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【正体不明の怪異たち】姿は知られているが、何をするか分からない妖怪伝説

草の実堂

画像 : うわん public domain
画像 : 河鍋暁斎 作「百鬼夜行」 public domain

『妖怪絵巻』というものをご存知だろうか。

文字通り妖怪を描いた巻物の総称であり、平安~江戸時代にかけて、数多くの作品が、様々な絵師によって描かれた。

江戸時代になると印刷技術が発達し、多くの妖怪書物が民間にも出回った。
妖怪は庶民に消費される娯楽であり、選り取り見取りの妖怪たちは、人々を大いに楽しませたのである。

妖怪画の基本スタイルとして、妖怪のイラストと共に、その妖怪についての詞書(説明文)を記載する、というものがある。
だが中には、詞書(説明文)が付属していない、イラストだけの妖怪も数多く存在する。

そういった妖怪は謎多き存在として、現代においても様々な考察がなされ、妖怪マニアたちを楽しませている。

今回はそれら「姿だけ分かっている妖怪」たちとその解釈について、解説を行っていきたい。

1. うわん

画像 : うわん public domain

うわんは、江戸時代の妖怪画に多く描かれている妖怪の一つである。

絵師・佐脇嵩之が記した『百怪図巻』には、歯はお歯黒で黒く染まり、三本の指から生える爪は鋭利に尖った、恐ろしい姿のうわんが描かれている。
解説文はなく詳細不明であり、それゆえ様々な解釈がされている妖怪である。

怪奇作家・佐藤有文の説によれば、うわんは廃れた寺などに生息する妖怪であり、人が通りかかると「うわん!」と躍り出てくるそうだ。

もし、その人が驚いて腰を抜かしてしまえば、そのままうわんに惨殺されてしまう。
しかし慌てずに、こちらも逆に「うわん!」と言い返すことで、この妖怪は退散するという。

また、小説家・山田野理夫の怪談集「東北怪談の旅」には、以下のようなエピソードが収録されている。

(意訳・要約)

これは江戸時代の青森県(津軽藩だろうか?)の話である。

とある夫婦が、古い屋敷を購入して移り住んだそうだ。
だが引っ越してきたその日の夜に、何者かが「うわん!うわん!」と頻りに叫ぶので、二人は一睡もできなかった。

翌朝、近所の人々に聞き込みをしてみたが、誰一人としてそのような声を聞いた者はいないという。
それどころか、疲労困憊し、目も真っ赤に充血した二人を見て近所の人々は、「引っ越し初日からお盛んですな(笑)」などと、からかう始末であった。

しかし、その話を聞いたとある老人は、こう語った。

「古い屋敷には得てして、うわんという妖怪が棲みつくものだ。あなた方が聞いた声は、うわんのものに間違いないだろう」

つまり、この家に住んでいる限り、一生「うわん!」という声に悩まされ続けるのである。

これでは夜の営みも、ままならないだろう。

2. 苧うに

画像 : 苧うに 草の実堂作成

苧うに(おうに)とは、江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に描かれている妖怪だ。

その姿は、全身が毛に覆われ、耳まで口が裂けた、鬼のような出で立ちである。
やはり解説文がないため、どのような妖怪かは分かっていない。

注目すべきは、その特徴的な名前であろう。
苧うにの「苧」はカラムシ、もしくはその繊維で作った糸を意味する言葉である。

苧に関係の深い妖怪の一つに、「山姥(やまうば)」という妖怪が挙げられる。
山姥は山中に住む老婆の妖怪で、人を喰らう恐ろしい怪物だとされる。
だが中には、人助けを行う善良な山姥も存在する。

女たちが苧から糸を作る作業をしていると、突然現れた山姥が手伝ってくれたというエピソードが、日本各地に伝承として残っているそうだ。

苧から糸を作り出すことを、「苧績(おうみ)」と言う。
この「苧績」が転じて「苧うに」となったと考えられる。

つまり、苧うにという妖怪は、山姥そのものを表しているという説が有力である。

3. 為何歟

画像 : 為何歟 草の実堂作成

為何歟(なんじゃか)は、文政3年(1820年)頃に作られたとされる、作者不明の妖怪絵巻「化け物尽くし絵巻」に描かれる、謎の妖怪である。

なんとこの妖怪は、胸から上の部分と足首が描かれておらず、下半身しか描写されていない、前代未聞の妖怪である。
もしかしたら下半身だけの妖怪なのかも知れないが、それはそれで極めて前衛的な姿といえる。

一応、尻尾のようなものはついており、手もどことなく猫の手に見えなくもない。
このため、獣が人間に化けた妖怪ではないかと、語られることがある。

他にも、為何歟という名前自体が、言葉遊びになっているという説も存在する。
為何は「なにすれぞ」、つまり「何で?」「どうして?」といった意味になる。
歟は文末に付ける言葉であり、「~か?」「~であろうか」といった意味だ。

つまり為何歟とは「なんだこれ?」といった意味であり、それを表現した結果、このような奇抜な姿の妖怪が描かれたのではないかと考えられている。

4. あすこここ

画像 : あすこここ 草の実堂作成

あすここことは、肥後国(現在の熊本県)の絵師・尾田郷澄が天保3年(1832年)に作成した妖怪絵巻、「百鬼夜行絵巻」に登場する妖怪である。

その姿は、暗黒の霧の中に無数の怪物の手や顔が浮かんでいるという、なんとも悍ましいものだ。
例によって詳細不明の妖怪であり、その名前や姿から、様々な考察がなされている。

あすこ、は「あそこ」であり、「ここ」と合わせて、場所を指すという説がある。
つまり「あそこにもここにも妖怪がいる」様相を描いたものであるという解釈だ。

他には「明日も此処にいる」という解釈があり、この場合、毎日その場で、ずっと漂っている妖怪ということになる。

未来永劫存在し続ける、普遍の存在というわけだ。

参考 : 『東北怪談の旅』『続日本妖怪大全』『妖怪図鑑』他
文 / 草の実堂編集部

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