゾ・ピアニスト)による独奏版をベースにしているので、ピアニスティックな要素は強いですが、より原曲に近い形からオーケストレーションしてもらっています。そして最終的に「さらに拡大解釈的な感じにしよう!」ということになりまして……(笑)。
——もはや“編曲”というよりも完全にオリジナル版ですね。“拡大解釈”とは具体的にどのような感じなのでしょうか?
第三楽章をさらに拡大したいと思ったんです。それで、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」の冒頭あるじゃないですか、低弦群がトレモロを聴かせるあの部分です。「ラ・ヴァルス」はもともとラヴェルのウィンナ・ワルツへのオマージュですよね。だから、カップリング的にもいいですし、ラヴェル自身、ディアギレフやバレエ・リュスに触発されて新しい時代の風を感じて書いたというのもあり、そんな経緯にもシンパシーを感じまして、もう少し遊んでみることにしました。
なので、ラヴェルが新時代の風を吹かせたように、あの「ラ・ヴァルス」っぽい冒頭から、「あれ?いつの間にか古典的なワルツに入ちゃったの?」という(ラヴェルの)原曲の流れを取り込んでみました。
——第二楽章「美しき青きドナウ」は、通常の協奏曲のフォーマットを踏襲すると“緩徐楽章”、ラルゴ・ラルゲットというようなイメージなのでしょうか。
そういう位置づけかなと考えています。そして、どちらかと言うとピアノよりもむしろオーケストラがメロディを演奏する箇所を多くして、ピアノのほうがオブリガードっぽい感じで作りました。第一楽章と第三楽章は完全にピアノ主体なので、この楽章ではオーケストラ主体っぽく、お互い平等な感じにしたかったんです。
——ピアニスティックなパートも含む作品をオーケストレーションとなると想像もつきません。これからウィーンで初リハーサルということですが、その際も困難が予想されそうですね。
確かにオーケストラが伴奏としてワルツを演奏し、僕がメロディ的にそれを奏でるというところも多々あります。なので、彼らが本場の完璧なリズムで演奏してくるところに僕がメロディを合わせていくのはめちゃくちゃ大変なんじゃないかなという心配はあります。もうそこはいかに指揮者もオーケストラの団員の皆さんに上機嫌でやってもらうかにかかっているかと。持ち前の笑顔と日本からの美味しいモノの差し入れで何とか乗り切ります(笑)。
——ちなみに石井さんのソロでのカデンツァもある訳ですね?
それが……一度作ったのですが最終的にカットしました。これは結構、苦渋の決断でした。ニューイヤー・コンサートって、耳に心地よいワルツやポルカの小作品がポンポンポンって続くじゃないですか、今回も既に決定しているプログラム全体像を見てやはり無しのほうがイイかなと。前半がこの一作品だけの演奏だったら入れてもいいかなとは思ったのですが。
——あまりシリアスになってしまうと、ということですね。お酒飲んでほろ酔い加減で聴くくらいの感じが良いと。
カデンツァってなるとやっぱりグッと聴いてしまいますからね。あえてそこは入れない方が、ということで。
ちなみに先日、米子で第三楽章の「皇帝円舞曲」だけ新日本フィルさんと演奏させて頂いたんです。そうしたら、やはりリハーサルの時点で皆さんからクスクス笑われまして(笑)。皆さん、「ナニコレ?」っていう感じで弾いてらっしゃるんですよ。だって、「ラ・ヴァルス」が突然出てくるんですから(笑)。
でも弾き終わった後は、皆さんに「めっちゃよかったね」って言ってもらえて。これで僕としても少し手応えを感じました。最終的には指揮者の方も「良かったよ、次はいつどこで弾くの?」とも言って下さって、嬉しかったですね。残りの二曲に関してはまだわかりませんが、とりあえず掴みはオッケーだったので恐らく良いんじゃないかと。お客さんも喜んで下さっていたのも嬉しかったですね。
――ファンの方々も皆さん期待していると思います。
未来予測的な話ですが、今後この作品が世界中のホールのプログラムの中に入っていってくれればいいなという思いはもちろんあります。誰か大御所の方が一回でもピアノ演奏して下さったら嬉しいですよね。
——今のお話を伺うと、かなり本気ですね!
もしかしたら世界中でバズるかもしれない?なんて、思わなくもないですが(笑)、通常、作曲する側としては恐らく自分の作った曲がこんなにスタンダードになるとは意外と思っていなくて、だんだん認知されることを願っているんだと思うんです。だから、今、僕としては作品が生みだされた“伝説の現場”、要するに1月14日の初演(名古屋は翌日15日)に立ち会って欲しいなと思うんです。「俺、あれ聴いたよ。あれ初演だったんだってね」、「私もあの世界初演の場にいたわ」という場にしたいので、まずはそれが目下の目標です。
——ファンの皆さんにはどんなメッセージを伝えたいですか?
今年の始まりは、「ぜひニューイヤー&ウィンナ・ワルツのコンサート+ピアノ協奏曲という新しい試みでお祝いしましょう!」というのがまず一点と、「石井琢磨が初めて世界初演に挑戦します」というニュースが二点目ですね(笑)。あとは先ほどもお話ししましたが、「これから世界中でバズるかもしれない作品の“伝説(となるはず)の初演”にぜひ立ち会って欲しいです(!)」ということですね。
——話題性抜群ですね。YouTube配信についてどのように考えていらっしゃるのでしょうか?
演奏会当日の撮影はしたいと思っています。すべてはお見せできないと思うのですが、何らかの形で少し小出しみたいな感じでお見せしたいな……とは思っているのですが、現時点では当日の初演にホールに来ていただく以外に全曲を聴く方法はないので、とりあえず新たなる“伝説誕生”の現場へぜひ!
取材・文=朝岡久美子 撮影=福岡諒祠