無数のトライ&エラーが“傑作”を生み出す――『星つなぎのエリオ』ピクサーで働く日本人スタッフ・奥村裕子さんが語る「ライティング」の世界【インタビュー】
「この広い世界のどこかに、本当の居場所があるはず――」
そんな願いを胸に、星々の世界へと旅立つ少年・エリオ。ディズニー&ピクサー最新作『星つなぎのエリオ』は、孤独を抱えた少年と異星の友との出会い、そして友情を描く“やさしい感動”に満ちた物語です。
宇宙を舞台にした本作で重要な役割を担うのが「ライティング」。キャラクターの感情を際立たせ、幻想的な世界観を表現するために、「光」の演出は欠かせない要素となっています。今回、その舞台裏を語ってくれたのは、ピクサーで活躍する日本人スタッフ・奥村裕子さん。
奥村さんが語るのは、作品に命を吹き込む“光”の力と、ピクサーが持つものづくりの哲学。誰も見たことがない宇宙のビジュアルをどう生み出したのか、友情の物語を光”で語る手法とは? その答えは、膨大な試行錯誤と、ピクサーならではの“ものづくり”にありました――。
【写真】『星つなぎのエリオ』日本人スタッフが語る「ライティング」の世界【インタビュー】
「いつかここで働きたい」――ピクサーを目指した理由
──まずは、簡単な自己紹介をお願いします。
奥村裕子さん(以下、奥村):奥村裕子と申します。ピクサーではライティングのTD(テクニカルディレクター)を担当しています。簡単に申し上げますと、照明と合成の仕事です。
──奥村さんは長らくピクサーで働くことを熱望されていたと伺いました。「ピクサーに入りたい」と思われたきっかけについて、お聞かせください。
奥村:元々アメリカのアニメーション会社に魅力を感じていて、働きたいという思いが常にありました。さまざまな会社を経験して、多くの作品に触れる中でも、やはりピクサーの作品は格別に魅力的だったんです。もちろん、他の会社での仕事も楽しくやらせていただきましたが、「いつかここでお仕事をしてみたい」という気持ちは持ち続けていました。
──幼少期からアニメーションに親しまれていたのでしょうか?
奥村:日本の漫画やアニメが特に好きでしたね。兄と姉がいる環境で育ったため、少年漫画も少女漫画も分け隔てなく楽しんでいました。周りの人からは『ドカベン』や『ガンダム』などの話をすると、「どうしてそんなに詳しいの?」と驚かれることもあります(笑)。
──(笑)。特に影響を受けたと感じている作品は?
奥村:宮崎駿さんの『未来少年コナン』や高畑勲さんの『アルプスの少女ハイジ』は特に好きでした。飛んだり跳ねたりといった動きが非常にダイナミックで、まるで違う世界にいるかのような楽しさがあり、アニメーションの持つ魅力が存分に表現されているなと。キャラクターも大変魅力的で、女性もしっかりと描かれているため、性別を問わずに楽しめる素晴らしい作品だと感じています。
──確かに、普遍的なテーマ性や老若男女が楽しめるという点では、ピクサー作品とも通じる部分があるように感じます。ピクサー作品は、奥村さんがある程度大人になられてから登場したものかと思いますが、ご覧になっていましたか?
奥村:初めてピクサーの長編CG映画が登場したのは、私がちょうど大学院でCGの勉強を終えた頃でした。卒業した直後でしたので、その衝撃は非常に大きかったです。自分の卒業制作が2分半ほどの長さで、レンダリングにも非常に時間がかかり、作業に1年近くを要する大変さを実感していたため、「90分の長編をCGだけで作れてしまうのか」と大変驚きました。
──『トイ・ストーリー』ですね。
奥村:1993年に『ジュラシック・パーク』が公開されたんです。それがちょうど私が大学院に入学する直前のことで、その映像にも大変な衝撃を受けました。ただ、後から学校で調べてみると、「フルCGの部分は7分しかなかった」と知ったんです。そうした背景を知っていたからこそ、全編CGで構成された90分の長編アニメーションが誕生したこと、そして「おもちゃが動く」という、実写では簡単に表現できない設定を実現したメディアとしても、本当に素晴らしいと感じました。
ライティングは、観客の視線をコントロールする「料理の盛り付けと最後の味付け」
──そんな中で、特に「ライティング」の分野に携わりたいと思った理由は何だったのでしょうか?
奥村:ライティングは制作工程における「料理の盛り付けと最後の味付け」のような、最終的な仕上げの工程なんです。そこに大きなやりがいを感じました。
また、以前に日本のゲーム会社で何年か勤務していた経験も関係しています。日本では専門職というよりは、一つのショットを最初から最後まで一人で責任を持って担当することが多かったんです。そうなると「最終工程であるライティングに十分な時間を割けなくなってしまう」という状況がよくありました。アセットを並べ、簡単なエフェクトを加えて、モデリングには専門の方もいらっしゃいましたが、足りない部分は自分で補ったりとか。そうして作業を進めていくと、「これからが一番面白い」という仕上げの段階で、いつも時間がなくなってしまうんです(苦笑)。「この工程をじっくりできたらどんなに良いだろう?」という思いがありました。
動きをつけて命を吹き込むことはもちろん重要ですが、光を入れて命を吹き込むライティングの仕事も、同じくらい大事なはず。ただ、当時は「動きさえあれば良い」という考え方も強く、ライトは3灯ほど置いたら終わり、みたいなこともあって。「もっと良くしたい」という気持ちは常にありました。
──ライティングをより専門的にやってみたいと。
奥村:そんな時、大学院時代の同級生が、リズム&ヒューズ・スタジオやPDI(後のドリームワークス・アニメーション)といった会社に就職して、「ライティング専門の方もいる」と聞いて。何度か会社を訪問して仕事内容を見せていただくうちに、「これをやってみたい」と強く思うようになりました。もともと合成の作業も好きで、「さまざまな素材を集めて最後にきれいに仕上げる」という工程にも魅力を感じていました。そういう意味でも、ライティングと合成の両方ができるフルCGの制作パイプラインは理想的でした。
また、ライティングをする上では、実写よりもフルCGの方をやりたいなと。両者には写真を撮ること、絵画を描くことくらいの違いがあるんです。まず、観客が信じられるような画を追求した上で、さらにファンタジーの要素を加えなければなりません。「どのように見せたいか」という演出を考えながら、観客の感情に訴えかけるような絵作りが求められるんです。
──キャラクターの感情により深く寄り添った、自由度の高いライティングができる。
奥村:そうですね。非常に細かい部分まで作り込む必要がありますし、観客の視線を誘導するような絵作りも可能です。立体感や奥行きの表現はライティング次第で全く変わってきます。パッと見た時に、キャラクターの表情に目が行くか、あるいは背景の何かに注目するかは、こちらのさじ加減でコントロールできるんです。明暗や被写界深度だけでなく、彩度なども駆使して、いかに視線を集めるかという良い勉強になりますね。そこには実写とは違う、ゼロから作り上げる楽しさがあって。そうした理由から、フルCGの3Dアニメを制作している会社をターゲットにして、この仕事を続けてきました。
ドリームワークスやピクサーでは、昔から実写映画の著名なシネマトグラファー(撮影監督)をコンサルタントとして招く取り組みをしています。彼らはライティングもカメラワークも熟知したマスターなので、「このCGのディテールは不要だ」といったように、的確な指摘をいただけます。そうしたことを皆が学べる機会があるからこそ、実写映画のような深みのある映像作りができているのかなと感じています。
──足すだけでなく、削ぎ落とすことも重要なのですね。
奥村:足すこともありますが、最後の合成(コンポジット)の段階では、「何を見せたいか」を明確にするために、逆に情報を削ることがあります。例えば、オブジェクトのスペキュラー(反射)を切るとか。他にも、影を入れて背景を暗くしたり、逆に目を向けさせたい部分にはライトを当てたりします。また、窓枠があるように見せて、幾何学的な斜めのラインを入れると、絵として美しくなりますし、視線も自然にそちらへ向かう。やっぱり実写映画の考え方は、非常に勉強になります。
毎日が微調整との戦い! 膨大なカット数にチームワークで挑む
──お話を伺っていると、日々の作業は非常に細かい調整の繰り返しになるのではないかと想像しました。
奥村:ああ、そうですね。本当に細かいです(笑)。
──日々のお仕事も、コミュニケーションを取りながら進める必要がありそうです。
奥村:ライティングの責任者にあたるDP(Director of Photography/撮影監督)の方に、作業したものを毎日見せています。日々の進捗を報告して、良い/悪いの判断をしていただくんです。そして、彼らからアプルーブ(承認)が得られるまで修正を繰り返す、という流れになっています。
また、一つのショットを作り込む中で、他のショットとのコンティニュイティ(連続性)も考慮しなければなりません。全体のバランスや繋がりが自然に見えるかを確認する必要があるため、「一つのショットを仕上げて終わり」というわけにもいかない。
例えば、彩度を上げてゴージャスな絵を作ることは簡単なんです。でも、物語の流れの中で観客に自然に見てほしい場面まで美しく作り込みすぎると、かえって不自然に視線が集中してしまいます。もちろん、どうでもいいショットというのは一つもありませんが、「ここはさらっと流して見せたい」という場面では、全体の調和を保ちつつ、スムーズに視線が流れるような作り方をしなければなりません。全体のバランスが非常に重要です。
──そういった調整を全カットで行い、一本の映画としてまとめ上げるというのは、途方もない作業ですね。
奥村:DPは全てのショット・シークエンスを確認して承認を出しているにもかかわらず、最後にはカラーグレーディングという色調整の工程も入ります。そこでもまた何度もチェックを重ねるわけで、大変な作業量になりますね。最終的には監督にも見せて承認を得る必要がありますが、ライティングに関して一番身近で指導してくださるのはDPの方です。
──ライティングのチームは、どれくらいの人数で構成されているのですか?
奥村:ピクサーでは、一つの映画につきライティング担当は25名ほどです。制作期間は半年から1年半くらいでしょうか。多いように聞こえるかもしれませんが、おそらく他のスタジオや実写映画の現場に比べると少ない方だと思います。
日本アニメは共通言語!?
──実際に働いてみて感じた、ピクサーという会社の印象をお聞かせください。
奥村:皆さんの才能が素晴らしいのはもちろんですが、助け合いの精神もすごいと感じます。誰もが自分の持つ技術を惜しみなく共有し、チーム全体でレベルアップしていけるように協力し合う。「皆で一つの映画を作る」という意識が非常に強いです。
──ちなみに、日本のアニメについて、同僚の方とお話しすることはありますか?
奥村:みんな日本のアニメが大好きですよ。私が日本人だというだけで、喜んでいろいろなことを質問してくれるんです。社内では様々な方がレクチャーをしてくださるのですが、日本のクリエイターも例外ではありません。日本のアニメの上映会(スクリーニング)や、監督をお招きしてのQ&Aセッションが開かれることもあり、その度に感動をしますね。
──実際にそういったお話を聞くと、改めて日本のアニメの影響力の大きさを感じます。
奥村:みんなが日本好きだからこそだと思いますが、日本の作品が参考(レファレンス)として挙げられることもよくあります。入社して最初に携わった『私ときどきレッサーパンダ』のドミー・シー監督は、日本の漫画とアニメが大好きなので、「このポーズはあの作品で〜」といった影響が随所に見られました。あの作品は『美少女戦士セーラームーン』のようなパステル調のテイストもあって、2Dっぽいルックを目指すというスタイルでした。本当に好きだということが伝わってきて、見ていてとても楽しかったです。
──共通言語としてアニメの話ができることで、お仕事もやりやすかったのではないでしょうか?
奥村:そうですね。ただ、本当に知識が豊富な方が多くて、私よりも詳しい人がたくさんいます。逆に「え、あのキャラクターを知らないの?」「この作品を観てないなんて、本当に日本から来たの!?」と言われて、少し恥ずかしい気持ちなりました(笑)。日本の文化は、やはり誇れるものの一つだと感じます。
存在しない光をどう作る? 宇宙を舞台にした「ライティング」の挑戦
──『星つなぎのエリオ』についてもお話を伺えればと思います。宇宙を舞台にした作品ということで、ライティングを手がける上でこだわられた部分や挑戦された点について、お聞かせください。
奥村:今回は世界観が非常に幻想的で、美しいルックが特徴の作品です。キャラクターも本当に綺麗なので、まずは「可愛く、美しく」。とにかく夢のように綺麗な絵柄に仕上げる必要がありました。SF的な要素に加え、スタイルとして単に現実的に見せるのではなく、色彩豊かなビジュアルで表現することが求められたんです。「どこまで綺麗に作り上げられるか」というプレッシャーは感じていましたね。
──特に「コミュニバース(星々の代表が集う場所)」は、誰も見たことがないようなルックになっていると感じました。
奥村:他の作品と大きく違うのは、「現実には存在しない光源がある」という点です。太陽光や光が反射して生まれる間接光(バウンスライト)のような、通常の光源が使えない状況で、立体感(シェイプ)を美しく見せなければなりませんでした。存在しない光源を作り出すと言いますか。例えば、キャラクター自体を光源にしてみたりとか。
──キャラクター自体を?
奥村:キャラクターの特定の部分をメッシュライトのように設定して、それ自体をランプのように発光させました。そうして生まれた青や紫の光が優しく当たるような感じです。そうしないと「画面が真っ暗で何も見えない」という状況になってしまいます。その点は非常に大変でした。逆に言えば、ゼロから世界を「作っている」という実感があって、とても楽しかったです。
──物語の面では、エリオとグロードンの関係性が非常に重要だと思います。キャラクターの感情に寄り添うライティングという観点では、今作ではどのようなアプローチをされたのでしょうか?
奥村:孤独に悩んでいた二人の子供が出会い、友達になることで、一気に世界が広がっていく。特にエリオは、地球に自分の居場所はないと信じていましたが、外の世界で友人を得て、そこから彼自身の世界も大きく広がっていきます。この友情がもたらす世界の広がりを、観客が見て楽しくなるように、鮮やかで美しく表現する必要がありました。二人の友情は、この映画の最大の見せ場ですから。「そこには力を入れなければならない」と考えていました。
“傑作”は一日にしてならず。温め続けたその先にあるもの
──奥村さんも、ご自身の表現を追求するために外の世界へと飛び出されたわけですが、エリオに共感する部分もあったのでは?
奥村:ありました。私自身、日本にいた時は思うようにやりたいことができず、学生時代には日本でCGを専門的に学べる学校がなかったので、アメリカへ渡るしかありませんでした。「まずはアメリカへ行って勉強してみたい」という気持ちで外に出たんです。だからこそ、改めて日本の良さに気づくこともできましたし、アメリカでしか出会えなかった友人や素晴らしい同僚との出会いは私の宝物です。
一方で、映画が描いているように、「居場所がない」と思っていても、「実は身近に理解者がいる」というメッセージは本当に素晴らしいと思います。日本の社会も、子供たちにもっと温かい目を向けてあげてほしいです。少し浮いていたり、変わっていたりする子を異端的に扱うのではなく、それも個性だと受け入れて、みんながのびのびと成長できる優しい社会であってほしいと願っています。
──最後に、ピクサーの作品制作に携わる中で、ご自身に生まれた変化や新たな気づきを教えてください。
奥村:ピクサーの作品は、常に強いメッセージ性を持ち、感情に訴えかける物語が魅力です。制作中は、どうしても目の前の細かい作業に集中してしまい、なかなか作品の全体像は見えません。自分の担当箇所は分かっていても、それが映画全体の中でどれだけ重要な意味を持つのかは、少し時間が経ってからでないと分からない部分もあります。
完成した作品を観た時に、物語の深さやメッセージ性に改めて感動して、共感できる部分がたくさんありました。さまざまな世代の人が、子供の頃を思い出したり、観終わった後に良い気分になったりできるのは、とても大切なことだと思います。観た後にほんのりと温かい気持ちになれる、そんな作品に携われたことが嬉しいです。
──様々なお話を伺う中で、完成までの道のりが決して簡単なものではないということにも改めて気付かされました。
奥村:最初から“傑作”はできないんですよね。だからこそ、「とりあえずこれで完成にしよう」「予算がないからこのまま進めよう」といった妥協は絶対にありません。世に出して恥ずかしくない物語になるまで、徹底的に作り込みます。それは最初からそうなるわけではなく、多くのスタッフの努力と、無数のトライ&エラーの末に生み出されたものなのです。
その制作姿勢を見ていると、日常生活においても、少し失敗したくらいではへこたれなくなった気がします。素晴らしいアイデアを思いつく人は、恐らくたくさんいる。でも、実際の制作(プロダクション)を通して、「そこから形にしていく過程が一番大変なのだ」と知りました。「温め方」次第で、作品は変わる。「自分には才能がない」「向いていない」と諦めるのではなく、その後の「温め方」が大切だと思います。
[インタビュー/小川いなり]