湖で生きることを選択した<ヒメマス> 朝の屈斜路湖に現れた神々しい魚を観察してみた
ヒメマスという魚を知っていますか。ベニザケという海へ降りるサケの仲間がいますが、ヒメマスはその陸封型(海へ降りない個体群)になります。
日本でベニザケはほぼ見られませんが、ヒメマスは北海道の一部の湖などで見ることができます。
そんなヒメマスを観察・撮影するために10月中旬、筆者は北海道・屈斜路湖にフィールドワークへと出かけました。
ヒメマスを観察しやすいのは屈斜路湖
ヒメマスはベニザケの陸封型にあたります。現在、北海道でベニザケが天然遡上する河川はありません。
日本におけるヒメマスは北海道の阿寒湖とチミケップ湖が原産であるとされ、そこから同じ北海道の屈斜路湖(くっしゃろこ)や青森県の十和田湖、神奈川県の芦ノ湖などに移植されたと言われています。
原産とされる阿寒湖やチミケップ湖ですが、これらの湖でヒメマスを観察することは難しいようです。
現在、比較的観察がしやすいのは屈斜路湖。そこで筆者は屈斜路湖へ向かい、ヒメマスの様子を観察しようと試みました。
屈斜路湖のヒメマスを撮影するには? 陽光を考慮したプラン
屈斜路湖におけるヒメマスは、水深の浅い湖底の湧水が湧出する場所に産卵床を形成するとされています。
カメラ撮影で重要になってくるのは「光=明るさ」。明るい場所で撮影できるか否かが鍵を握ります。
屈斜路湖へ向かう日の前日に天気予報を確認すると、午前中のみ晴れ予報。朝一で屈斜路湖に乗り込み、水深の浅い場所でヒメマスを探して撮影することになりました。日照時間を考慮した陽光作戦です。
赤く染った婚姻色のヒメマスがそこにいる
屈斜路湖を訪れる当日。朝早くベッドを飛び出し、朝ごはんを食べることもなく車へと乗り込み、爆速で屈斜路湖の湖畔へ。
湖畔へ到着し、さっそく水面を見てみると……。
探すまでもなく、膝下くらいの水深にヒメマスがたくさん泳いでいるのがわかりました。赤く染った婚姻色で、水面からもその魚体がひと目でわかります。
時々オス同士が争いあい、水面がバシャバシャと揺れます。ということは、この付近に彼らの産卵床があるのでしょう。
産卵床を踏みつけてしまうと、当然悪影響を及ぼします。踏まないよう慎重に奥まで進みます。
一生忘れることのない景色と神々しい姿
膝下の水深帯にもヒメマスはたくさんいますが、かなり濁っていて、とても撮影できる環境ではありませんでした。もう少し深場まで行けば透明度も高くなると思い、さらに湖の奥へと進みます。
そこで目にした光景は、一生忘れることはないでしょう。
海とはまた別の、青とも緑とも取れる、美しい水景世界。陽光が差し込むことでその美しい光景に磨きがかかります。
これでも少し濁っている方ですが、十分な美しさです。
その中を悠々とヒメマスたちが泳ぎます。同じ遠征中にシロザケの遡上も見ましたが、シロザケとはまた別の、とても優雅で神々しさすら感じる姿で私を出迎えてくれました。
<ベニザケらしさ>と<ベニザケとも違う魅力>
もちろん当の本人(本魚?)たちは、繁殖目的で湖畔へ来ているだけであり、私たちを出迎えてくれたわけではありませんし、美しくなろうとして、その姿になっているわけでもありません。
力尽きて湖畔に横たわるヒメマスたちも何尾かいました。
ただ、その姿と力強さには、生命の美しさを感じずにはいられません。動物たちの織り成す生態行動、生き様はいつ見ても心が踊りますし、勇気づけられます。
ヒメマスのオスはメスと比べて明確に背中に“セッパリ”が出ており、その姿は降海型のベニザケも彷彿とさせます。
一方、ベニザケともまた違った魅力があるように感じます。
特にその大きさと体色。ヒメマスはベニザケよりも小さく紅色も薄いですが、その小ささと薄さこそがヒメマスの証。その姿が屈斜路湖の水景に抜群に調和するのです。
大きくて婚姻色が強いから良い魚というわけではありません。この“道東の魚”感は、北海道のヒメマスだからこそ感じられるのでしょう。
ヒメマスを深く理解したい
無事にヒメマス観察を終えることができました。もちろん満足しましたが、本記事を執筆している現在、なんとも言えない“物足りなさ”を覚えます。
「あのヒメマスたちの生態行動を繰り返し見続けていないとわからないものもあるだろう」と感じているのです。
本州では、湖畔ではなく流入河川を遡上するヒメマスも観察できるそうです。また、十和田湖のヒメマスについて調べると、屈斜路湖よりも明らかに体色が薄く感じられます。
先にも述べた通り、婚姻色が強く出ているから良いという訳ではありません。遡上個体には遡上個体の、十和田ヒメマスには十和田ヒメマスの良さが必ずあります。
今回の遠征でヒメマス観察の第一歩を踏み出したとはいえますが、彼らをより深く知るためにはまだまだやらねばならないことが山積みです。
今後もよりヒメマスを深く理解していけるよう、継続的に各地のヒメマスを観察していこうと思いました。
(サカナトライター:みのり)