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RCサクセション「スローバラード」冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード(第六夜)

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1976年01月22日 RCサクセションのシングル「スローバラード」発売日

リレー連載【冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード】第六夜
スローバラード / RCサクセション
作詞:忌野清志郎 / みかん
作曲:忌野清志郎 / みかん
編曲:星勝 / RCサクセション
発売:1976年1月21日

RCサクセションが1976年にリリースした珠玉の名曲「スローバラード」


イントロで鳴り響く、凛とした冬の訪れを思わせてくれる美しいピアノの旋律。それだけで心がすべて奪われてしまう名曲「スローバラード」。日本屈指のロックンロールバンド、RCサクセションが1976年1月にリリースした珠玉のラブバラードだ。

 昨日はクルマの中で寝た
 あの娘と手をつないで
 市営グランドの駐車場で
 二人で毛布にくるまって

ボーカルの忌野清志郎は生前、この歌は実話をもとに作ったと語っていた。デート中にタイヤがパンクしてしまい、仕方なく市営グランドの駐車場で眠りにつき夜を明かしたようだ。ともすれば、それはコミカルで決してロマンティックなシチュエーションではなかったのかもしれない。歌詞を読むだけでは、ハッピーエンドなのか、失恋の歌なのかわからない。さらには明確に冬の訪れを示す季語もない。つまり、歌詞の解釈は聴き手に委ねられるわけだ。

聴き手の想像力を掻き立てるものは、前述したピアノの旋律を含む楽器の音色、ドラマティックなアレンジ、そして感情の機微を細部に渡り見事に体現している忌野清志郎の歌い方だ。全てが渾然一体となって、聴き手ひとりひとりの心の中に心温まる物語を描き出す。

忌野清志郎の “聖域” とは?


忌野清志郎の歌声は圧倒的にソウルフルだ。ただ、それだけではない。チルアウトするような甘い雰囲気を作り上げながら、同時に心の陰影を映し出すような繊細さも兼ね備えている。たとえば、この部分は不安を振り切るような力強さを感じさせてくれる。

 カーラジオから スローバラード
 夜露が窓をつつんで
 悪い予感のかけらもないさ

しかし続くフレーズになるとーー

 あの娘のねごとを聞いたよ
 ほんとさ 確かに聞いたんだ

ーー 清志郎の声は微かに揺れ、迷いと苦しみを感じずにはいられない。そして同時に、一寸の穢れすらない清らかな思いが溢れている。

これが忌野清志郎の “聖域” だろう。それは聴き手ひとりひとりの心の中に悲しみを超越した “愛” の輪郭をきっちりと描き出すのだ。そしてその聖域は清志郎がステージから呼びかけた有名なMC “愛しあってるかい” に帰結する。そう、シンガーソングライターとしての忌野清志郎は、自身の生活や思考から感じ取った “嘘のない言葉” を描き続けた人だった。だからこそ、その鏡であるかのような素朴で直情的なリリックが、ダイレクトに心に響くのだ。

聴き手の心にそれぞれの物語を描き続けている「スローバラード」


この曲がリリースされた1976年は、RCサクセションがライブアルバム『RHAPSODY』でブレイクを果たす4年前。いわゆる不遇時代といわれ、RCサクセションが苦悩し、見えない出口を模索していた時期の曲である。そんな時期の心情をリアルに切り取った「スローバラード」は、そこに微かな希望を見出され、幾千幾万という聴き手の心にそれぞれの物語を描き続けている。

デート中にタイヤがパンクして、仕方なく車の中で夜を明かしたというエピソードは、青春期において誰もが経験する無為な出来事のひとつにすぎない。しかし、こんな経験がどれだけ得難いことかは年を重ねれば重ねるほどわかってくる。一晩中ファミレスで他愛もない会話に耽けたり、彼氏、彼女と夜中にコンビニをウロウロしたり、決してもう戻れない無為な日々を通過して、人は大人になっていく。

だからこそ「スローバラード」のそんなシチュエーションは、多くの人が共感し、リアリティを感じるのだろう。ーー 想像してみて欲しい。「♪カーラジオから スローバラード」という歌詞同様のシチュエーションで、不意にノイズ混じりのラジオから、あの冬の訪れを感じさせるピアノの旋律が鳴り響いたら、どんなにロマンティックなことだろう。この感覚は、リリースから50年近く経った今も変わらない。

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