水族館だからこその発見! <バショウカジキ>展示を通して「水族館での飼育観察の意義」考えてみた
コバンザメの一種で、カジキ類に選択的に付着する「ヒシコバン」。
大水槽内での飼育観察により、バショウカジキとヒシコバンとの間に相利共生とも思われるクリーニング行動が確認された、そんな興味深い研究結果が、福島県いわき市にある水族館「アクアマリンふくしま」より発表されました。
この研究論文の主著者であるアクアマリンふくしま・飼育展示部の森俊彰主任技師へのインタビューを通じ、「水族館での飼育観察の意義」という点について考えてみたいと思います。
水族館でのバショウカジキ展示の歴史
アクアマリンふくしまでは、2009年に初めてバショウカジキを搬入、飼育展示しています。
その後、2020年からは新潟・佐渡の漁業者の協力により、2024年までほぼ毎年バショウカジキの搬入、飼育展示に成功。2022年には、84日間という世界最長飼育日数を記録しています。
佐渡では毎年夏の終わり~初秋にかけてバショウカジキが定置網で漁獲されています。その中でもサイズが小さいため市場価値がなく、本来であれば捨てられてしまう個体の一部を、水族館へ生きたまま搬送し、飼育展示に挑戦しています。
過去にはこのほかにもいくつかの水族館でバショウカジキの飼育展示の記録がありますが、アクアマリンふくしまでは2020年以降、継続的にバショウカジキの採集・飼育に挑戦しています。その結果、ここ数年は秋になると高確率で生きたバショウカジキの展示に成功しています。おそらく、世界でもここだけの展示ではないでしょうか。
「水族館での飼育展示」だからこその発見
「水族館での飼育展示・観察」の結果、発表された今回の研究成果。ここからは、アクアマリンふくしまの森俊彰主任技師にその経緯を詳しく聞いていきます。
アクアマリンふくしま・森主任技師へインタビュー
大水槽を泳ぐ、生きたバショウカジキ 2024年9月(撮影:アル)
━━「バショウカジキとヒシコバンの共生関係」という今回の研究成果が「水族館での飼育観察の結果」だったということに、いち水族館ファンとして大きな感銘を受けました。
そうですね。今回の研究は「飼育下での観察」ということがなければ、おそらく発見には繋がらなかったと思います。
コバンザメの仲間には宿主特異性があって、特にヒシコバンはカジキの仲間に多く付着しているということは、以前から知られていました。
━━アクアマリンふくしまでは2020年以降、ほぼ毎年バショウカジキの搬入・展示を行っていると思うのですが、ヒシコバンなどコバンザメの仲間はほぼ毎回付着しているのでしょうか。
ええ。当館が協力いただいている佐渡沖の定置網に関して言えば、100%近い確率でついています。そして、その全てがヒシコバンです。
ただこれは、実は市場に水揚げされた個体にはあまりついていないのですね。定置網から水揚げされる際に、ヒシコバンが先に異変を感じて離れてしまうようです。なので、定置網にバショウカジキが入っているときに、ヒシコバンも単体で泳いでいるそうです。
当館の飼育展示に協力いただいている佐渡島の漁業者の方たちは、実は昔からこのことを経験的に知っていたようです。
大水槽を泳ぐ、生きたバショウカジキ 2024年9月(撮影:アル)
━━え、そうなんですね! ただ、水揚げされた個体にはもうついていないと……。
そうですね。現場の漁業者の方からすると「コバンザメがカジキの体表についているのは別に普通だよ」くらいの感じらしいんですが、生きたバショウカジキ(とヒシコバン)の行動を実際に一定期間にわたって観察・調査する手法というのは、これまでなかなかなかったので。
━━なるほど! 水族館で生きた状態で飼育展示できたからこその発見、ということですね!
バショウカジキとヒシコバン観察のススメ
━━2020年以降、毎年秋になるとバショウカジキの飼育展示があり、私も含め一部の水族館ファンの間では「秋の風物詩」という感じにもなっています。今後もアクアマリンふくしまでのバショウカジキ展示への挑戦は続いていく、と思っていいのでしょうか。
そうですね。相手が生きものなので断言はできませんが、おそらくそうだと思います。
━━今後、水槽内でのバショウカジキを見る際に、観察のコツや見るべき行動などオススメのポイントはありますでしょうか。特に「ヒシコバンが出てくる前兆の行動」などがあればぜひお聞きしたいです。
バショウカジキのクリーニング要求行動としては、まず「泳ぐ速度を落とす」。そして、そのために「尾びれを振るのを止める」「ブレーキングのために背びれを開く」。
また、「エラを大きく開いてヒシコバンが出てくるのを促すような行動」をとります。
━━なるほど! バショウカジキのそういった行動が観察されたら、ヒシコバンが出てくるサインということでしょうか?
ただ、バショウカジキがクリーニング要求行動をして、ヒシコバンが出てくる確率というのは、当館の観察結果ではおおよそ60%くらいなんです。バショウカジキのクリーニング要求行動なしに、ヒシコバンが勝手に出てくることもありません。
バショウカジキが「掃除してくれよ」という感じで要求行動をとる、それに対して実際に出てくるor来ないはヒシコバン側のいわば気分次第。その確率がおよそ60%、そんな感じですね。
━━とても勉強になりました。今年もまたバショウカジキが搬入・展示されましたら、こういった行動についてもぜひしっかり注目してみたいと思います! きっとこの秋もバショウカジキを見に来るだろう水族館ファンの方々へ、なにかお伝えしたいメッセージがあればぜひお願いします。
そうだなあ……。水族館好きな方って、けっこう館内を2周、3周したりするんだと思うんですが。実は私もそんな感じで、朝出勤したら、自分の担当以外の水槽もひと通り見て回っているんです。魚たちの行動を見ているのが好きなんですよ。
なにか見慣れない行動を見つけたら撮影や録画をして、「この行動って何なのだろう」って想像したり考えたりするのが楽しいんです。本当は今回のインタビューみたいに、魚たちに直接聞ければいいんですけどね(笑)
なので、そういう観察や発見の成果が少しでも皆さんにお伝えできれば嬉しいですし、来館された方々も同じように水槽を眺めてそういったことを想像したり考えたりする──特に子どもたちの自由な発想を育むことができる、水族館がそんな場であればいいなと思っています。
━━これからもそういった視点で、アクアマリンふくしまに通わせていただきます! 貴重なお話、本当にありがとうございました!
本館の外壁に掲示されている「Inspiring Aquarium」の文字。まさしくその通りだなと思った、今回の取材でした!
水族館は「研究と生涯学習」の場
“水族館だからこそ”成し得た発見でもあった、今回の研究成果。
水族館は決して単なる“見世物小屋”ではなく、まだまだ未解明なことの多い海洋生物の謎を解き明かす発見や気付きに満ちた“フィールド”である──そんなことを改めて実感しました。
これからもアクアマリンふくしまが、そして全国の水族館が、そんな場であり続けてほしい、そう強く思いました。
(サカナトライター:アル)
参考文献
アクアマリンふくしま-お掃除屋さんはエラの中? 「世界初!バショウカジキとコバンザメのふしぎな関係を解明」
SPRINGER NATURE Link-Symbiotic cleaning relationship between a sailfish (Istiophorus platypterus) and remoras (Remora osteochir)