5月に日本で単独公演開催!SHIN JIHOO独占インタビュー「僕と一緒に心の旅をしましょう」
来たる5月、日本単独公演の開催が決定した韓国のバラードデュオ、POSTMENのSHIN JIHOO。
2006年にSBSドラマ『マイラブ』(原題:마이러브)のOSTでデビューし、2010年にPOSTMENを結成した彼はこれまで、『新村に行けない』や『ゴム靴を逆に履かないで』、『涙が出る』など数々のヒット曲を生み出してきた。
現在は、プロデューサーとしても活躍し、JO1の河野純喜やDa-iCEといった日本の人気アーティストの楽曲も手掛けている。
約20年にわたり多彩な活動を続けるSHIN JIHOOに今回、Danmeeではインタビューを実施。これまでの歩みから、日本公演への意気込み、今後の活動についてなど、語ってくれた。
1. まずは自己紹介をお願いします!これまでの音楽活動について簡単に教えてください。
こんにちは。現在は歌手よりも、プロデューサーや作詞・作曲・編曲の活動が中心となっている、POSTMENのSHIN JIHOOです。
10代の頃、ドラマのOSTでデビューしてから、もう20年ほどになります。
多くの方に愛していただいた代表曲といえば、やはり『新村に行けない』(原題:신촌을 못가)です。この曲のおかげで、“地名がタイトルに入った曲といえばこの人”というイメージを持っていただけるようになりましたが、一方で「新村に行けない人」という印象が強く残ってしまったのは、少し切ない話でもあります(笑)。一時期は、他の地名に置き換えて歌うのが流行したこともありましたね。
『ゴム靴を逆に履かないで』(原題:고무신 거꾸로 신지 마)や『涙が出る』(原題:눈물이 나)など、音源チャートにランクインした楽曲が15曲ほどあり、まるで奇跡のような日々でした。そんな自分にも、皆さんは本当に温かい愛をくださいました。
プロデューサーとしては、韓国のアーティストではSUPER JUNIORのウニョク、キム・ホジュン、クォン・ウンビ、キム・ジェファン(Wanna One)、HYNN(パク・ヘウォン)などとお仕事しました。
日本のアーティストでは、JO1の河野純喜さん、EXIT、Da-iCE、そして大先輩の神野美伽さんなどを担当させていただくという光栄な経験もありました。韓国ドラマのOSTにも多数参加しています。
2. 東京での初公演が決定しましたが、今のお気持ちは?この公演に込めた思いを教えてください。
関西では、アーティストのゲストとしてステージに立ったり、小さなライブをした記憶はありますが、それも15年前のことなので、正直あまり覚えていません。
当時は日本語があまりできず、ひとこと話すのも大変でした。でも今は、ある程度会話ができるようになったので、観客の皆さんとコミュニケーションが取れることをとても楽しみにしています。方言が出ちゃうかもしれないのが、ちょっと心配です(笑)。
また、日本で親しい芸能仲間のコンサートを何度か観に行ったことがあるのですが、観客の皆さんのレベルの高さに驚いた記憶があります。
アーティストへの深い愛情が、ひしひしと伝わってきました。私も日本のファンの皆さんと心を通わせ、かけがえのない時間を共にできることに、今からとてもワクワクしています。
私のライブは、共に痛みを感じ、悲しみを分かち合い、思い出を呼び起こすような、そんな“心の旅”のような時間にしたいと思っています。
言葉は違っても、感じる感情は同じだと思っているので、一緒に泣きたいです。
そして未熟ではありますが、日本の名曲を自分なりのスタイルで表現する姿をお見せしたいと思っています。
3. これまでのキャリアの中で特に影響を受けたアーティストや音楽ジャンルは?
世界中に素晴らしいアーティストがたくさんいて、私に影響を与えた音楽も数えきれないほどあるので、すべてを挙げるのは難しいですが・・
日本のアーティストでは、小学生のときに父が買ってきた日本のCDの中に、たまたま聴いてハマった曲があります。それが安全地帯の『悲しみにさよなら』と、TUBEの『湘南 My Love』です。
中高生の頃はX JAPANとL’Arc〜en〜Cielをよく聴いていました。20代になると、宇多田ヒカルさん、中島美嘉さん、EXILE、FreeTEMPOの音楽に夢中でした。
今、最も理想とするアーティストは、玉置浩二さんです。私の憧れの存在です。
4. 韓国と日本の音楽の違いや、日本の音楽市場についての印象は?
韓国と日本の音楽の違いは、”多様性”にあると思います。
韓国はトレンドにとても敏感で、ジャンルの幅もあまり広くないため、多くのミュージシャンが自分のやりたい音楽を自由にできないことが多いです。
一方、日本ではドラマ、アニメ、映画、アイドル、バラード、ジャズなど、さまざまなジャンルの音楽が幅広く愛されています。そして音楽市場も大きく、ライブを行える会場の選択肢も豊富なので、本当にうらやましいです。
すべてのアーティストにとって、日本は夢の国ではないかと思っています。
5. 今後の活動において、どんな音楽やパフォーマンスを届けたいですか?
「愛」というテーマひとつをとっても、人それぞれ心の色が違うように、それぞれの物語がありますよね。
同じバラードでも、悲しみの段階や感情の温度が違うと思います。
だからこそ、自分自身の物語、そして多くの人々の物語を大切に音楽に込めて表現していきたいです。
6. 今後の活動で特に挑戦したいことは?(音楽、ライブ、コラボなど)
まずは日本語でアルバムを制作し、正式に日本でデビューしたいです。
ライブについても、機会があればさまざまな場所で観客の皆さんとお会いしたいです。
私は日本では新人ですし、私の音楽がやや不慣れで不十分に感じられることもあるかもしれません。
だからこそ、日本で人気のあるアーティストの方々とのコラボレーションも計画中です。
7. アーティストとしての信念、また音楽を通して伝えたいメッセージは?
音楽とは「聴くもの」ではなく「感じるもの」。
そして私にとって音楽とは、聴いてくださる方と心が溶け合い、心の奥にある痛みが共鳴し合う――そんな瞬間だと思っています。
8. これまで出会ったアーティストの中で、特に好きな人や影響を受けた人はいますか?
SUPER JUNIORのウニョク兄さんから多くの影響を受けています。
ジャンルは違いますが、一緒に旅行したり、美味しいお店を探して食べ歩いたりする中で、たくさん食べ過ぎることもあります(笑)。
でもスケジュールが始まると、自分にとても厳しくなり、どんな誘惑にも負けません。
アルバム制作やライブの際も、自分目線ではなく、大衆の目線で冷静に研究・判断する、まさにプロ中のプロです。
現在の地位にあっても、歌やダンスの練習を新人以上に努力している姿に、心から尊敬しています。
私はまだまだ自分に厳しくなったり冷静な判断をするのが苦手なので、よく小言を言われますが、音楽に関しては常に全力で取り組んでいます。
9. これまで『新村に行けない』やドラマOSTなど多くの楽曲を歌ってきましたが、自分の楽曲の中で今の季節におすすめの曲は?
最後にリリースした曲が『アンニョン、新村』(原題:안녕 신촌)です。『新村に行けない』の10年後の物語になります。
時が過ぎ、行けなかったその場所に再び訪れてみると、多くのものが変わっており、あの頃の私たちももうぼんやりとした存在になっていることを感じました。
今はお互いのそばにいないけれど、輝いていたあの日々の、私たちだけの時間を思い出すことができる──そんな、私にとっては清々しくも寂しさの残る一曲です。
季節を問わず、命がけで愛したあの日を微笑みながら思い出したいという方には、きっと気に入っていただけると思います。
そして、日本では「新村に行けない人」ではなく、「新村に行ける人」として記憶されたいので、「銀座に行けない」みたいな曲は絶対にリリースしません(笑)。
商店街の方やビルのオーナーが嫌がると思うので(笑)。
10. 最後に、ファンの皆さんへメッセージをお願いします!
私は豪快で、同時に少し退屈な人間かもしれません。人前で歌うことは、いつも緊張します。
でも、知りたいのです。皆さんの人生、心、そして痛み──お互いの心を見つめ合う時間を作りたいです。
私のような小さな存在でも、音楽を通して皆さんの心にそっと寄り添うことができたら幸せです。
(写真=MACARONI MEDIA / インタビュー=Danmee)