【インタビュー】マシュー・ボール~「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』王子ジークフリート役
英国はロンドンのコヴェント・ガーデン、「ロイヤル・バレエ&オペラ(RBO)」で上演された、ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団による世界最高峰のオペラとバレエを、特別映像を交えて映画館上映する「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」。2025年5月16日(金)~5月22日(木)には、昨年(2024年)のシネマシーズンで大好評だったクラシック・バレエ不朽の名作『白鳥の湖』に、インタビューやリハーサル場面などの新たな特典映像を加えたアンコール上映が行なわれる。
同作品で王子ジークフリート役を演じたのが、マシュー・ボールだ。愁いを秘めた美しくエレガントな貴公子をドラマティックに演じた彼が、この作品の魅力、振付を手掛けたリアム・スカーレットやオデット/オディールを演じたヤスミン・ナグディについて、そして彼にインスピレーションを与えるものや振付活動について、たっぷり語ってくれた。
■リアム・スカーレット版『白鳥の湖』は王子の物語、天才リアムが遺した不朽の名作
ーー リアム・スカーレット振付の『白鳥の湖』はとても美しいプロダクションで、とても深みがあってドラマティックです。またマシューさんの演技も情熱的でありながら、複雑な心理を表現しています。特に最初のパ・ド・ドゥは恋に落ちる様子が伝わってきて素晴らしく感動的でしたね。
『白鳥の湖』は白鳥で有名な作品ですが、人々の想像力を刺激して振付にとっても、ダンサーにとっても詩的で美しい機会を提供しています。まず物語がこの作品の素晴らしさの秘訣だと思います。王子は1幕から登場しており、彼の物語であって、彼の人生の苦悩を伝えているもので、白鳥は自由のための手段であり象徴、現実からの逃避、夢のような世界や別の現実という側面があると思っています。始めからこの人物を伝えることがとても大切ですね。2幕と4幕は非常に美しいことは最初から決まっていますが、登場人物という基礎がしっかりしていないと、その美しさと同等のものが伝えられないからです。
このような大作ではたくさんのことを考えなければなりません。スタジオで一番重視しているのは、自分たちが最善を尽くして細かいディテールを作り上げていくことです。そこから最終的に出てくる全体図が、想像を超えた素晴らしいものになるように努力します。常に全部のことを留意しながら行うのは非常に難しいのですが。
ーー スカーレット版の『白鳥の湖』は特に王子の物語だと感じられます。このプロダクションについてどう考えられているのか、もう少しお聞かせいただけますか?
実はロイヤル・バレエで『白鳥の湖』の王子役を踊ったのはスカーレット版が初めてだったのです。その時はオデット/オディールはナタリア・オシポワで、キャリアの初期に大きな役を世界的なスターである彼女と踊ることはとてもエキサイティングなことでした。リアムと一緒にスタジオに入り、彼が踊りを作り上げる匠の技を観ることは素晴らしい経験でした。僕は彼といくつかの作品で一緒にクリエーションに関わりましたが、彼の仕事の早さと音楽性の見事さ、彼から生まれるアイディアの量に圧倒されていました。彼の中には尽きることのないアイディアの泉があり、振付家としては本当にすぐれた才能を持っていました。
新しいバレエのプロダクションを作り上げることは、振付家として異なったスキルが必要だと僕は思っています。クラシックバレエでもっとも有名な作品である『白鳥の湖』というバレエを作り上げるために、リアムは原典に多くの敬意とオマージュを捧げ、たくさんの知識を持って人々を導いたと思います。『白鳥の湖』という作品に忠実でありながらも、彼は自分の個性をいくつかの群舞やディテール、ステップの中に込めました。
近年では、このバレエの歴史やチャイコフスキーのスコアについていろんなことが知られてきていますし、音楽についても、異なったバージョンがあり、さまざまな編曲をされてきました。例えば4幕は多くのプロダクションで異なった音楽の使い方をしています。リアムは音楽をどのように使うのかはっきりとした決断をして、とてもドラマティックで複雑な嵐の場面を作り上げました。王子とオデットの間に、ロットバルトや白鳥たちがクライマックスのためにやってくる前の最後の嘆き、エレジーとしてとてもロマンティックで表現力豊かな、少し現代的なパ・ド・ドゥを創作したのです。
この『白鳥の湖』はとてもパワフルな作品で、ジョン・マクファーレンのデザインも素晴らしいです。彼はそれまでにもリアムとは仕事をしてきましたし、ロイヤル・バレエでも『ジゼル』のような見事なプロダクションを作ってきました。彼は本物のアーティストで、彼のドローイングや衣裳のスケッチ、舞台デザインは非常に美しいです。彼のデザインには暗いところがあって、それが想像力を刺激する余白を与えて、登場人物の深層心理の一部である陰影を見せています。そのことによって、複雑さも加わり、光と影があるこの作品にとても似合っていると思います。また彼はダンスをよく理解しているので、彼のデザインはバレエを邪魔するのではなくて、全体を引き立てています。
ーー 本当に美しいプロダクションですよね。私が初めてこのスカーレット版『白鳥の湖』を映画館で観た時、古典の白鳥の湖にこんなにも感動したことはなかったのです。
そう言っていただけて嬉しいです。『白鳥の湖』と言えば美しいバレリーナと32回転のグラン・フェッテだと思う人も多いのですが、この(スカーレット版の)作品は不朽の名作だと思っています。強い想いを持った作品だからです。
■『白鳥の湖』の前奏曲を聴いたとたんに、僕は異世界につながり、王子の中に入り込む
ーー 白鳥の王子を演じるにあたってどういうことを特に重視していますか?
正直なことを言うと, 一幕は踊るところがあまりないので難しい。踊るのは本当に少しですが1幕の終わりにはソロがあって、ここで1幕から2幕への変遷があります。王子は心理的には苦しい立場です。父を失ったばかりで、まだ心の準備ができていないのにたくさんの責任を負っているし、楽な立場ではありません。それから自分とロットバルトの間にはあまり気持ちのよくない関係性があって、ロットバルトは王国を操っているのです。女王もあまり自分をサポートしてくれていなくて、「あなたはもう大人にならなくてはならないし、義務を負っているのよ」と言っています。踊りがあまりないのに物語がとても複雑なので、この世界の中にこの王子として存在しなければなりません。誕生日のお祝いの場面でみんなが祝ってくれていて楽しく明るく踊っているのですが、自分は憂鬱なので友達を見返すことだってつらいくらいで、笑顔を返すことはできないでいます。
リアムが非常に巧みなのは、王子の内的な世界を見せるソロを入れたことです。王子の人生の中には大きな空白がある、何かが欠けているのです。その穴は塞がれなくてはなりません。前奏曲を聴いたときに、その想いはテーマ曲となって響き、バレエの世界にいる誰もがバレエ人生と共に観てきた『白鳥の湖』の伝説の一部が聞こえてくるのです。今までも『白鳥の湖』はいろんなバージョンを観てきましたが、この音楽を聴いたとたんに、異世界につながります。この瞬間、僕は異世界への橋渡しの瞬間、王子のキャラクターの中に入り込む瞬間だと感じて楽しんでいます。これは王子にとって夢の中かもしれませんし、たとえ夢ではなくても、彼はその中に入り込まなければなりません。白鳥は想像の産物かもしれませんが、この白鳥は自分の想像力を捉えています。そのように考えると、王子のキャラクターを発展させることがよりたやすくなります。
そして、何回も共演を重ねてきたヤスミン・ナグディのような素晴らしいパートナーで、オデット役にぴったりのダンサーと踊ることによってさらに役に入りやすくなります。ヤスミンが腕を動物の翼のように動かし白鳥のような長い首を優雅に動かしている姿を見ると、彼女が演じるオデットを愛さずにはいられなくなります。本当に彼女は見事なので、あまり想像力を駆使しなくても、この関係性に入りこむことができます。
オデットについてはあまり深く考えてこなかったのですが、彼女もまた別の人生、希望を持つことができて人間に戻れることを切望していると思っています。王子が宮廷の世界から逃れようとしているのと同様に、今いる世界から抜け出したいと。
スカーレット版を踊った後で、香港バレエ団でのユーリ・ポソホフ振付の新作『白鳥の湖』のクリエーションに参加したのがとても興味深かったです。彼もまた、ジークフリート王子の心理にとても関心を持っていて、作品全体が彼の心理から構築されていました。それからマシュー・ボーン版の『白鳥の湖』では(男性の白鳥である)ザ・スワンを踊っていて、それもまた全く違った白鳥のイメージがある作品です。ポソホフの白鳥は、スカーレット版とも共通点があったし、オデット役を演じた女性ダンサーたちにも大きな影響を受けてきました。ボーン版はご存じの通りかなり違っていて、作品の中に怒りがあり力強いのですが,危険なまでの強さの一方で、腕の使い方の柔らかさや脆さといった対照的なところを僕はいつも意識しながら演じていました。ボーン版の経験もその後の僕の演技には生きていますし、この作品の物語もずっと語り継がれるべきもので、長年にわたってたくさんのお客様がこの作品を観たいと劇場に詰め掛けています。
■19世紀末の美術、音楽、そしてバレエの歴史が僕を『白鳥の湖』の世界へと没入させる
ーー あなたとジークフリート王子の間に共通点はありますか?
良い役者は、自分自身の経験を役の中に注ぎ込むことができると思います。自分自身の人生を振り返らずには、他人を演じることはできません。もちろん僕は王室に生まれたわけではありませんが、ロイヤル・バレエのダンサーです(笑)。重責を負うことの責任感と逃げ出したくなる感覚は僕も理解できます。この役が感じる感情を創造するのも難しくはないです。逃げ出して自由になりたいという思いはそれほど複雑ではありません。「自由」というのは誰もが追い求めたい、とても美しい考え方です。
『白鳥の湖』はドイツの民話から生まれた物語、神話です。カスパー・フリードリッヒという有名なドイツ・ロマン主義の画家がいますが、彼の絵で一人ぼっちの人物が山々を見ている作品『雲海の上の旅人』があります。あの絵に描かれているような、憧れの存在を探し求めている感じ、人と自然の間の対比というのはとても力強く、深遠なもので『白鳥の湖』の物語やその背景と結びつくものだと感じています。この『白鳥の湖』の山や湖などの舞台美術を、観客を背にしながら見ていると、このイメージは意識の中に植え付けられていると感じます。僕自身も観客と同じようにこの感覚を体験しています。登場人物が経験しているのと同じ体験を僕が舞台上でしているように、お客様も客席で体験してくださっているのではないでしょうか。
ーー この役を演じるにあたって、他にはどこからインスピレーションを得ましたか?
最近は『白鳥の湖』についての本をたくさん読んでいます。チャイコフスキーとプティパとのコラボレーションについての本を読んでいました。先ほど話したこととも関連しますが、この物語がドイツの歴史や民話とこれほどまでに結びついているとは思いませんでした。またワーグナーのオペラ『ローエングリン』とのつながり、チャイコフスキーがこのオペラを聴いて感動したということにも驚きました。チャイコフスキーはワーグナーの作品が全部好きだったわけではないのですが、『ローエングリン』と、このオペラの中で登場する白鳥の騎士と白鳥のイメージがとても好きだったようです。彼はミュンヘンと、バイエルンの国王ルートヴィヒ2世が住んでいてワーグナーの世界に基づいた幻想の世界を作り上げたノイシュヴァンシュタイン城も訪れました。ジョン・ノイマイヤーの『幻想 白鳥の湖のように』(ハンブルク・バレエ)もDVDで観て美しい作品だと思いました。この作品もルートヴィヒ2世が主人公ですね。
19世紀末の時代というのはとても詩的でロマンティックな時期で、この歴史や世界の中に没入することは、作品の理解にとても役立ちました。『白鳥の湖』は今でも人々に霊感を与える作品ですが、その由来を知ることは演じるにあたってとても役に立ちました。僕は今、幸いにもクリエイティブで素晴らしい人々と仕事をすることができて、もちろん彼らにも刺激を受けています。他のダンサーが同じ役を演じているのはあまり観ません。他のダンサーと競争をしたいとは思わないし、ナーバスになってしまうからです。もちろんライバルと競うことによって自分の演技のレベルを高く保つことはできますが、彼がピルエットを4回したので僕は5回回るといった感じになったり、彼が振付のこの部分を変えたから僕も変えたいと思ったり、そういったことはちょっとつまらないと思うのです。自分がやっていることと近すぎることを見ると混乱してしまいますね。
■ダークで複雑な役を演じることが今は楽しい
ーー 今ロイヤル・バレエではちょうど『ロミオとジュリエット』の上演中で、あなたはロミオ役はもちろんですがティボルト役も演じています。そして最近は『オネーギン』のタイトルロールや『マイヤーリング』のルドルフ皇太子、『冬物語』のレオンティスのようにダークな役柄を演じて高く評価されています。ロットバルト役などはいつか踊りたいと思われますか?
そう言ってくださって嬉しいです。僕はいい子を演じるダンサーだと思われていると感じていたからです。僕はキャリアの始まりにおいては、バレエの伝統的な役である王子や良い人を演じていました。バレエではそのような役の方が多いですし、それらを楽しく演じてきました。でも僕が成長するにつれ、もっと深い役を楽しむようになってきました。もっと自分自身を役に反映できるからです。もちろん僕は悪い人ではありませんよ(笑)。王子のような役だと感じが良くて、もっと単純な感じなのです。悪役を異なった方法や面白いやり方で演じると観客からは大きな反響があります。単純な悪役ではなくて、2面性があったり複雑なキャラクターだったりだとなおさらです。リアム版『白鳥の湖』のロットバルトはあまり踊る場面がないのですが、僕のキャリアの終盤にはぜひ踊りたい役です。
ーー 先日ロンドンに行ったときに、いろんな人から「マシュー・ボールが演じるオネーギンを観ましたか? 素晴らしかったです」という声を聴きました。私は残念ながら見られなかったのですが、大評判になっていましたね。
オネーギン役を演じるのは大好きです。長いこといつか踊りたいと夢見てきた役です。レンスキー役は何回か踊ったことがあり、うまく踊れたと思っていました。実際、レンスキー役はケヴィン・オヘア(現・ロイヤル・バレエ団芸術監督)が僕の踊りを観た最初の役で、とても良い印象を持ってもらえました。そして、そろそろ僕のキャリアの中でオネーギンを踊るのによい時期なのではと感じていたのです。もっと成熟したキャラクターを複雑な物語の中で演じる時期だと思っていたし、『オネーギン』のような深いキャラクターを演じることはこのシーズンにおいて僕のハイライトだと思っています。(クランコ財団の)リード・アンダーソンに指導して頂いたことも特別な経験でしたし、ヤスミン・ナグディとこの作品で共演できたことも、今までも十分高いレベルになった僕たちのパートナーシップをさらに高みに上らせてくれたと思います。
ーー ヤスミンさんとは、演技などについて細かく話し合われていますか?
ヤスミンとはとても順調に進めることができるのです。オネーギンを演じた時には僕はとても神経質になっていました。ヤスミンは既にタチヤーナ役を演じた経験があったのですが、僕はオネーギン役が初めてだったので、早く役を覚えてすぐにリハーサルに入れるようにならないといけないからです。彼女は僕に対してとても敬意を払ってくれているし、とても辛抱強くいてくれました。僕は彼女の足を引っ張らないようにしないといけないと思いましたが、この役は難しい大役なので覚えるのにかなり時間がかかりました。でも一緒にこの作品に取り組み始めたら、そこからはとても早かったです。
僕たちは役について話し合うのも好きだし、お互いのことをよくわかっているし、何か必要なことがあったらお互いに質問し合うしお互いをサポートし合っていました。男性ダンサーとして相手をうまくパートナーリングして、女性ダンサーを一番美しく見せて素晴らしい舞台を一緒に創り上げることは仕事の全てではないにしても、とても大事な部分です。だから彼女が何に取り組んでいて、何を強調したいと思っているのか、とても注意深く見ています。
彼女とは言葉がなくてもお互い通じ合うことができるのが素晴らしいと思っています。ダンサーとして身体で語っているということだけでないのです。もちろんそういう部分もあるのですが、僕たちが一緒にリハーサルをしている時には、まるでコンピューターが作動していて、常に多くの情報が処理されており、お互いの情報をクリックする感じなのです。お互いのドラマティックな旅やリズムをとても早く理解して、時には自分たちが驚くようなこともあって素晴らしい成果が生まれます。
ヤスミンはバレエに対してとてつもない能力を持っていて、彼女がバレリーナとして素晴らしく見えることに対して羨ましいと思うほどです。ヤスミンは、僕がもっと自分を高みへと押し上げなくてはと思う原動力ですね。僕は考えることがとても好きで、心理的なことも探求するのですが、時々僕は彼女が新しい考え方をしたり、新しい光を物事に当てたりすることを手伝うことがあります。だからケヴィン・オヘア芸術監督は僕たちが共演することを素晴らしいと言ってくれているのだと思います。
■『ワンピース』などアニメやマンガからもインスピレーションを得ています
ーー 今年の夏、マシューさんは日本で踊る予定ですね。もちろん楽しみにしています。今着ていらっしゃるTシャツは『ワンピース』の「海賊王におれはなる」ですね!
日本からのインタビューを受けるからこれを着てきたわけではないんですよ(笑)。ルフィとゾロはとても一生懸命働いているので、彼らは僕にも一生懸命働くためのインスピレーションを与えてくれているのです。
ーー マシューさんもとても勤勉な方に違いありません。
それが楽しいことだからです。僕の人間性の一部だと思っています。僕は自身がアーティストであり、とても美しい芸術、舞台芸術を作り上げています。先ほどワーグナーの話もしましたが、バレエはハイブロウなもので、それは素晴らしいことですが、同時にアニメやマンガからもインスピレーションを得ています。それからジムに行って一所懸命体を鍛えることも楽しんでいますよ。
■いつか日本でも僕の振付作品をお見せしたい
ーー 今晩、マシューさんはご自身の振付作品を踊られる予定になっていますね。振付活動についても教えてください。
パンデミックの時に振付を始めたいと思ったのです。それまでもずっと挑戦してみたいと思っていました。今までのキャリアの中で素晴らしい振付家の方たちに囲まれており、とてもエキサイティングなことでした。でも自分自身の振付を作りたい、振付の中に自分自身の声を入れてみたい、ダンスを通して何かを伝えたいと強く思うようになったのです。
パンデミックの間には自分のキャリアについて、これから何をしたいかと考える時間があり、振付に取り組んでいきたいと思いました。作品を作り始めた時に、僕とマヤラ・マグリはガラ公演に呼ばれたのです。『白鳥の湖』の黒鳥のパ・ド・ドゥや『海賊』『ドン・キホーテ』のような作品も好きですが、みんながすでに観ている作品なので、自分たちの作品を作ってみたらいいのではと思いました。僕が振り付けてみたかったシベリウスの美しい音楽があったのでこの音楽を使い、物語はありませんが、振付をする時には強いコンセプトを感じたいと思いました。
単なるダンスのためのダンスを作るのは好きではない。それはクリエイティブなことではないと思っています。僕たちが人生の様々なサイクル、それは日や週、月、年といった単位、さらには輪廻転生、生まれ変わることをどうやって通り抜けていくかをパ・ド・ドゥで描いたら面白いのではと思ったのです。人々が出会うものの人生の中で離れてしまうこと、恋人同士だったけど住んでいる場所や仕事などで引き離されて一緒になることができないといったアイディアです。
僕は舞台の床に二つの円を描いてみました。2人のダンサーはいつも真ん中に戻ってきます。この流れは水の中で何度も繰り返される水流を思い出させるものです。だからこの作品を『リカレント(Re)Current』と名付けました。お互いに引き離されているけど、ある瞬間において僕たちは一緒になりたいことに気が付くのです。だからこの流れを断ち切って一緒になるように反対側から押し返します。僕たちの動きとこの空間の中で動いていくところを見れば、強くこの想いが伝わってくるはずです。
この作品を踊るのはとても楽しくて、もう何年も踊り続けています。観客の反響もとても良くて、いつか日本で踊ることができたらと思っています。オーケストラで演奏されたらとても美しい音楽なので、生演奏で上演したいと強く願っています。
ーー 日本で『白鳥の湖』を映画館で観ることを楽しみにしているお客様、また夏の公演を楽しみにしているお客様へのメッセージをお願いします。
僕たちダンサーが日本のお客様から頂いている応援への深い感謝をお伝えしたいです。日本のお客様がダンスをリスペクトし、深く愛し、アプローチする様子は他にはないものです。日本の観客からの温かい声援はダンサーたちもとても嬉しく思って感謝しています。正直なところ、このような反響はどこでも得られるものではありません。バレエの歴史がもっと長い国においてでも、ここまでの応援の気持ちはなかなか得られません。日本に来て皆さんに舞台をお見せできることを楽しみにしています。でも、もちろん映画館用に収録された映像も、皆様にぜひ楽しんでいただきたいと願っています。