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「難民」のイメージを覆す国際社会への挑戦『ザ・ウォーク 〜少女アマル、8000キロの旅』

ELEMINIST

2021年、戦争や迫害によって行き場を失った子ども達の存在を受け入れるよう国際社会に呼びかけるために、9歳のシリア難民の少女をかたどった人形が欧州を横断するプロジェクト“The Walk”が立ち上がった。そのプロジェクトからインスピレーションを受けた映画『ザ・ウォーク 〜少女アマル、8000キロの旅』が7月11日より公開される。

深刻化する難民危機から生まれた ​​“The Walk”

©JEAN DAKAR

2025年6月、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「紛争で故郷を追われた人の数が、過去10年で衝撃的な高水準に達した」ことを発表した。

最新の「グローバル・トレンズ・レポート」によると、「迫害、紛争、暴力、人権侵害または公共の秩序を著しく乱す出来事の結果として、2024年末までに世界中で強制敵に避難を強いられた人々は1億2,320万人」で、「子どもは世界人口の29%を占めているが、強制的に避難を強いられた人々の40%は18歳未満の子どもたち」だという(※)。

※ GLOBAL TRENDS FORCED DISPLACEMENT IN 2024

難民のDNAを持つ劇作家の新たな挑戦

2021年、こうした現状を国際社会に訴えるために、劇作家で演出家のアミール・二ザール・ズアビが「The Walk」プロジェクトを立ち上げた。9歳のシリア出身の難民の少女をかたどった3.5mの人形“リトル・アマル”が先導する、シリアとトルコの国境のガズィアンテプという町からマンチェスターまでの道のりを舞台にした壮大な劇であり、アマルが一人で旅する移動型アートフェスティバルだ。「アマル」とは、アラビア語で「希望」を意味する。

アミール指揮のもと“リトル・アマル”をデザイン・製作したのは、南アフリカのケープタウンを拠点に活動する有名な人形劇団ハンドスプリング・パペット・カンパニーだ。さらに、人形使い達が訓練をしてアマルに命を吹き込む。彼自身、ユダヤ人の母親とパレスチナ人の父親を持ち、「難民の経験は家族のDNAに深く刻まれている」。

アミールが演劇を実践するようになったキッカケは、14歳の時に、治安の悪い場所(パレスチナ)で偶然観た演劇の公演だった。「目の前で現実が生み出されていくこと、その現実が可能性に満ちていて、大胆で自由があるのが気に入った。私たちの生きる厳しい現実とは正反対のものが生み出されていたことにすっかり魅了された」。

プロジェクトを通じて訴えたいこととは

「何十万人もの人々が痛みと苦しみを抱えながら、パレスチナ国内やヨーロッパ中を放浪していた時に、私は新しい演劇のモデルを生み出す必要があると考え始め、作品を劇場の外へ、難民の人々の歩いている町へと出してやる必要があるのではと思いました」。そして、難民の人々の経験について演劇作品をつくっているGood Chanceというカンパニーと一緒に「The Walk」をつくり、2年の準備を経て、2021年に始まった。

アミールは訪れる各地の人々にこう投げかけたと言う。「どうやって彼女を迎えますか? 彼女から何を学び、何を教えたいですか?」。

そのため、「アマルが道中で出会うイベントはパートナーたちが企画したもので、街全体で開かれるインスタレーションや参加型パフォーマンス、通過ルートのコミュニティや芸術作品とさまざま」な形で呼応し、アマルの旅を豊かに彩っていく。

アミールは強調する。「重要なのは『ザ・ウォーク』 が惨めな旅ではなく、誇りに満ちた旅だということです。私たちは難民に対する見方を変えたいと考えています。難民を課題や問題として語るのではなく、彼らのもたらしうる可能性や彼らの祖国の文化的な豊かさについて語り、難民の経験を称えたいのです。私たちが共有する人間性や希望を称える機会にしたいのです」。

「難民が社会の重荷であるという認識を変えたい」

©JEAN DAKAR

タマラ・コテフスカ監督は「このプロジェクトの力を使ってこれまでの映画で見たことのないような方法で難民の体験にアプローチしたいと強く思いました。それは、おとぎ話のようなアプローチです」と語るように、ヨーロッパにおける本プロジェクトに同行し、ドキュメンタリー、人形劇、演劇、フィクションの要素を組み合わせたユニークな表現方法を用いた作品に仕上げた。

さらに、「バルカン半島出身の映画監督として、長年、この地域を通過する難民たちの静かな闘いを目の当たりにしてきた」と言うタマラ監督。

「自分たちも長年紛争の悲惨さを経験しているにも関わらず、バルカン半島は戦争から逃れてきた中東からの難民たちに定住権を提供してこなかったという事実を、私は誇りに思えません。難民は幽霊のように扱われ、目に見えない存在として、気づかれずに通り過ぎる操り人形のように扱われているのです」。

「しかし、本作は助けを求める悲痛な叫びではなく、難民の闘い、強さ、平等であるための能力を称えるものなのです。メディアでは、難民は犠牲者であるというストーリーで埋め尽くされていますが、私はこの映画で難民が社会の重荷であるとか、巻き添えであるという認識を変えたいと思っています。アマルや映画の中で出会う人たちのように、難民は多くのことを提供できるひとりの人間であることを示したい」。

故郷とは人を愛し、愛されること

©ユナイテッド・ピープル

世界難民の日の6月20日、本作配給会社のユナイテッドピープルはイベントを開催し、日本在住のシリア人で、難民の背景をもつ人々の支援活動も行っているアナス・ヒジャゼイさんが参加し、故郷を離れた時のことを観客に共有した。

「当時、私は22歳の学生でした。ホムスは毎日死ぬかもしれないような状況で、父が逃げてと言い、家から離れました。いつ帰るかもわからなかったのですが、その時はこんなに何年も経つとは まったく想像もしていなかったです。8時間の旅でしたが、ずっと泣いていたんです。母の、兄弟の笑顔にまた会えるのか、生きていけるかどうか…。ものすごく大変でした」と当時を振り返った。彼が故郷を離れて12年が経つ。

二人の弟たちは、ボートで欧州へ向かったが、その先で検問に捕まるなど苦難は続いた。「同じように避難した人々のなかには、亡くなった人たちもいました。ただ、 他の選択肢がなかったから、こういう道を選びました」。

最初に逃れたレバノンでは、「ずっと難民だと見られて、とても大変だった。レバノンとシリアは文化も言葉も食べ物も近いのですが、ずっと友達ができませんでした。絶対に“HOME”だと思わなかった」と言う。しかし、6年前に日本に渡ってきて、「初めて“HOME”を感じることができた」。

「日本では人々が家族のように迎えてくれたり、助けてくれたりした。失敗してもずっとそばにいてくれた。私のことを好きになってくれて、家族のように感じています」。

『ザ・ウォーク 〜少女アマル、8000キロの旅』80分/イギリス/2023年/ドキュメンタリー

戦争や迫害で行き場を失った子どもたちの存在を受け入れるよう国際社会に呼びかけるために、9歳のシリア難民の少女をかたどった人形が欧州を横断するプロジェクト“The Walk”。これに影響を受け制作された映画『ザ・ウォーク 〜少女アマル、8000キロの旅』が7月11日より公開される。

監督:タマラ・コテフスカ (アカデミー賞ノミネート『ハニーランド 永遠の谷』2019年)
配給: ユナイテッド・ピープル

2025年7月11日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
公式サイト:https://unitedpeople.jp/walk

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