EVへの移行とエンジン部品の今(9)ピストンリング
電気自動車(EV)では不要となる、エンジン車特有の部品事業を取り上げる本連載。9回目はピストンリングを取り上げる。2023年にリケンと日本ピストンリングが経営統合し、国内では2陣営に集約された。これまで本連載で取り上げてきた部品の中で、最も寡占が進んでいる。
▼EVへの移行とエンジン部品の今(シリーズ通してお読み下さい)
「EVへの移行とエンジン部品の今」シリーズ
エンジン性能に直結する重要部品
ピストンリングは、ピストンの外周に装着するリング状の部品で、シリンダーとピストンの間のわずかなすきまを埋める役割を担う。エンジン内部の燃焼ガスを漏れないようにする「気密」、ピストンの熱を逃がす「伝熱」といった機能を持つほか、シリンダーの壁の潤滑油を適量にコントロールしたり、ピストンがスムーズに動くよう姿勢を維持したりしている。ピストンリングの発明でエンジンの機能は飛躍的に向上しており、エンジン性能に直結する重要部品と言える。
本田宗一郎氏とかかわりが深い部品としても知られる。同氏がホンダを創業する前に立ち上げた東海精機重工業では、ピストンリングを生産していた。しかしピストンリングの量産にこぎつけるまでは苦労の連続で、金属工学を一から学ぶために、静岡県浜松市の学校(現在の静岡大学工学部)に通ったというエピソードもある。
TPR、リケン、日本ピストンリングの寡占市場
出所:総合技研株式会社「2023年版 主要自動車部品255品目の国内における納入マトリックスの現状分析」
図はピストンリングの国内市場シェアだ。2022年の生産額は100億円。TPR(2025年3月期の全社売上高1,924億円)、リケン、日本ピストンリング(略称:NPR)の3社で分け合っている。リケンと日本ピストンリングは2023年10月に経営統合し、共同持ち株会社リケンNPR(同1,703億円、2024年3月期のピストンリング事業売上高は649億円)の傘下に入った。3社ともほぼすべての日本の自動車メーカーに供給しており、系列色はない。
海外プレーヤーは、米テネコ(2021年12月期全社売上高は約2兆6,100億円)と独マーレ(2023年12月期全社売上高は約2兆800億円)。世界的に見てもピストンリングを生産するメーカーは限られており、寡占が進んでいる。世界市場シェアはテネコとマーレの2社で6割を占め、リケンNPRは3割程度(リケン2割、日本ピストンリング1割程度)となっている。
リケンNPR発足の背景に「EVシフト」
リケンと日本ピストンリングが経営統合した背景には、EVの普及がある。ピストンリングはエンジン部品であり、EVでは不要となる。足元ではEV販売が世界的に減速しているが、中長期的にはエンジン車からEVへの置き換えは進むと見込まれる。主力事業であるエンジン部品の市場が縮小する中で、両社は競合同士での経営統合を選んだ。
エンジン車分野でシナジー創出、非エンジン車分野でM&A
リケンNPRは、2025年3月期に物流拠点の集約や共同購買による調達コスト削減などで、5~10億円のシナジーを創出する見込み。2026年度には事業統合を完了させ、30億円のシナジーを引き出す計画だ。
非エンジン車分野ではM&Aを積極展開している。リケンは配管用機材も展開しているが、2023年に同業大手の日本継手(2024年3月期単体全社売上高125億円)を子会社化して、配管継手で国内トップとなった。リケンは子会社リケンヒートテクノ(同20億円)で工業用ヒーターも手がけている。2024年には、半導体製造装置向けヒーターのシンワバネス(2023年8月期単体全社売上高67億円)を買収し、製品群を広げた。
経営統合により、縮小するエンジン部品市場でシェアと利益率を高めて、稼いだ収益を非エンジン車事業に振り向け、新たな収益の柱を育てる。EV化で影響を受ける自動車部品メーカーの模範となるケースだ。
TPR、エンジン分野の売上比率は半分に
一方のTPRも、M&Aを活用して非エンジン事業を拡大してきた。2012年には自動車外装部品メーカーのファルテック(2025年3月期連結全社売上高791億円)を子会社化、2017年には工業用ゴムメーカーのノブカワ(現TPRノブカワ、2024年3月期単体全社売上高35億円)を買収した。
足元ではモーターシャフトなど電動車向けの部品群を拡大し、非自動車分野も視野に入れてオープンイノベーションを推進する。ピストンリングを含む「パワートレイン分野」と、その他の新規事業を含む「フロンティア分野」の売上は半々となっており、EVシフトに備えて体制を整えている。
日系自動車メーカーの減産が著しい中国においては、日系自動車部品メーカーの苦戦が目立つ。TPRは現地合弁先との関係を生かして、現地自動車メーカーからの受注を拡大し、中国を含むアジア事業において、好業績を維持している。
リケンや日本ピストンリングとは異なり、ピストンリングメーカーとして国内では単独で生き残りを図っており、競合との経営統合を選ばない自動車部品メーカーにとって、模範となる動きをとっている。
参考文献
総合技研株式会社『2023年版 主要自動車部品255品目の国内における納入マトリックスの現状分析』
TPR株式会社『ピストンリングとは?』
株式会社リケン『基本機能 | ピストンリングの機能』
静岡新聞 朝刊 17ページ『しずおか学 偉人の教え編=「ホンダ」創業者本田宗一郎 「試す」精神 郷土の校訓に』(2025/03/16)
本田宗一郎著『夢を力に 私の履歴書』(日経ビジネス人文庫
日経ビジネス電子版『【クルマ大転換 CASE時代の新秩序】EV化が招いた「ピストンリング再編」 両社長が明かす決断の背景』(2022/11/11)
日本経済新聞社『日経NEEDS業界解説レポート 自動車部品(エンジンパーツ・補機類)』(2025/04/30)
SPEEDA
執筆者:フロンティア・マネジメント株式会社 池田 勝敏