松本孝弘、4年越しで実現したソロ・ツアー千秋楽 2024.5.26@豊中市立文化芸術センター 大ホール
松本孝弘の12作目のソロ・アルバム『Bluesman』が発表されたのが、2020年9月。彼流のブルーズ観とロック、それにオリエンタル・テイストが巧みに交わり合った会心作であり、その音楽がツアーでどう再現されるか楽しみにしていたファンは多かったはずだ。が、コロナ禍の影響があり、松本は断腸の思いで当時のツアー全公演の中止を決めている。つまり2024年5月についに行なわれた“Tak Matsumoto Tour 2024 -Here Comes the Bluesman-”は、言うまでもなく4年越しのリターン・マッチ。もちろん松本はその間も様々な活動で忙しくしていたわけだが、「やっと!」との解き放たれる想いは彼自身にもファンにもあったに違いない。
今回のツアーはまず5月11日&12日のブルーノート東京から始まり、15日&16日がビルボードライブ東京、22日&23日がビルボードライブ大阪、そして25日&26日が豊中市立文化芸術センター 大ホール…という合わせて8日間の構成。もちろん客席とステージの距離が近いクラブ公演に喜ぶファンは少なくなかろうが、1000人規模の大会場でのショウにむしろ興奮する人も多いはず。最終2日間のホール公演の舞台となった(松本の出身地である)豊中では全国から大人数が集結することを見越してか、近隣の会場で“春の高校生軽音楽フェスティバル”も開催され、またいつもは市役所に行かなければ見られない松本の手形や色紙などの出張展示もあり…町ぐるみのお祭り状態。ギター・インストでここまでの人数を動かしてしまうアーティストは、日本の音楽シーンにそう多くなかろう。地元愛になんだかほっこりしてしまう。
…と前置きが長くなってしまったが、ここではツアーの千秋楽である5月26日公演の模様をレポートさせていただこう。ちなみに7月10日発売のヤング・ギター本誌では、この公演における松本孝弘の使用機材の詳細を掲載予定。そちらもぜひ楽しみにしていただきたい。
普段クラシックの演奏会などで使用されることも多い大ホールの落ち着いた雰囲気に合わせてか、広いステージには青いカーテンをモチーフにしたセットが組まれ(実はショウの経過に合わせて色が変化する)、アメリカの年齢層高めなブルーズバーかダンスホールの様相だ。中央には小型のスタック・アンプ4組が鎮座し、キャビにはもちろん松本がモチーフとする“玲”の文字が。それらの向かって右側にはドラム・セットとベース・アンプ、左側にはキーボードと別のギター・アンプも並んでいる。このショウの模様は映像配信もされており、たくさんセットされている撮影用カメラの向こう側では、会場にいる数以上の人々が様子を見守っているのだろう。
まずステージには、このツアーでバック・バンドを務めるSensationの面々(大賀好修〈g〉、大楠雄蔵〈key〉、麻井寛史〈b〉、車谷啓介〈dr〉)が登場。プレイし始めたのはお馴染み「#1090 ~Million Dreams~」の跳ねるグルーヴで、意外な幕開けに会場からどよめきが起こる。そんな豪華な入場曲をバックに、主役である松本が悠然と現れ、ブレイクでの「帰ってきたで」のひとことで歓声はさらに1段階アップ。直後にスタートした真のオープニング曲は、昨年の夏に配信リリースされた勇ましい「EPIC MATCH ~ the match everyone wanted ~」だ。松本ならではのフィックスド・ワウを活かしたロング・トーンが艶やかに響き渡って、2本のギターとベースのハーモニーも美しく決まり…短い尺の中でいきなり聴かせどころが満載だ。
©Dynamic Planning・TOEI ANIMATION
ちなみに松本がオープニングで手にしていたのは、ファンなら懐かしく思うはずの、濃厚なブラウン・サンバースト・フィニッシュとギラギラしたキルト杢を持つギブソン“Tak Matsumoto Double Cutaway”の2004年製モデル。ツアー名で言えば“B’z LIVE-GYM 2005 -CIRCLE OF ROCK-”で特に活躍した1本だ。製作されてから既に20年経過しているのにいまだそのサウンドは溌剌としており、中高域に強いピークを持つ輪郭のはっきりした音色が、実にロックなテイスト。2曲目「Here Comes the Taxman」のおおらかなメロディーにも非常に合っており、お洒落な曲調に荒っぽさを加えている。
「4年前に行なわれるはずだった『Bluesman』のツアーを、ようやくこういう完全な形で開催でき、しかも最終日にホームタウンの豊中で迎えられて本当に嬉しいです」――松本の真摯な言葉に満場の客席から暖かな拍手が送られた後、披露されたのは「BATTLEBOX」。「EPIC MATCH ~ the match everyone wanted ~」よりもさらに新しく、5月初頭に配信開始されたばかりの楽曲だが、その明るく元気な曲調はどことなく『Bluesman』の作風に通じるようにも思える。少しクラシック・ロック味のあるサウンドは、ここで松本が手にしていたギブソン・カスタム・ショップ製ジェフ・ベック・モデル(『BLOW BY BLOW』のジャケでお馴染みのオックスブラッド色レスポールのリイシュー)から来るところが大きいのだろう。特にネック・ピックアップでの甘いリードや、ミックス・ポジションでのパキッとしたクリーン・トーンが極上だ。さらに続く「Wanna Go Home」の前に持ち替えたのは、何と1954年製のゴールド・トップ・レスポール。スタジオ・アルバムで弾いていたのは1954年製ストラトキャスター(有名なシリアル#1090の個体)であり、フェンダーらしい歯切れの良さときらびやかさが特徴だったが、この会場で聴ける音はより太く甘く、クランチ感もコンプ感も多め。70年前の楽器の代わりに別の70年前の楽器を使って、32年前に生まれた楽曲に全く異なる魅力を加えている…そんな聴き方をするのもなかなか面白い。
ちなみにこのゴールド・トップも先のオックスブラッドも、弦ごとにサドルが独立していないスタッド・ブリッジを備えたもので、しっかり調整されてはいても多少の扱いにくさはあるはず(それがヴィンテージの味でもあるわけだし)。しかし松本はこの2曲でも、またオックスブラッドに再び持ち替えて弾いた爽快な「Long Distance Call」でも、実に心地よいピッチ感であらゆるメロディーを奏でていた。月並みな言い方ではあるが、さすがキャリアの成せる業。耳と脳と指が連動し、自然とコントロールされているのだろう。またそれと通じるところでは、ベンド技の巧みさもこの日の松本は神がかっていた。南の島へ想いを馳せて書いたという「Island of Peace」では、穏やかな旋律をあたかもスライドバーを思わせるポルタメントな動きで表現し、「花火」では童謡を思わせる和の旋律を、何段階ものチョーキングで見事に再現する(ちなみにここ以降数曲で用いられたのは1957年型リイシューの1991年製ゴールド・トップで、これも懐かしい1本)。さらにLarry Carlton & Tak Matsumoto名義の名作『TAKE YOUR PICK』から取り上げられた「Tokyo Night」では、ジャズとロックの二面性を、クリーンなオクターヴ奏法とオーヴァードライヴの粘っこいベンドで弾き分ける…。とにかく1音1音に込められた感情が、弦の動きと共にどの場面でも圧倒的なほどに伝わってくるのである。
©Dynamic Planning・TOEI ANIMATION
新旧織り交ぜながら楽しませてくれた前半戦を越え、ちょうど折り返しの位置で披露されたのは、今夏リリース予定のアルバム『THE HIT PARADE II』に収録されるという新たなカヴァー曲だ。1975年に放映された刑事ドラマ『俺たちの勲章』のテーマ曲で、もともとは吉田拓郎が作曲しトランザムがインストとして演奏。後に歌詞が付いて「あゝ青春」として再リリースされ、吉田拓郎自身もセルフ・カヴァーしている。…という若干ややこしい解説はさておき(笑)、そんな出自の曲なだけあってメイン・メロディーは非常に歌モノ的。人の声をギターで再現するのに近い表現力が必要なわけだが、ここでも松本のベンド技を始めとする巧みなアーティキュレーションが活かされることに。面白いのは原曲にわりと忠実なアレンジであるにもかかわらず、色気やオリエンタル風味が増して聴こえることで、まさに「歌手が替わった」に匹敵する劇的な変化だ。来たるべきアルバムに対する期待が深まったことが、会場からの拍手の大きさで如実に伝わってきた。
ここで松本は一旦ステージの袖へ。4人だけで披露されたのは彼らの2ndアルバムからの「Rain Sound」だ。その曲名のごとく雨音に似た優しい旋律により、ここまでのショウの中で生まれた会場の静かな熱を絶妙に和らげる。長年B’zのサポートも務める大賀のギター・プレイもツボを突いていて、ほしい音を最高のタイミングで入れ込むのがこの人は本当に巧い。そして観客の暖かい拍手の後、ピアノのイントロが穏やかな空気にゆっくりと哀感を与え…それに導かれるように再び松本がステージ中央へ。始まった「Waltz in Blue」は、ここまでのセットリストを振り返ってみても異色なほど悲壮感をたたえている。特に控えめなゲインのロング・トーンが徐々に倍音へ変化していく様は鳥肌もので、この飾り気のないサウンドをピッキング一発とヴィブラートだけで聴かせる松本の技、そして肝の据わり方はとてつもない。ブレイクでの無音さえも音楽として成立させてしまう説得力だ。個人的にはここがこの夜の最大のハイライトであり、会場の左右の壁に大きく写し出される松本のシルエットと共に、深く記憶に残っている。
そこからしばしの間MCが挟まれることもなく、ショウは佳境へ向けて情感を深めていく。「華」ではコンプレッサーを多めに効かせた柔らかなクリーン・トーンで、抑揚のあるメロディーを紡ぐさまがあたかも民謡の歌手を彷彿。半音と半音の間にある微妙な音程を、太い糸で巧妙に縫っていくかのようで、1954年製ゴールド・トップのサウンドも艶やかな表現力に拍車をかけている。続いてまた1957年型リイシューに持ち替えて奏でられた「THE WINGS」も、その旋律には多分に和のテイストが含まれるが、空気感のある音作りのおかげかよりすっきりとした聴き味。似通ったクリーン/クランチ・トーンであっても、アンプやエフェクトのセッティングはおそらく曲ごとに緻密に調整されているようで、機材スタッフの仕事にも頭が下がる想いだ。
「Rainy Monday Blues ~茨の道」では、また冒頭の2004年製“Tak Matsumoto Double Cutaway”が登場。わかりやすく泥臭い前半のブルーズ・パートから、重厚なリフが主導する後半パートへ唐突に展開し、深い歪み、ワウを効かせたクランチ、鋭いクリーン…など様々な音色で耳を楽しませてくれる。そのエネルギッシュな曲調の余韻を引っ張ったまま、雷鳴のSEからヘヴィなリフが鳴り響き、始まったのはこの夜最も激しい「Ups and Downs」。もともとは2016年に開催された『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』のために創られた曲…ということで、様々な浮世絵をモチーフとした豪華絢爛な映像が、いつの間にかステージ前面に張られていた紗幕に映し出され、その奥で演奏する5人の姿と重なってとてつもない迫力だ。なんだか出し抜けにハードなメタル・コンサートへ変貌したかのよう。それに続くのはツアーの直前に配信リリースされた新曲「GLORIOUS 70」で、’80年代の映画音楽を思わせる雄大なギター・ハーモニーや、夕焼けが目に浮かぶような情感あふれる展開部など、様々な表情で我々の感情を煽る。この終盤3曲はまさに怒涛の攻勢で、華やかな破壊力にただただ圧倒させられてしまった。
さらにメンバー紹介を挟んだのち、ラストに披露された「BOOGIE WOOGIE AZB 10」が駄目押しの一撃となる。ご存知『Bluesman』の幕開けを飾った、ビッグ・バンド的なゴージャスさが魅力の曲だが、その迫力は生で観ると体感で数倍以上だ。松本が操るのは、ここへ来てこの日初めての登場となるブラック・カラーの2007年製“Tak Matsumoto Double Cutaway Custom”プロトタイプで、サウンドの歪み感は他のギターに比べてひときわ強い印象。アルバムで用いられたのは確かフェンダー・カスタム・ショップ製ストラトキャスター(スティーヴィー・レイ・ヴォーン・モデル)だったはずだが、よりド派手なテイストに置き換わっているのが面白い。最後のキメの後に余裕のアドリブも決まり、本編のクライマックスに相応しい大歓声を引き出した。
続きについて触れる前に、ここで少し筆者の私見を述べることを許していただきたい。本稿の冒頭で書いた通り、今回の松本孝弘ソロ・ツアーは4年越しで実現したリターン・マッチだった。もちろん軸として据えられたのはタイトル通り、目下の最新作『Bluesman』だったが…実は主役がそれだけでなかったことに、ここまでの長い文章を追ってきてくれた読者諸氏も気付いたはず。それはここ1年の間に次々と配信された新曲の数々だったり、久々に引っ張り出されてきた懐かしいギターの数々だったり…。さらには今夏リリース予定の次作『THE HIT PARADE II』が、中心に躍り出る瞬間もあった。もしかするとツアーが4年前に滞りなく行なわれていれば、こういったプラスαの要素が盛り込まれることもなかったのではないか。危機をポジティヴな方向へ置き換える、よりわかりやすく言えば「転んでもただでは起きない」マインドが、松本孝弘というアーティスト(とB’z)には常にある。おそらくそれが、何十年にも渡って多くの人々を惹き付ける要因にもなっているのだろう。
止まない長い長い拍手に推され、再びステージへ上がる松本とサポートの面々に、観客から惜しみないスタンディング・オベーションが贈られる。アンコール1曲目、4カウントから始まったのはダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で、20年前に『THE HIT PARADE』でカヴァーされたことは既知の通りだ。同作でのヴァージョン通り、松本自身が語り手も担うこの曲は、ファンにとっても(おそらく)本人にとっても“お楽しみ”のひと時。原曲にないハードなギター・ソロが劇的に決まった瞬間にも、松本がちょこっとセリフを間違った際にも、同じように喝采が巻き起こる。この辺りはギャップ萌えというヤツか、ファンの愛のある反応が何だかイイ(笑)。さらにアンコール2曲目はオープニングの伏線を回収するように始まった「#1090 ~Million Dreams~」で、これ以上説得力のあるエンディングの選曲はあるまい。グルーヴィなリフも、フィックスド・ワウの個性的な音色も、エネルギッシュなアドリブも飛び出す流麗な指使いも、隅から隅までTAK節の極み。楽曲が熱を帯びるにつれてテンポもどんどん増し、ブレイクののちに巧みなベンド技で穏やかに印象的な旋律を聴かせ、ゆったりと熱を冷ましていく…。練りに練り上げた劇的な展開で、まさに完璧な大団円を創り出し、“Tak Matsumoto Tour 2024 -Here Comes the Bluesman-”は幕を閉じるのだった。
Tak Matsumoto Tour 2024 -Here Comes the Bluesman- @豊中市立文化芸術センター 大ホール 2024.5.26 セットリスト
1. EPIC MATCH ~ the match everyone wanted ~(デジタル配信シングル/2023年7月リリース)
2. Here Comes the Taxman(12thアルバム『Bluesman』収録)
3. BATTLEBOX(デジタル配信シングル/2024年5月リリース)
4. Wanna Go Home(2ndアルバム『Wanna Go Home』収録)
5. Long Distance Call(2ndアルバム『Wanna Go Home』収録)
6. Island of peace(10thアルバム『New Horizon』収録)
7. 花火(12thアルバム『Bluesman』収録)
8. Tokyo Night(Larry Carlton & Tak Matsumoto『TAKE YOUR PICK』収録)
9. 俺たちの勲章テーマ(TVドラマ『俺たちの勲章』より ※今夏リリースの『THE HIT PARADE II』に収録予定)
10. Rain Sound(Sensation 2ndアルバム『Sensation II』収録 ※Sensationのみによる演奏)
11. Waltz in Blue(12thアルバム『Bluesman』収録)
12. 華(5thアルバム『華』収録)
13. THE WINGS(9thアルバム『Strings Of My Soul』収録)
14. Rainy Monday Blues ~茨の道(12thアルバム『Bluesman』収録)
15. Ups and Downs(11thアルバム『enigma』収録)
16. GLORIOUS 70(デジタル配信シングル/2024年5月リリース)
17. BOOGIE WOOGIE AZB 10(12thアルバム『Bluesman』収録)
[encore]
18. 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(6thアルバム『THE HIT PARADE』収録 ※原曲:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)
19. #1090 ~Million Dreams~(11thアルバム『enigma』にボーナス・トラックとして収録 )
(レポート●坂東健太 Kenta Bando)