「なんにもできなかった」わたしが、こうして絵を描き続けられていることに感謝しかない――刀根里衣さんイベントレポート
日本デビューから10年の節目に『モカとまほうのコーヒー』を刊行した絵本作家の刀根里衣さん。新刊を記念して開催されたトークイベントの様子をお伝えします。
「なんにもできなかった」わたしが、こうして絵を描き続けられていることに感謝しかない、という絵本作家・刀根里衣さん。日本デビュー10年を振り返ります。
(※NHK出版公式note「本がひらく」から転載。本記事用に一部を編集しています)
児童書の聖地ブックハウスカフェで初のトークイベント開催!
刀根里衣さんはイタリアで絵本作家としてデビューしてから12年あまりミラノに在住、現在はミラノから電車で15分のローディという町で家族と一緒に暮らしています。
今年に入り、日本とイタリアの二拠点生活を開始したことから実現した書店イベントで、ファンにとっては待ちに待った催しです。その会場は東京神保町にあるこどもの本専門店「ブックハウスカフェ」。その名のとおり、コーヒーや軽食が楽しめるカフェを併設しており、店内は絵本や子ども向け読み物などで埋め尽くされるすてきな場所です。
8月25日の日曜日、台風10号の影響が心配されていましたが、雨雲は北へ進み無事に開催の日を迎えました。会場は満席となり、オンラインの方をあわせると89名が参加してくださいました。なかにはデビュー当時からずっと応援しているという熱心なファンも。
店長さんもこの日を楽しみにしてくださっていた方のおひとりです。しかし、店長さんとトークの相手を務める編集担当者には気がかりなことが……。というのもこの日、先行発売することになっていた新刊『モカとまほうのコーヒー』の内容にちなみ、イタリア製のコーヒーマシーン「ビアレッティ」(以下、モカポット)で本場さながらのエスプレッソを淹いれ、会場のみなさんにサーブするという、トークイベントとしては変わった企画が予定されていたからです。
イベントは、刀根さんお手製のイラストつき資料とともに進行していきます。なかにはモニターに映るこの資料をスマホで撮影する参加者もいらっしゃいます! まず、「刀根里衣ってどんな人?」と題して、子どものころの夢、好きな画家、今ほしいものなどについて解説があったあと、紆余曲折うよきょくせつしながら絵本作家になったいきさつ、絵の創作の様子、絵や絵本ができるまでの過程、画材の説明などがされました。会場のお客様は「うんうん」とうなずきながら、熱心に話に耳を傾けてくださいました。
一家に一台モカポット!
第一部が終わり、とうとうコーヒータイムの時間がやってきました。イタリアンクッキーと一緒にお楽しみいただきます。バックヤードには、これまた刀根さんのファンであるという書店員さんがスタンバイ中。事前に刀根さんからモカポットでコーヒーを淹れるレクチャーを受け、丁寧にメモを取っていらっしゃいました。
このモカポット、イタリアの家庭には必ずあるそうでして、絵本の主人公モカの名前は、ポットからきています。今回イベントで使用する1台は刀根さんがイタリアで購入したもので、もう1台は東京都渋谷区にオフィスがあるビアレッティ・ジャパンの宮地貴章さんがイベントのために貸し出してくださったものです。
モカポットのサイズは小さいものから大きいものまでありますが、今回使用するのは一度に12人分が出せるというマシーンです。本体下部に水を入れ、エスプレッソパウダーをその蒸気圧でじっくり抽出していきます。そうすることでしっかりと濃いコーヒーが出来上がります。イタリアでは、この濃いエスプレッソこそがコーヒーで、朝昼晩、寝る前と複数回飲む人も多いそうです。
日本でコーヒーというと、一息するときに飲むというイメージですが、イタリアでは、朝食時にパンやビスケットとともに手軽に、昼や仕事終わりにはバールのカウンターでさくっと飲む人が多いとか。また、自宅で飲む場合には、コーヒーパウダーを擦切りにするか、あるいはふんわり盛るか、さらには水の量などにもそれぞれこだわりがあるそうです。ポットは各家庭でこのようにして毎日使われ、育てられていくということでした。
イベントには10年来のファンも参加
トークの第2部は「イタリアでの生活」について。生活した人だからこそわかるイタリア人の特徴など、ユーモアたっぷりのお話に笑い声がもれます。
こうして1時間半のトークは無事に終了。嬉しいことにイベントには、『わたし、お月さま』の文章を担当された芥川賞作家の青山七恵さん、8月20日放送のNHK「午後LIVE ニュースーン」の特集コーナーで刀根さんへのインタビューを担当した池田伸子アナウンサーがプライベートで参加。特別な会となりました。
「こんな中身の濃いイベントははじめて」「90分何を話すかと思ったけれど、あっという間に笑いながら終わってしまった」「いろいろイベントに参加しているが今回がいちばんよかった」など、ありがたい感想を頂戴しました。
イベント終了後は、1階のカフェ席に移動してサイン会です。当日のために100冊にはすでにサインとイラストが用意されていましたが、為書き(お客様のお名前)や日付を希望される方は整理券番号順に並んでいただきました。
10年間読者の方に支えられて
ここまで来ることができたのだなと実感
女性のお客様が多いなかで、ちらほら男性の姿もあります。2015年、兵庫県西宮市大谷記念美術館で開催したサイン会にも来てくださった10年来のファンの男性は、なんと編集者のことも覚えてくださっていました。
盛況に終わったイベントを振り返りつつ、刀根さんがメッセージをくださいました。
「当初は少人数の会になるだろうと予想していましたが、想定していなかった人数のお客様に来ていただきました。モカがこんなにもたくさんの方達に愛されていることを知り、本当に感激しました。また、それぞれに絵本を手に取るきっかけとなったエピソードや思い入れのある作品があり、それらと一緒に絵本を大切に持っていてくださって嬉しく思います。改めて10年間読者の方に支えられてここまで来ることができたのだなと実感しました。この10年間、悩んだり、落ち込んだりすることも多々ありましたが、『なんにもできなかった』わたしが、こうやってまだ絵を描き続けられていることに、感謝しかありません」
その刀根さんは、イベントから2週間後にご主人が待つイタリアへ旅立ちました。またいつかまた、読者に喜んでいただけるイベントを開催したいと思います。
著者
刀根里衣(とね・さとえ)
1984年、福井県生まれ。絵本作家。2011年、イタリアの出版社から“Questo posso farlo”(『なんにもできなかったとり』)でデビュー後、ミラノで生活を開始する。約12年のイタリア在住を経て、現在は日本とイタリアの二拠点で創作活動を行う。2012年から2年連続で、ボローニャ国際絵本原画展に入選をはたし、2013年には、同原画展において入選者のなかから選ばれる「国際イラストレーション賞」を受賞。受賞作を絵本化した“El viaje de PIPO”(『ぴっぽのたび』)は、幻想的で繊細な筆致が高く評価され、12か国以上で読まれている。
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