エンジニアと開発組織が「プレマネ」をワークさせるための絶対条件とは?【原トリ×すずけん】
日本のマネジャーの約9割はプレイングマネジャー(以下、プレマネ)と言われ(*1)、その多くが業務過多に悩んでいる。現場仕事とマネジメント業務との板挟み。このジレンマに頭を抱えるエンジニアリングマネジャー(以下、EM)は少なくないだろう。
そこで話を聞いたのが、現場DXプラットフォーム『カミナシ』の開発・販売を手掛ける、株式会社カミナシのCTO・原トリさんと、同社EMの鈴木 健太郎(通称・すずけん)さん。
カミナシでは、以前から「エンジニアリングマネジャーはマネジメントに専念する」働き方を貫いてきたが、2024年5月から始まった設備保全システム『カミナシ設備保全』という新規プロダクトの立ち上げを機に、すずけんさんが「あえて」プレマネの立場で仕事をすることに。
一般的には「どっちつかず」で「悪」と見なされることもあるプレマネの立場を、エンジニア個人と組織がうまく生かすための条件とは、一体どんなものなのだろうか。カミナシの取り組み事例から考えてみたい。
(*1)出典:プレイングマネジャーの時代|リクルートワークス研究所
株式会社カミナシ
執行役員CTO
原トリ(@toricls)
ERPパッケージベンダーR&Dチームにてソフトウエアエンジニアとして設計・開発に従事。その後クラウドを前提としたSI+MSP企業での設計・開発・運用業務を経験し、2018年Amazon Web Services入社。AWSコンテナサービスプロダクトチームでのサービス改良、および同サービス群を中心とした技術領域における顧客への技術支援や普及活動をリードした。2022年4月 カミナシ入社し、2022年7月 執行役員CTO、2023年4月に取締役CTOに就任
株式会社カミナシ
鈴木健太郎さん(@szk3)
2008年に株式会社LIFULLに入社し、Webアプリケーション/API開発、技術組織長、ネイティブアプリ開発など様々な業務に従事。その後、社内ソリューションアーキテクトとしてAWS移行やコスト最適化、クラウド利用統制(CCoE)などを牽引。22年10月、クラウド・インフラのICとしてカミナシに入社。24年5月より新規事業「カミナシ 設備保全」にて、プレイングマネジャー型のEMを実践
目次
「制約」で土台を築き、「誓約」でチームを加速させるプレマネの迷いを断つには、まず「目的起点」で考えよプレマネは通過点。変化の時が来たら、柔軟にシフトを
「制約」で土台を築き、「誓約」でチームを加速させる
カミナシは創業以来、主力サービスである現場DXプラットフォーム『カミナシ』(※現『カミナシ レポート』)で成長を続けてきた会社だ。
しかし事業拡大に伴い、2024年5月から同社は新たな挑戦に踏み出す。既存事業とは異なる、第三のプロダクト『カミナシ設備保全』をゼロから開発することを決めた。
かつては、マネジメントがおざなりになりがちな「プレマネは嫌い」だと公言していたCTOの原トリさん。以前『カミナシ従業員』という新規事業を立ち上げた際は、マネジャー1名とプレーヤー3名を社内外から集め、マネジャーにはマネジメントに専念することを期待しているメッセージを伝えた。
ただ、この試みは早々に壁にぶつかった。
「新規事業の立ち上げ期はそもそもプロダクト自体がないわけで、各自の役割を明確にしたところで、やるべきこともミッションも目まぐるしく変わっていきます。
このようなフェーズでは、役割を明確化しすぎるのではなく、それぞれが強みを生かしてダイナミックに動ける状態を目指した方が、チームとして機能しやすい」(原トリ)
この学びを生かし、『カミナシ設備保全』では新しいチーム運営の形としてトライアル的に「全員で手を動かして泥臭く進む」やり方にシフト。チームには、あえてプレマネを置くことにした。そこで抜擢されたのが、カミナシにIC(Individual Contributor)として参画していたすずけんさんだ。
当時の思いを、すずけんさんはこう語る。
「自分はずっと現場で開発を進めてきた立場だったので、メンバーが見ている世界も把握しやすい。だからこそ、僕が現場に近い立場で意思決定をして開発もリードする推進役を担えれば、新規事業の立ち上げをもっとスピーディーに進められると思いました」(すずけん)
こうして、カミナシ初のプレマネ型EMが誕生した。
最初にすずけんさんが取り組んだのは、「自分の力だけで全てこなすのは無理だ」と認めた上で、自身がプレマネとして最大限機能できる環境を整えるための「制約」を会社とすり合わせることだった。
「プレマネ就任を打診されたあと、原トリさんが『どういう条件があればうまくいきそう?』と聞いてくれたんです。これが本当に大きかった。
そこで、『フロントエンド開発に強いメンバーのアサイン』『当面は少人数体制での運営』『採用業務の初期負荷軽減』といった具体的な要望を率直に伝え、チームが機能するための構造を一緒に考えることができたんです。
一人ですべてを抱え込むのではなく、現実的にパフォーマンスを発揮できる環境をまず確保することが、プレマネとして役割を全うするための第一歩でした」(すずけん)
この「制約」がプレマネ挑戦の土台となったことに加え、すずけんさんがプレマネとしてワークできた背景には、もう一つ自らに課した「誓約」があった。
「制約が土台なら、誓約は推進力ですね。チームメンバーと真摯に向き合うなかで、『この人たちとなら最後までやりきりたい』という“戦友マインド”が自然と芽生えてきたんです。そして、チームと共に価値あるプロダクトを形にするために、自分が果たすべき役割を明確にしてやり抜くと心に決めて、周囲にも宣言しました」(すずけん)
出典:プレイングマネージャーは本当に悪なのか? 令和時代のプレイングマネージャーを戦略的にハックする
「制約」と「誓約」のもと、すずけんさん率いる新規プロダクトチームにはお互いの技術スキルを補完し合える仲間や、Whyから語れる・真剣に対話できる仲間がそろった。
「プロダクトを通じてどんな価値を届けたいのか、そのために今何をすべきなのか、本気で議論できる。一緒に作っている感覚、戦友としての感覚が、日を追うごとに強くなっていきましたね」(すずけん)
その結果、すずけんさんがプレマネ型EMとして率いたチームは、開発開始から約3ヶ月という驚異的なスピードで『カミナシ設備保全』のβ版をリリース(*2)した。
特筆すべきは、不確実性の高い新規事業の立ち上げ期にも関わらず、正式リリース前から複数の顧客が価値を認め契約に至ったこと。さらに、β版ユーザーから「非常に使いやすくなった」など、改善を喜ぶ声が直接寄せられたことだ。
新規事業のウラガワ:駆け抜けてたどり着いた現場ドリブンなプロダクトのつくりかたhttps://note.com/mcmr/n/n8c585b353ba0?magazine_key=m4ab5f2447bad
こうした市場の初期反応を得られた背景には、現場に近いプレマネのすずけんさんが開発を推進し、チームの自律的な動きと顧客の声を即座に製品改善へつなげるスピード感があった。
原トリさんも「プレマネが現場の解像度を保ちつつ開発の意思決定スピードとチームの自律性を最大化したことで、『現場ドリブン』というカミナシのバリューを新規事業においても最高の形で実証してくれた」と、高く評価している。
そして一連の開発過程を振り返り、すずけんさんはプレマネがワークするための鍵を次のように語ってくれた。
「まず『制約』で自分を最大限ワークさせられる環境を組織と作り上げ、次に『誓約』を掲げてチームと一緒に同じ目的に向かって進む。
この二つがあれば、プレマネは技術者としてもリーダーとしても輝けるはず。そして、立ち上げ期のチームでは最高の推進力になると思います」(すずけん)
出典:プレイングマネージャーは本当に悪なのか? 令和時代のプレイングマネージャーを戦略的にハックする
(*2)2025年2月より、正式版がリリース
プレマネの迷いを断つには、まず「目的起点」で考えよ
「制約」と「誓約」によって、プレマネの仕事がうまく回り始めることは確かだ。
だが、いざ日々の業務となると、現場での実装とマネジメント業務の間を行き来する中で、「今日は一体どちらを優先すれば…」「このタスクの山をどうさばけばいいんだ?」といった、切実な悩みや焦りが生じるのも、また事実だろう。
この日々の業務における「どっちつかず」から抜け出す鍵は、一体どこにあるのか。
原トリさんは、「まずは、プレマネという『役割』そのものに縛られすぎていないか、一度立ち止まって見直してみてほしい」とアドバイスする。そして、具体的な思考の整理法として、こう続ける。
「日々のタスクを、例えば『ICとしてやるべきこと』と『マネジャーとしてやるべきこと』に分けて、その間で苦しんでしまうことがありますよね。そうではなく、『今のチームやプロダクトのゴール達成のために、最もインパクトが大きいのは何か?』といった視点からすべての仕事をフラットに見渡し、優先順位を整理してみるのが良いでしょう。
そもそもプレマネというのは、あくまでも目標を達成するための手段の一つでしかありません。プロダクトやチームの目標達成に貢献するにはどうすれば良いか、その問いを常に持ち続けることが大切です。
そして、ソフトウエア開発の最終的なゴールは、お客様に価値あるプロダクトを届けること。日々の業務で何をするべきか迷った時は、この原点に立ち返ってみてほしいですね」(原トリさん)
こうした目的起点の視点に立てば、「どのくらいコードを書くべきか」というプレマネ特有の悩みに対する見方も変わってくるはずだ。
「プレマネだからといって、コードを書かない期間が長く続いても問題はありません。逆に、実装作業をしているから常に価値を発揮できている、とも限らないのです。
むしろ優秀なプレイングマネージャーほど、チームやプロダクトの状況を最優先した結果、『ここ1カ月くらいコードは書いてない』ということが、ごく普通に発生すると思っています」(原トリ)
それでもなお、日々の役割や動き方に迷いが生じたなら、「一人で抱え込まず、まずは上司や周囲と対話することが何よりも重要だと思う」と、すずけんさんは背中を押す。
「プレマネとしてどのような振る舞いをするべきか、そもそも自分がプレマネとして働くことが正しい選択なのか。
その問いを、今一度自分自身の中で整理してみてください。半分冗談、半分本気みたいなところはあるんですけど、何だかんだ言って1on1で相談することは大事だと思います」(すずけん)
プレマネは通過点。変化の時が来たら、柔軟にシフトを
プレマネとして奮闘する中で、ふと「今の経験は、エンジニアとしての自分、そしてその先のキャリアにとって、どんなプラスになるのだろう?」という思いが頭をよぎるかもしれない。
その問いに、すずけんさんはまず、自身の経験からプレマネならではの価値を語る。
「プレマネの大きな強みは、問題を見つけてどう解くかを設計するというエンジニアリングの本質的なスキルを、マネジメントにダイレクトに持ち込める点です。特に、近年はAI技術の発展がめざましいですが、コードベースに近いプレマネは、AIのサポートを受けやすい。
開発のアジリティーを高める上で非常に有利なポジションにいるといった意味でも、プレマネは今後、ますますその価値を高めていく可能性を秘めているのではないでしょうか」(すずけん)
すずけんさんの言葉からは、プレマネの経験がエンジニアとしての視野やスキルの広がりにつながっていることが伝わってくる。このメッセージに原トリさんも深く頷き、「プレマネが事業・プロダクトの立ち上げ期に大きな価値を発揮するのは、まさにその通りですね」と同意する。
しかし、原トリさんは続けて、キャリアをより長期的な視点で見た時に忘れてはならない、もう一つの大切な側面を提示する。
「多くの組織、特に我々のように事業や組織の『スケール』が宿命づけられているような組織においては、いつまでも同じ役割に留まり続けることが必ずしも最適解とは限りません。顧客が増えてプロダクトが複雑化し、関わる人の数が増えていく中で、一人の人間が出せるインパクトにはどうしても限界が見えてくるのです。
もっと大きな価値を、より多くの人に届けたいと考えた時、プレイしながらマネジメントもというのは、現実的に難しくなってくるフェーズがあると思います」(原トリ)
では、プレマネがその「次」のフェーズに進むとは、具体的にどういうことなのだろうか。原トリさんは、それを決してネガティブなものではなく、「自然で前向きな変化」だと語る。
「すずけんさん自身も、チームがさらに拡大し、より大きなミッションを担うようになった時、どこかのタイミングで『これはもうマネジメントに専念すべきフェーズだ』と判断する日が来るかもしれません。
しかしそれは、後退ではなく、より大きなインパクトを生み出すための、組織にとっても個人にとっても自然で前向きな進化です。
プロダクトのゴールや組織全体の目標を達成するため、個人の役割に固執するのではなく、その時々で最適な貢献の形へと柔軟に自分自身を変化させていく。エンジニアとして長く、そして力強く活躍し続けるために、結果としてとても大切なことだと私は考えています」(原トリ)
文/福永太郎 撮影/桑原美樹 取材・編集/今中康達(編集部)