「築地に行ったらチャーシューエッグを食え」と熱く語る
昔、築地といえば安くて美味いものを食える場所だったと私(佐藤)は認識している。それが今では、外国人観光客がこぞって押し寄せて観光地化して、美味いものは食えるけど、価格が高くなってしまった。これも時代の流れか……。
しかしながら、まだ外国人観光客は気づいていない。彼らは、高価な魚介類や手軽に食べられるストリートフードに気を取られているけど、本当に食うべきなのはチャーシューエッグだ。築地価格で少し値は張るけど、これぞ庶民の味。今日はチャーシューエッグについて、熱く語ろうぞ。
・チャーシューエッグ? オーイエー!
卸売市場が豊洲に移転する前まで、築地には市場関係者が大勢いた。その胃袋をまかなうために、たくさんの飲食店が営業しており、場外でもその味を楽しむことができた。豊洲移転で卸売業者だけでなく、飲食店もあちらに行ってしまい、築地は以前にも増して観光地化し、重ねて円安や原材料費の高騰の影響で、すっかり庶民的な風情はなくなった。
幸い、商業施設「築地魚河岸」の小田原橋棟3階には、市場飯の食べられるフードコートが設けられている。ここなら昔なじみの味に出会えるのだ。
フードコート魚河岸食堂。ここで「センリ軒」や「東都グリル」「藪そば」など、古くから築地で名の知られる名店が営業している。しかもフードコート形式だから、名店の味を一度にいくつも味わうこともできてしまう。
それらの中から私が選んだのは「小田保(おだやす)」だ。1935年築地市場開設時に創業し、2018年の市場移転に伴い「とんかつ小田保」を豊洲に移転。そしてここ築地魚河岸にも出店しているのだ。
定食メインの食堂で主力は揚げ物。ロースカツをはじめ、アジ・エビ・カニクリームなどの定番フライが並ぶ中で、人気ナンバーワンは「チャーシューエッグ」(定食税込1600円)。
食堂でハムエッグおよびハムエッグ定食を見つけたら、注文候補のベスト3に必ず入る。それくらい私はハムエッグに全幅の信頼を寄せている。ハムエッグは裏切らない。
それが人気ナンバーワンとあれば、頼まないわけがない。ここで築地であろうとも、今の私にほかの選択肢はない。マグロ? ノー。寿司? ノー。牛串? ノーノー。たこ焼きもコロッケもノーだ。
ハムエッグ? イエス! チャーシューエッグ? オーイエー! である。
・まずは目で楽しむ
ご覧あれ、これが小田保のチャーシューエッグ定食だ。ご飯・味噌汁・小鉢・チャーシューエッグ。以上、たいへん潔い布陣だ。
その昔、友人が「たまごかけご飯はまず目で楽しむ」と言っていた。それが私の場合は目玉焼き・ハムエッグの類に相当する。まずは見た目を楽しもうぞ。
まずは上空(真上)から。大判のチャーシューが皿いっぱいに敷かれている。その真上に2つの目玉が置かれている。
見ようによっては北極中心に描かれた(ランベルト正積方位図法)地図のようだ。あの中心の黄身はさしずめ北極点であり、白身が海氷と考えることもできよう。チャーシューの海に浮かぶ白身の氷。私という名の温暖化によって、その氷は削られていく運命にある。
別の角度から見てみよう。もう少し器に近づいてたまごの目玉を見つめてみる。目玉を見るのは私だが、私もこの目玉から見られている。つまり、見るとは「見られる」ことでもある。そう暗示しているようだ。
さて、食べるに当たって、黄身を破るべきか。それとも破らざるべきか。私の父は黄身を破らない男だ。黄身ごと吸い上げて、口の中で炸裂させる。まるでその感触を楽しむようにして食べていた。
子どもの頃はその食べ方を好ましく思えなかったのだが、今ではわかる。「口中炸裂法」も悪くなかろうと。きっと私も50を越えたからだろう。初老にしてようやく父の心境が見えてきた気がする。
が! 今日は破った。黄身のあふれ出す様子を見たかったからだ。トロリとあふれ出す黄身があってこそ、白身も映えるというもの。まして茶色いチャーシューがいるのだから、もう少し彩りが欲しかったのだよ。
とはいえである。何でもかんでもシズル感で片付ける現在の風潮はいかがなものか? 本当に美味しいものとは、映える映えないでは測れないところにあるんじゃないのか? 胃袋に収まれば、映えようが映えまいが後の祭り……。映えるために料理があるのではなく、味わうためにあるのだ。
とかいいつつ、「まずは目で楽しむ」とか言ってなかったか? もういい、この話はもう終わりだ。
・チャーシューエッグを乗せよ
チャーシューをつまみ上げて、まずはひと切れ口に放り込む。箸でも容易に切れるほど柔らかく煮込まれたチャーシューは、ほのかに醤油の香りをまとっており、かすかな塩味を携えている。
それを和らげるかのようなたまごの甘さよ。この絶妙な味のコントラストが食欲をかき立てる。
白飯がある以上、チャーシューエッグがその上に乗るのは必然。これは避けがたい運命のうちのひとつ。白飯を前にして乗せざるはある意味、罪にも等しい。いわんや、汝チャーシューエッグを乗せよ。
最初に述べたように、築地といえばマグロ。築地といえば寿司。それも良かろう。海産物の恵を甘受すべし。
でも、私はそこに1つだけ加えて頂きたいものがある。それはこのように白飯にチャーシューエッグを乗せて寿司状にしたものも、寿司ネタの末席に置いて欲しいのだ。
「チャーシューエッグ寿司」があっても良いだろう。なぜなら疑う余地なく美味いからだ。回転寿司ではエビフライだのハンバーグだのを乗せて、SUSHI! って言ってるんだから、チャーシューエッグ寿司があってもいい。これもSUSHI! と声高に叫びたい。
IT’S SUSHI! Char siu Egg SUSHI!
・主役はキャベツ
……少々取り乱してしまったようだ。さて食事に戻ろう。チャーシューエッグをひと通り食べ終わったところで、私の有難い食事は終わり……、ではない! ここからが本番だ。
まだ器には、ある意味裏の主役、キャベツが残っている。
「裏の主役」とはいったものの、真の実力者といっても良いかもしれない。なぜなら、最後まで舞台(皿)に残って、チャーシューとエッグの美味いところを吸いつくしているからである。
これをご飯に乗せて食ってみろ、飛ぶぞ!
皿の底で肉とたまご、それからソースの養分を吸い切って、キャベツは旨味の飽和状態にある。シャキシャキ食感を残しつつも、噛むごとに吸い上げた旨味を口中で放出。これがタダの脇役がなせることではない。「器の黒幕」とさえ言えるほど、いい仕事しやがる。
最近キャベツはめっちゃ高いので、存分に味わいましょう。美味しく頂きましょう。
ということで、魚ももちろんいいけど、こういう素朴な味に出会えるのも築地の魅力のひとつ。小田保のチャーシューエッグ、おすすめだぞ。
・今回訪問した店舗の情報
店名 小田保
住所 東京都中央区築地6丁目26番1号 築地魚河岸小田原橋棟3F
時間 9:00~15:00
定休日 日祝・市場休市日
参考リンク:築地魚河岸
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24