「ただの不正出血だと」双子の娘はまだ4歳…手術決断も残る予防ワクチンへの後悔【防げるがんの現在地①】
がんで亡くなる人は4人に1人。でも、予防のワクチンがあり「防げるがん」とされているものがあります。
「子宮頸がん」です。
主にウイルスに感染することで発症する、子宮頸がん。
「防げる」といいながら、ワクチンの接種率は低調なままです。そんな子宮頸がんの予防の現在地を取材しました。
連載「じぶんごとニュース」
ただの不正出血だと思っていた
いまから9年前、カラダの不調を感じた女性は、診察を受けた病院で思いがけない病名を知ることになりました。
旭川市に住むかなさん(45)です。
元々生理不順で、度々不正出血もあったかなさんは、その状態を「そんなに問題があるとは思っていなかった」といいます。
かなさんは当時36歳。子宮頸がんの初期段階にあると判ったのです。
双子の娘たちはまだ4歳…、育児に追われるさなかのことでした。
「最初に、『早期だったら子宮を取らなくていいんですか?』と尋ねたんですが、医師は”それはどうかな…”って感じだった」
“なんでこうなっちゃったんだろう”
“もし私が死んじゃったら、子どもたちを残してどうしよう”
再発や転移に怯える日々
かなさんは、再発や転移のリスクも考え、子宮を全摘する手術を受けました。
しかし、辛く、厳しい日々が終わったわけではありませんでした。
退院してしばらくは、月に2回のペースで、術後の経過を確かめる検診を受けました。その後、間隔を置くようになったものの、受診のたびに、再発や転移に怯えたと話します。
「手術から8年が過ぎて、今は通院は1年に1回になったんですけど…最初は1か月に1度や、3か月に1度だったので検診に行くたびに、やっぱりドキドキしていました」
“マザーキラー”死亡は毎年約3000人
子宮頸がんを発症する女性は、年間1万人以上。毎年3千人ほどが命を落としています。30代や40代の子育て世代の発症が多く"マザーキラー"とも呼ばれる病です。
ただ、早期の段階では自覚症状が現れにくいことも子宮頸がんの特徴です。
育児や仕事に追われる日常の中で、“どうもおかしい…”と不調を感じ、受診したときには、すでに手遅れというケースも少なくありません。
「何かこれは明らかに違う、絶対に病院へ行かないと駄目だと思って行ったんです。定期健診にもうちょっと早く行っていたら、子宮の全摘出は免れたんじゃないかとは、すごく思います」
子宮を全摘出したあとの影響
足首などがむくむリンパ浮腫は、手術の影響です。
子宮の全摘出に伴ってリンパ節を切除したため、リンパ液の流れが滞るようになって右足に浮腫が起き、手術から9年が経ったいまも、かなさんを苦しめています。
日に日に左足と太さが変わっていく右足を見るのが「本当に辛い…」と言います。
「本当に、何かが起こって左足のサイズに戻ってくれないかと毎日思っているんですけど、薬を飲んだら、腫れが引くとかいうものでもないし」
手術前までは、タイツの締め付けが苦手だったかなさんですが、「もう嫌だとか、そんなレベルじゃなくて…これ以上よくはならないので、悪くならないようにしていくしかない」と現状を話します。
「すごく苦しい病気だし、本当に後々まで引きずるというか…女性としての自信もなくすというか」
「予防できる」数少ないがん
子宮頸がんは、主に性交渉から感染するHPV【ヒトパピローマウイルス】によって発症する“進行性のがん”です。
このため、特に発症リスクが高いタイプのウイルスに対し予防が期待できる、3種類のワクチンが用意されています。
北海道大学大学院医学研究院産婦人科学教室の渡利英道教授はワクチン接種の有効性についてこう話します。
「原因を取り除ける、予防できるがんっていうのは、実はそんなにないはず。ワクチン接種でデンマークとかイングランドも80%くらい、発症のリスクを下げています」
渡利教授によると接種するなら10代がいいとのこと。性交渉歴がまだ少ないだろうという年齢に打った方が効果が大きいというデータがあるといいます。
国は2010年から、子宮頸がん予防を目的に、HPVワクチン接種を勧める積極的な呼びかけを始めました。
さらに2013年4月からは【小学6年生から高校1年生まで】の女性を対象とした、定期接種を開始。
しかし、状況は一変します。
「ワクチンの副反応」訴え今も裁判が
HPVワクチンを接種したあと、体調の激変を訴える人たちが相次いだのです。
国は「因果関係は不明」としつつも、接種の呼びかけを中止。
その結果、世代によって接種率に大きな開きが生まれました。
今も、「体調の激変はワクチン接種による副反応」だとして、125人の原告が、国と製薬会社を相手に裁判を続けています。
そうした中…2年前、動きがありました。
「体調変化との因果関係はない」
札幌市内のエナ大通クリニックを訪れた23歳の女性。
HPVワクチンの接種が、来院の目的でした。
鈴木友希子院長がワクチンについて説明します。
「全体の9割近くは、HPVワクチンで予防ができるんですけれど、100パーセントにはならないんです。がん検診が要らなくなるわけではないので、そこはご注意ください」
国は2021年の秋、体調激変とワクチン接種について「因果関係は証明されておらず、ワクチンには高い有効性がある」と、事実上の安全宣言を出しました。
そして、ワクチン接種を勧める呼びかけを2022年4月に再開。
また、接種の機会を失った人を救済するため、1997年度から2007年度にかけて生まれた女性を対象に、費用の全額を公費で負担する【キャッチアップ接種】も始めました。
北海道大学医学研究院の渡利英道教授は「17歳から30歳の半分くらいは発症のリスクが落ちているというデータになっている」と話します。
「キャッチアップでワクチンを打つことで、子宮頸がんを予防できる人が一定数いるだろうということ」
接種逃した世代に救済も接種率は…
36歳のときに子宮頸がんの発症がわかり、子宮をすべて取る手術を受けたかなさん。
当時4歳だった双子の娘も、いまは中学生になりました。
「子宮頸がんはならないものなら絶対にならない方がいい。予防できるワクチンがあるんだったらやっぱり打った方がいいと…私は思います」
しかし、キャッチアップ接種は、北海道内の初回接種率が、僅か【4.7パーセント】と低調で、全国平均の【6.1パーセント】を下回っています。
いまも、学校や医療機関などから発信される、子宮頸がんに関する情報は、決して多くはありません。
そんな中、HPVワクチンを自分ごととして捉えようと活動する大学生たちがいます。
“無関心”に向き合って
滋賀県の医大生、大坪琉奈さん。HPVワクチンに関する知識を広める活動を進める学生団体『Vcan(ブイキャン)』の代表です。
「自分が活動することによって、医者じゃなくても誰かの命を救えたらなって…」
子宮頸がんの原因や治療法、予防のためのワクチンの存在など。接種のリスクも含め、ワークショップなどを開催し、自分の身体を守る知識を中学生や高校生に伝えています。
大坪さんは、接種のハードルが高い理由をこう説明します。
「いま自分たちが健康体で、将来かかるかどうかわからない子宮頸がんなどを予防するために接種するのが、HPVワクチンなので」
今回のワークショップには、男子の参加者もちらほら。
HPVワクチン=子宮頸がん=女性にしか関係ないこと…と思われがちですが、決してそうではありません。
HPVワクチンで予防できるとされているもののなかには、子宮頸がんと同じウイルスで感染する中咽頭がんがあり、男性の患者が多いとされています。
さらに、自分自身の「予防」だけでなく、性交渉を通じて女性に感染させるリスクを減らすこともできるとされています。
しかし、日本では公費での接種ができるのは女性だけ。
男性の接種は対象ではないため、自費で接種を受けると5万円ほどの負担となります。
ワークショップに参加した男性の中に「小さいころ、がんになったことがある」と教えてくれた高校生がいました。
「当時の闘病生活は言い表せないくらい大変だった。その経験を考えると、『予防できるガン』であれば絶対に予防したい」
「接種を推奨」ではなく「無関心を減らす」
ワークショップを主催した大坪さん自身が、キャッチアップ接種を利用したのは2年前。自分の身体を守る大切さを、医学生として伝えていく活動の中で、“正しく情報が届いていない”、“無関心”という課題を実感しています。
「私たちは、接種を推進している団体ではなくて、知らないということに対して、すごく課題感を持っている。“知らなかったから打てなかった”という人を減らすために活動している」
キャッチアップ接種は2024年に17歳から27歳となる女性が対象で、接種費用は全額公費で負担されますが、期限が2025年3月末となっています。
HPVワクチンは半年かけて3回接種するため、すべて無償で打つためには、9月末までに接種を始めていなければいけませんでした。
取材した札幌のクリニックでは、今年6月ごろから駆け込みでの接種が増えているということです。
「防げるがん」の現在地。
ワクチン接種の検討と一緒に考えたい、「検診」の重要性についても考えます。
▼「性に奔放」という偏見も…誰でも感染するからこそ必要な検診と知識を発信するワケ【防げるがんの現在地②】
連載「じぶんごとニュース」
文:HBC報道部 泉優紀子・貴田岡結衣
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2024年9月20日)に基づき、一部情報を更新しています。