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IT業界の採用基準が爆上がりの実態とは?「トップカンファレンス採択」を必須要件にする企業も

エンジニアtype

IT業界の採用基準が爆上がりの実態とは?「トップカンファレンス採択」を必須要件にする企業も

最近HOTな「あの話」の実態

ソフトウエアエンジニアの採用現場に今、大きな地殻変動が起きています。

各社の求人が明らかに減少しているのに加えて、採用基準が過去になく高くなっているのです。

なぜでしょうか?

その背景には、生成AIの急速な普及と、企業が直面している経済環境の変化があります。これまではジュニア層も含めて幅広く採用されていたポジションが、今では”本当に成果を出せる人材”に限定されつつある。

その動きは国内外を問わず、テック業界全体に確実に広がっています。

今回は、この「採用基準爆上がり」現象の正体と、それにどう向き合えばよいのかを掘り下げていきたいと思います。

博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(

@makaibito

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる

目次

なぜ採らない? 採用数減少の真相日本のテック企業が直面する採用市場の変化生成AIの普及が“人材の選別”を加速爆上がりする採用基準の中身データ化されにくい知見がある“ベテラン”の価値が上昇AI時代に生き残るためのキャリア戦略

なぜ採らない? 採用数減少の真相

アメリカの求人動向を見ると、ソフトウエアエンジニア需要の急減が目立っています。Indeed Hiring Labのデータによると、ソフトウエア開発職の求人はコロナによるパンデミック後の2022年初頭を頂点に、現在は、パンデミック前水準を大きく下回る水準まで落ち込んでしまいました。

参照元

2020年2月を100とすると、2022年2月には240に迫る勢いだったのが、2024年5月には64.4まで急落。2025年5月現在も、60.8と低迷したままです。

この求人数減少のきっかけは、2022年度から適用がはじまった米国における税制変更といわれています。具体的にいうと、研究開発(R&D)費用に関する税務上の規定を定めた「セクション174」が改定され、一括で損金計上できていたR&D費用を5年かけて償却しなければならなくなった結果、企業の税負担が増し、雇用数や新規採用数に大きな影響をおよぼしていると指摘されています。

これまで、莫大な研究開発費によって世界のIT産業を牽引してきた米テック業界にとって、この税制変更が大きな痛手であるのは間違いありません。事実、2023年にMicrosoftは、48億ドルもの追加徴税を強いられており、R&D費用の比率が高い上、財政基盤が脆弱なITスタートアップのダメージは計り知れません。

この税制変更は適用こそ2022年ですが、2017年(決定は2015年末のTCJA)には決定されていたことに注意が必要です。2022年まではコロナ禍の金余り減少と相まってIT投資が加速していき、税制変更なども気にしていない状態だったものの、途中からバブルが弾けて採用も減衰していったというのが正しい状況理解でしょう。

さらに、インフレによる人件費の高騰、景気後退、金利上昇といったマクロ経済の不安定さも重なり、企業は人を増やすより、リスクを抑える判断を優先しています。こうした流れのなかで、省力化・効率化へのニーズが増していきました。

日本のテック企業が直面する採用市場の変化

翻って日本の状況はどうでしょうか。

たしかに、米国税制の変更が国内テック企業に与える影響は、米国資本の日本支社やその関係先を除けばごくわずかです。しかし、だからといってソフトウエアエンジニアの採用が活発なわけではありません。

慢性的な人材不足に加え、以下の複数の要因が重なり、企業の採用活動に大きな影響を与えています。

【企業の採用活動に影響を与えている現象】

●インフレによる賃金と採用コストの高騰
●コロナ禍でのリモートワーク投資の収束
●DXブームの終焉
●ローコード、ノーコードツールの普及
●過熱から減速に転じたスタートアップ投資市場の低迷

これらの要因が複合的に作用し、採用の選別が進んでいます。

2024年の帝国データバンクの調査によれば、ソフトウエア業の倒産件数は3年連続で200件を超え、特に小規模なSESや受託開発会社が社会環境の変化に大きな打撃を受けていることが分かります。

また、現在進行中の東証グロース市場における上場維持基準の見直しも、ソフトウエアエンジニアの採用市場に暗い影を落とすことになるかもしれません。

ITスタートアップ、この夏“資金尽きる”企業が続出か「承認欲求より“商人魂”がある企業は生き残る」https://type.jp/et/feature/28381/

検討されているIPO基準の変更、具体的には「上場から10年で時価総額40億円以上」から「上場から5年で時価総額100億円以上」への引き上げが実現すれば、多くのスタートアップにとってIPOが最良の資金調達戦略とは言い難くなります。

もし、資金調達の選択肢としてIPOよりもM&Aを選ぶスタートアップが増えれば、リソースの集約が進み、結果としてソフトウエアエンジニアの新規採用数が減る可能性も否定できません。

つまり、事情は異なれど、「成果が出せる人しか採らない」という共通の傾向は、日米問わずテック企業全体に広がっていると言えるわけです。

生成AIの普及が“人材の選別”を加速

このようなコスト圧縮と省力化への圧力が高まる中で、生成AIの登場はあまりにもタイムリーでした。ChatGPTの登場を皮切りに、「GitHub Copilot」「Cursor」「Devin」といったAIエージェントが一気に市場に広がり、開発現場に急速に浸透していったのです。

それに伴い、エンジニアに求められるスキルや立ち位置も変化しています。”人を雇う前に、AIで代替できないか?”という観点で人材採用が検討されるようになり、従来のように育成前提でジュニア人材を多く採用するやり方は、見直されつつあるのです。

実際、人材紹介会社を介してソフトウエアエンジニアを採用する場合、ここ最近は紹介手数料だけで初年度想定年収の40-45%万円は下りません。ミスマッチが起これば大きな損失になります。そんな中で「AIにできることはAIに任せたい」という経営判断が進むのは自然な流れです。

かつては国内の開発案件で重宝されたオフショア開発も、現地の経済発展に伴う人件費の高騰と円安の影響で、そのメリットはかなり薄れてきました。言語と文化の壁を越えるのに必要なコミュニケーションコストと、生成AIを使いこなすための学習コストを比較すれば、後者に将来性を見出す企業が増えるのは当然のことです。

将来的に既存の人員規模で効率的な開発が可能になる見込みが立つならば、離職や負債化のリスクがある人材をあえて採用するよりも、生成AIに先行投資する価値があると考える企業は増えています。

最近、私と交流があるスタートアップでは生成AIチャットボット受託開発が花開いたため、一般のプログラマではなく生成AIエンジニアのポテンシャル採用を始めました。

爆上がりする採用基準の中身

特に採用基準の変化が顕著なのが「AI人材」です。かつてはモデル開発や統計解析ができるごく一部の専門人材を指していたこの肩書も、ChatGPT以降の大衆化により曖昧になりつつあります。

現在では、AIエンジニアという言葉で指される対象が二極化しているように感じています。一つは、アルゴリズムやモデル自体を構築する専門職タイプ。もう一つは、すでにあるエンジンをAPI経由で業務に活用する実装・応用型タイプ。両者の役割や採用要件は全く異なるにも関わらず、「AIエンジニア」とひと括りにされることで、現場では混乱も起きています。

実際に採用現場で求められている基準は、年々ハードルを増しています。例えばあるAIベンチャー企業の新卒AI人材に対する要件では、以下のような条件が並びます。

●トップカンファレンスでの採録実績(確からしいアウトプット)
●商用レベルのプログラミングスキル(インターンなどでの開発経験)
●ビジネスマインド(実装と価値提供の視点を持てるか)

表向きは「②③はor条件」とされることもありますが、実際は三つすべてを満たしていることがほぼ前提です。こうした要件は新卒に限った話ではなく、ミドル層・シニア層の採用でも、レベル感は年々厳格になっています。

重要なのは、この二つを同質に扱わないことです。エンジニアとしてのキャリア設計を考える上でも、自身がどちらの領域で価値を出していくのかを意識的に選び取り、適切なスキル構築を行う必要があります。

データ化されにくい知見がある“ベテラン”の価値が上昇

こうした背景から、今最も価値が高まっているのは、実務経験が豊富で判断力・対人調整力を備えたベテラン層です。AIによってコーディングの敷居が下がったからこそ、生成されたコードの意図や品質を見極め、修正し、システム全体に適用する力が必要とされています。

私が現場で聞く話では、40代〜50代のエンジニアの採用がむしろ増えているという声もあります。その背景には、「炎上を収めた経験」や、「AIが苦手とする要件定義や折衝力への信頼」「生成されたコードを評価できるだけのコーディングスキル」などがあります。

危機感を覚えるべきは、中高年エンジニアよりも、むしろ若手エンジニアの方かもしれません。

そもそもコーディングのスピードで人間は生成AIにかないませんし、コードの質を担保できるのは、吐き出されたコードを適切に評価し、手を加えて改善できる経験豊富なベテランに分があるのは明らかだからです。

一方で、若手エンジニアが生き残るには、生成AIの活用実績や技術力の可視化がカギになります。例えば、業務改善に生成AIを導入した経験をポートフォリオにまとめている人や、GitHub上でAI支援のもと構築したプロジェクトを開示できる人は、実務経験が浅くても評価されやすくなっています。

生成AIの利用は有償ではあるものの「興味を持っているが触ったことはありません」という方はNGになっています。自社で生成AIを利用したシステムを作り、社員が利用するまで乗せることが望ましいです。

そのような環境にない場合はポケットマネーでも良いので課金し、生成AIを用いながらプロダクトを作成し、公開し、誰かに使ってもらうことが要件になりつつあります。

AI時代に生き残るためのキャリア戦略

採用数が減り、採用基準が上がる。しかもその基準は従来の延長線ではなく、生成AIと経済合理性によって大きく再定義される。この現実は、今後ますます加速するでしょう。

そんな中でエンジニアが生き残るためには、次の二つの軸を強化することをおすすめします。

1.生成AIと協働し、使いこなす技術的リテラシーと応用力
2.AIでは補えない「曖昧さ」や「関係性」を捉え、形にできるスキル(要件定義力、ビジネス理解、実行力)

こうした非テクニカルな能力の重要性は、企業の現場でも再評価されています。最近、複数の企業と話す中で、「社会人基礎力」*が改めて見直されているという声を聞いています。

社会人基礎力とは、経済産業省が提唱する「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」といった、仕事の土台となるスキル群です。技術スキルと違い、形式的な証明が難しい分、実務経験や具体的なエピソードで伝えることが求められます。特に、AIに代替されにくい分野で価値を出すためには、こうした力がより重要になってきているのでしょう。

技術トレンドをキャッチアップし、生成AIを使いこなすスキルを磨くこと。そして、AIでは代替しにくい領域で自らの存在価値を示す力を育てていくこと。
こうした両輪を意識し、自らの価値を明確に示せる人こそが、AI時代を生き抜くキャリア戦略を手にしていくのだと思います。

*参考:経済産業省「社会人基礎力」資料

構成/武田敏則(グレタケ)、編集/玉城智子(編集部)

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