産後クライシス うつ病を経験したワーママが人生をかけて見つけた「ワンオペ育児」の答え
「不本意なワンオペで悩んで、試行錯誤していました」と語る人気コミックエッセイ作家ハラユキさん。ワンオペ育児で限界・頑張りすぎのママやパパが楽になるヒントを聞く。
【画像】産後ワンオペ・夫の転勤・うつ病を乗り越えた方法とは?育児のモヤモヤ、抜け出したい…!
「自分の家庭をなんとかするため、でした」
そう語るのは、人気コミックエッセイ作家のハラユキさん。新著『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』執筆の理由を、率直に説明します。
家事や育児を一人でこなして、ココロもカラダも限界。誰かに助けてほしい……けれど、頑張り屋な人ほど「私がやらなきゃ」と抱え込み、苦しくなってしまうことも。
どうしたら、このモヤモヤと苦しさから抜け出せるの?
そんな疑問に答える一冊を世に送り出したハラユキさんは、自身も共働きワンオペ育児を経験している、令和のワーキングマザーです。
『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』では、国内・国外のワンオペ経験家族に取材し、育児の「不本意なワンオペ」に注目。モヤモヤのタイプ別に、体験談と対策を「31のヒント」として紹介しています。
「あるある!」な共感と、具体的なエピソードが満載の作品は、どのように生まれたのでしょうか?
ワンオペで産後クライシスを経験
2000年代からイラストレーター、コミックエッセイストとして活躍するハラユキさん。シンプルな線で表情豊かに描かれた人物や動物、美味しそうな食べ物の作品は、新聞・雑誌、広告などを数多く飾っています。
仕事も趣味も充実していたハラユキさんの生活に変化が訪れたのは、結婚そして出産がきっかけ。激務のパートナーは家事育児に加われず、ワンオペでの産後クライシスを経験します。
「夫婦がギスギスして、一緒にいると疲れてしまうようになって。家族なのにこのままじゃダメだ、なんとかしなきゃと焦る中、自分の考えや体験談を整理してエッセイにまとめようと、『ほしいのは「つかれない家族」』という連載を東洋経済オンラインでスタートしました」
その直後に、新たな変化が訪れます。夫に海外転勤の辞令が下り、2017年から2年間、幼い子を連れての駐在生活が決まりました。今度はスペイン・バルセロナで、ワンオペ育児をするようになったのです。
社会も文化も違う、知り合いもいない環境での、新たなワンオペ育児。ですが家族をめぐる連載を持っていたハラユキさんは、取材先を国外の人に広げよう! と、この機会をポジティブに捉えます。
「バルセロナに住んで、日本とは違う社会での家族を知るうちに、制度や文化の違いが家庭に与える違いに興味が出てきたんです」
社会と文化の違いが『家族』をどう変えるか
もともと人の話を聞く取材の仕事が好きだったハラユキさん。自分の体験がテーマになることの多いコミックエッセイの世界で他者の体験を取材しそれを丁寧に綴る手法で、スタイルを築いていきます。
掲載先は男性読者の多いビジネスメディアでしたが、働く人が家事育児もする、共働き家族が多数派になった時代。連載は好評を博し、順調に続いていきます。
「私が知りたい、と始めた仕事が、結果的に誰かの役に立っていくのは嬉しい。でもあくまで最初の動機は、自分のためです。それを考え方や事情の違う読者に押し付けるような『エゴ』が出てこないように気をつけています」
持ち前のリサーチ力と行動力で、ハラユキさんはSNSなどで気になる家族を見つけたら、取材をお願いして会いに行くように。ヨーロッパは国と国の距離が短く、数時間で行けてしまう地の利もありました。
「各地でさまざまな国の人々と話し、視野がぐんと拡大しました。その国の子育てについて描くときには、社会や制度についても調べるので、私の世界が広がりましたね。読者さんの反応もよかったです」
さまざまな家族を扱うコミックエッセイで、ハラユキさんが核に据えたのが、「幸せにする」ということ。
「読んだ後、読者の方々の家族が、もっと幸せになってほしい。だからこそ、取材を受けてくださる方々も不幸にしないように気をつけています。間違ったことを描かず、誤解なく正しく伝わるように」
スペインからも届け続けてきた『ほしいのは「つかれない家族」』の連載の内容は、一気にインターナショナルに。日本と諸外国の取材から単行本が生まれ、ハラユキさんの仕事には、社会派の作品が増えていきました。
コロナ禍とうつを乗り越え大学院へ
家族について描くうち、育児支援制度や不登校など、社会問題を扱うようになっていったハラユキさん。
興味のままに取材を重ねてきましたが、「これでいいのか? 勉強しなおしたほうがいいのでは?」との思いが、次第に強くなっていきました。
その思いが確信に変わった決定打が、コロナ禍です。人々が家で過ごす時間が増え、リモートワークと育児など、これまでにない家族の問題が、日本社会で表面化してきました。
「家族というのは本当に、社会・文化に直結しているのだなと、改めて気がつきました」
そしてコロナ禍が落ち着いたころ、ハラユキさんは精神的に調子を崩して、軽度の「うつ」との診断を受けます。
「何かあったら人に『あなたはどうしてる?』と訊く、ヒントを尋ねるという反射神経があったので、幸い、うつも早い段階で治療できました。ここでストレスの整理をして、仕事への向き合い方を考え直すことになったんです」
思いを巡らせたのは、社会問題をテーマにする責任の大きさ、そしてやはり「勉強したい」という願い。
社会問題を描き続けるためには、手法はエッセイであっても、ジャーナリズム的な意識と精度が必要ではないか──そう考えるハラユキさんの前に現れたのが、「コミックジャーナリズム」という言葉でした。
「アメリカでは確立されたコミックの一分野で、先行研究もありました。自分が仕事に対して抱いていたモヤモヤを理解したい、整理したい。ジャーナリズムを学べば、それができるのではないか、と」
大学院(※)で学べると知り、お子さんが中学生になるタイミングで、社会人入試にチャレンジ。(※早稲田大学 大学院政治学研究科 ジャーナリズムコース)
2024年に見事合格し、ハラユキさんは今、家事育児・仕事・学生の3足のわらじを履く生活を送っています。
「やりたい!と思ったらやってしまう性格で。要領は良くないし、ストレスは溜めすぎてしまうし、毎回パンクするんですが……(苦笑)。何かあったら早めに整理して、必要なら早く休んでと、対処するようにしています」
家族の問題を整理して解決法を探る
『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』は、「理解したい 整理したい」というハラユキさんの思いがそのまま現れている一冊になりました。たとえばワンオペ育児を4つのタイプに分類したこと。
「ワンオペ育児はつらい、と一言で言われますが、その内容や事情はさまざまで、つらさの仕組みが違ったり、まったくつらくない人もいます。その違いはなんだろう? と考えたときに、『不本意』という言葉に気づいたんです。私自身も不本意なワンオペで悩んできて、試行錯誤している一人でした」
不本意にはどんな形があるのだろう? それを減らすために、みんなはどんな方法をとっている? これまで日本国内で、国外で取材した家族たちのエピソードを見直し、整理し直す作業から、ワンオペの4つのタイプを見出したと言います。
それを伝えるときに気をつけたのは、男女で括りすぎないこと。海外の例など「別世界の体験」では、それを知らない読者にも伝わるようにすること。詳しい説明が必要な情報は自分のキャラクターで「合いの手」を入れたり、怒りや苦しみの描写では動物風のキャラクターを使うなど、表現でも工夫を凝らしています。
そうして作り上げた一冊を、届けたい人は? 尋ねると、ハラユキさんは優しい声で答えました。
「ワンオペで大変な思いをしている、かつての私のような人に。ワンオペ育児の最中でパートナーに責められている人や、家事育児のメイン担当ではない人にも読んでほしいです。ワンオペ育児になってしまう働き方や社会の仕組みが変わり、育児する人のイライラやモヤモヤが少しでも減ることを祈っています」
ここ10年で子育てをめぐる制度や環境の改善が、まだまだ課題は多いもののスピードアップしている日本。そこにはハラユキさんのように、自身の体験をもとに共感を大切にして、「もっと良くなってほしい」との願いを伝えてきた人たちの存在があります。
子育て当事者が発信するコミックエッセイや書籍などのメッセージが、ますます増えて読まれていくと、日本の親たちはもっと勇気付けられ、子育て環境ももっと良くなって行くでしょう。
ハラユキさんの本はそう思わせてくれる、優しくて力強いエンパワメント・コミックなのです。
取材・文/髙崎 順子
イラスト/ハラユキ(『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』より)