なぜ進まない?部活動の地域移行の現実と部活動のリデザインに挑み続ける団体の想いとは
学校教育において重要な役割を果たしてきた部活動。しかし、少子化や教員の働き方改革の中で、従来の形では持続が難しい現実に直面しています。こうした課題を背景に、地域と連携した新たな部活動の形が模索されています。
子どもの“体験格差”の拡大にもつながる大きな問題。その課題に真正面から取り組む団体である、一般社団法人CORD PROJECT代表の池淵智彦さん(以下、池淵)へのインタビューを通じて、この重要な課題に迫ります。
スポーツ教育の理念と“体験格差”の克服
ーーまずは、池淵さんが考える“スポーツ体験格差”や“教育格差”といった課題について、お伺いできますか?
池淵)現在、私たちの取り組みは部活動改革にフォーカスを当てていますが、最初は未就学児や小学生を対象に、スポーツ教育の格差を是正することが目的でした。
私たちの考えるスポーツ教育は、競技志向ではなく、スポーツ本来の楽しさを強調し、スポーツを通じて生活の質を高めるという考え方が基盤にあります。スポーツは必ずしも生活に欠かせないものではありませんが、スポーツがあることで生活がより豊かになり、個人の成長につながる。だからこそ、スポーツを楽しむための“心の準備”と“身体づくり”が重要だと考えています。
小学生にスポーツを嫌いになる理由を尋ねると、過去の小さな失敗体験が出てくることが多いです。「走り方が変だと笑われた」「逆上がりができなかった」などの経験で、スポーツを避けてしまう子どもが少なくありません。そこで、私たちはまずそのような苦手意識を克服するために、基本的な運動能力となる走る、跳ぶ、投げるといった身体動作を学ばせることに取り組みました。
しかし、ちょうどその時期に、部活動改革が打ち出され、地域移行を進めるという方向性が示されました。教員の働き方快活はもちろん必要ですが、地域に受け皿はあるのか?子どもたちにとって望ましいことなのか?など、私の中で疑問を感じるようになりました。
ーー地域移行には、ネガティブな要素が出てくる可能性を感じたということですか?
池淵)そうですね。地域移行することによって、経済的な格差が原因でスポーツに参加できない子どもや家庭が増える可能性があります。また、親のスポーツに対する意識の問題で「その時間を塾に充てたほうがいい」といった考え方が強まると、ますます子どもたちのスポーツ時間が減ってしまうことになります。
この状況では、子どもたちのウェルビーイングや将来の生涯スポーツへの意欲がさらに低下するのではないかと危機感を抱きました。もちろん、部活動を地域と連携させたり、新しい形に改革していくことには賛成なのですが、現在の日本の地域スポーツデザインが崩壊する可能性があるとも感じ、私たちがクリエイティブなアイディアと行動力を駆使して、何かを変えていこうと思ったんです。
ーーそうした池淵さんの考えが、現在の「ブカツ未来プロジェクト」につながったということですね。
池淵)もともとは、弊社のプロジェクトとして単独で進めていましたが、そこにヤマダホールディングスさんやNECさんなど、さまざまな企業がスポンサーやパートナーとして参加してくれるようになりました。大企業にとって、「子どもたちや地域の問題をサポートしなければならない」という意識が強まってきたことも追い風になりましたね。企業の協力を得ながら、地域と連携し、地域や国の予算に依存せずに持続可能な事業モデルを構築していく形で、今、日本国内の複数の地域で活動を広げています。
ーー全国各地で部活動の地域移行が進行中ですが、実際に現場に立つ中で、感じられる課題やギャップはありますか?
池淵)動き始めた頃は、自治体側の慎重な姿勢が大きな壁になっていました。しかし、最近では状況が急速に変わってきていて、自治体も何が正解なのかを模索しつつさまざまな取り組みを進めるようになっています。それでも、進んでいる自治体とそうでない自治体の差は大きく、地域間格差を強く感じます。強力なリーダーがいる自治体は先進的な取り組みをしているのに対し、その他の自治体ではあまり順調に進んでいないという現状があります。
「ブカツ未来プロジェクト」と企業の支援
ーー昨年からヤマダホールディングスさんと始められた「YAMADA の “ブカツへGO!”」というプロジェクトについて、詳しく伺いたいです。立ち上げの背景や、池淵さんご自身の思い、そしてヤマダホールディングスさんの想いについて教えていただけますか?
池淵)私がこのプロジェクトを立ち上げる際に、ヤマダホールディングスの文化育成振興推進部の部長兼陸上競技部のGMである田中監督に個人的なつながりで協力をお願いしました。彼とは以前から、スポーツの未来やあり方について議論を交わしていましたので、このプロジェクトを始めるにあたり、ぜひ参画してアドバイスをいただけないかとお願いしたところ、快諾していただきました。
プロジェクトを推進していく中で、資金や人材など、さまざまなリソースが不足している場面もありました。ヤマダホールディングスの家電販売から家づくりなど生活全般をサポートできるほどに広い事業領域を活かし、「人々の生活の質を向上させるために、スポーツや文化を大切にするべきだ」という共通の認識のもと活動を進めていくことになりました。現在は、ヤマダホールディングスさんが数多く行う社会貢献活動の一環として、地域のスポーツ文化を支えるために「YAMADA の “ブカツへGO!”」という社内プロジェクトを立ち上げ、一緒に取り組んでいます。我々の活動は「ブカツ未来アクション」という名称で進めており、その中で「YAMADA の “ブカツへGO!”」が重要な要素として関わっているという状況です。
ーーヤマダホールディングスさんの姿勢は本当に素晴らしいですね。それでは、2023年、初年度の「ブカツ未来プロジェクト」および「YAMADA の “ブカツへGO!”」の取り組みを振り返って、どんな手応えがあったのか教えてください。
池淵)正直なところ、初年度は大きな反響という形にはなりませんでしたが、一部では非常に危機感を持ってくれる方もいて、いくつかの小規模な自治体の首長さんたちは積極的に関わってくれました。
逆に、大きな自治体では予算の問題や、人的リソースの問題が目立ちました。新しい社会事業である以上、難しい問題も起こり得ます。ある自治体では、外部コーチが部活動に遅刻してきたり、専門性が低い指導者が派遣されたりしました。そのような問題が顕在化し、スポーツに対する信頼が損なわれることが懸念されました。
ーーたしかに、スポーツ指導の質や信頼は重要ですね。初年度で成功した事例や特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
池淵)仲間が増えたことが一番大きな成果だと思っています。ヤマダホールディングスさんや明治アドエージェンシーさんなど、協力してくれる企業が増えたのは本当にありがたいです。
ただ、認知度の向上という面では期待通りにはいかなかったです。さまざまな場所でプロジェクトの話をしても、最初は誰も耳を傾けてくれませんでした。しかし、今では多くの人が話を聞いてくれるようになり、少しずつ状況が改善してきました。
未来に向けた展望と課題解決へのアプローチ
ーーそれは大きな前進ですね。では、これからの「ブカツ未来アクション」や「YAMADA の “ブカツへGO!”」について、直面している課題や展望をお聞かせください。
池淵)2期目に入って少しずつ認知度が上がってきたのはたしかですが、まだまだ道のりは長いですね。やはり自治体との話し合いでは、まだ認識がずれていると感じることが多いです。部活動改革の本質は、先生方の働き方改革や少子高齢化に伴う子どもたちのスポーツ環境の変化に対応することです。地域のクラブや総合型クラブに任せれば解決するという認識は、そもそも間違っています。
地域によってはまったく無関心なところもありますし、逆に自治体の首長が改革に反対しているケースもあります。皆が同じ方向を向くことが大切ですが、それがなかなか実現できていないのが現状です。一方で、前向きな自治体もあります。具体的には、山形県のある町では、町の予算をうまく活用して、地域住民を巻き込んだ取り組みが進んでいます。地域全体で子どもたちを育てるという意識が強く、自治体との協力体制が非常にスムーズです。
また、少子化の影響で子どもの数が減少している地域では、1つのクラブで複数の競技をサポートするなど、柔軟なアプローチが必要だということも見えてきました。これは、競技性を高めることだけでなく、子どもたちに幅広い体験を提供し、生涯スポーツとしての基盤を作ることにも繋がっています。
ーー自治体や協力者との連携が難しい部分もある中で、実際に参加している子どもたちや指導者、保護者の反応はいかがですか?
池淵)子どもたちや保護者の反応は非常に良いです。『子どもスポーツサミット』で行ったアンケートでは、7割以上の子どもたちが「まず楽しくスポーツをしたい」と回答していました。競技性よりも楽しさを重視する声が多かったのです。これには私たちも手応えを感じています。
さらに、保護者の皆さんからは「子どもたちが部活動に参加することで精神的にも成長している」という声もよくいただきます。特に、チームプレーを通じて協調性が身についたり、リーダーシップを発揮する場面が増えたという意見が多いです。こうした経験は、子どもたちの将来に大きなプラスになると信じています。
ーー勝利至上主義ではなく、楽しさや生涯スポーツに繋がる活動が今後の部活動の未来を形作るということですね。
池淵)その通りです。私たちも競技性よりも、ウェルビーイングを重視したスポーツを提唱しており、生涯にわたって楽しめるスポーツ環境を作りたいと考えています。それに、今後は地域社会全体がスポーツを通じて健康で豊かになるような仕組み作りにも力を入れていきたいです。
ただ、地域の課題も地域によって全然違うので、簡単にこうだという正解は出せないと思っています。部活動の地域移行も市区町村単位でやっていますが、その単位では難しいのではと感じる地域もあります。
そのため、我々は学校単位で入りこんで取り組んだりもしていて、少し国や自治体の方針と矛盾してる部分もあるのですが、ただ、やり続けることによって変化もしていけると思うので、常に正解を模索しながらやっていこうかなと思っています。
ーー今後「ブカツ未来アクション」や「YAMADA の “ブカツへGO!”」のようなプロジェクトを池淵さんはどのように発展させていきたいとお考えですか?
池淵)究極の将来像としては、地域のヘルスケアのインフラの整備です。未就学児から高齢者が参画できるヘルスケアツールとしてこの活動をしていこうと考えています。いろいろスポーツの指導を受けることができたり、地域全体の健康の状況や地域の文化交流の情報が集約するようなコミュニティを作ろうとしています。
我々がもともとやっていた取り組みで、『スポーツでの地域デザイン』というカテゴリーでグッドデザイン賞も受賞しました。これから地域をどうデザイン設計していくかというところが重要かなと思っているので、そういった地域のウェルビーイングのその先をリードしていきたいと考えています。
ーーありがとうございました!