内藤剛志がドラマで階段を駆け上がるシーンには、実はからくりがあった!?
野村邦丸アナウンサーが大将を務める「くにまる食堂」(文化放送・毎週金曜9時~13時)。10月17日(木)の最初のコーナー「ニュース一番出汁」では、パートナーで俳優の内藤剛志とネパールの18歳の登山家が成し遂げた偉業から、登山の思い出などを語り合った。
野村邦丸アナ「ネパールの18歳の登山家ニマ・リンジ・シェルパさんが、世界の標高8000mを超える14の山すべての登頂に成功し、これまでの最年少記録を塗り替えました。
これまでの最年少記録は、シェルパさんのおじさんが2019年に打ち立てた、30歳でした。
シェルパさんは自身のSNSに「この登頂は限界を超えようと夢見てきた全てのシェルパ(登山ガイド)たちへの贈り物だ」とつづりました。……18歳ですよ? エベレストやK2など14の標高8000mを超える山全部登っちゃったんですよ」
内藤「スゴイ! おととい、黒部のダムの階段を200段ぐらい上がって、吐きそうになってました(笑)」
邦丸「ガハハハハハハハッ」
内藤「『しんどいわっ!』と思って。ダメだなあ俺、70歳近くだけど、こんなのありえないですね。富士山も辛かった思い出があるから(笑)。何回か登ったことあるんですが」
邦丸「シェルパってね、登山のガイドやサポートをしてくれたりする仕事で、俺が聞いた話では、『シェルパさん』っていう名前の一族っていうか、広い意味でのファミリーなんですよね。みんなシェルパさんで、実際にシェルパの仕事をしてるんだって」
内藤「なるほど、だからシェルパなんだ。日本でいう『強力(ごうりき)さん』なのかな? 強力さんってね、富士山で登山者のガイドをしたり、食糧などを山頂の施設や小屋に運んだりする仕事があるじゃないですか」
邦丸「それにしても18歳ですよ。18年の人生で14の山っていうことは、一番最初に山に登ったのは何歳の時だったんですかね? 4歳から登ったって1年に1回ってことだけど、4歳は無いだろ(笑)」
内藤「年に2回とか?(笑) それか3回登ってないと無理ですよ」
邦丸「あとはおじさんや親戚の人たちが、シェルパとして登る時に一緒に着いて行って、知らず知らずのうちに……『門前の小僧習わぬ経を読む』じゃないけども、だんだんそうなっていったかも知れない。内藤さんは山登り、嫌い?」
内藤「いや、嫌いじゃないけど、今はしんどいです。ある時から辛くなりました。やっぱり体力なんですかね、これ。しんどいしんどいいうのは好きじゃないけども、『こんなに体力がないのか!』と思いましたよ、おととい。ゆるーく坂なんですよ、山って。もちろん急なところもありますけど、どこでもちょっと角度があるじゃないですか。あれって意外と疲れますよね。登ります? 一緒に。富士山とか」
邦丸「行かないですよ(笑)」
内藤「いうだけいってみたんですけどね(笑)。行かないですよね。いや、無理!」
邦丸「でも撮影で階段を駆け上がるシーンだってあるんじゃないですか?」
内藤「お金もらってるからやるしかないですよ(笑)。ただ、何かあったらあれなんで、僕と同じ体格のスタントマンに代わっていただく時があります。そういう人は凄く僕の癖を見てるから、まずわかんないです。ずーっと僕のことを見てて、立ち姿がそっくりだから、自分でオンエア観てると『俺だ、カッケーな!……いや、違うわ』っていうことが何度もあります」
邦丸「あ、そう!」
内藤「『水戸黄門』の風車の弥七なんて、あっ、こんなこといったら全部バレちゃうけど、屋根の上を走ったりとか、あれは僕だと技術がないから危ないんですよ。で、走って来て辿り着いて、顔だけは僕がやるんですよ。『来たぜ!』みたいな顔するんですけどね。僕のスタントマンをやってくれる人が、代々いるんです。僕のことをずーっと研究するんですよ、時代劇から現代人の役を含めて。体重の掛け方や、走って来て左前で止まるか、右前で止まるか、癖があるんですね。例えばちょっと僕だったら、ガニ股気味に階段を駆け上がるのをそっくりにやってますね。『なんだよガニ股で!』っていったら、他のスタッフに『内藤さんですよ(笑)』っていわれて。それぐらい徹底してます」