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引き抜くと人が死ぬ?古代から恐れられた怪植物・マンドレイクの伝承

草の実堂

画像 : 古代医書の1ページ public domain
画像 : マンドラゴラ・オフィキナルムの実 wiki c User:Carstor

マンドレイク(Mandrake)という植物をご存じだろうか。

別名マンドラゴラ(Mandragora)とも呼ばれ、ナス科に属する多年草である。

実の形はトマトに似ているが、その可愛らしさとは裏腹に、全体に強い毒を含む。
とりわけ根には強力な神経毒が含まれ、実や種子も有毒とされる。
誤って口にすれば、激しい中毒症状の末に死に至ることすらあるので、安易な摂取は避けるべきだろう。

マンドレイクのもう一つの特徴は、その奇怪な根の形状にある。
複雑に枝分かれし、ときに人間の姿を思わせるような形を成すのだ。

この異様な外見と強い毒性ゆえに、古代よりマンドレイクは神秘的な植物として語り継がれてきた。
霊草として崇められる一方で、時には呪いや災厄をもたらす存在として恐れられたのである。

今回は、その不気味にして魅惑的なマンドレイクの伝承と歴史について、ひも解いていきたい。

旧約聖書におけるマンドレイク

ユダヤ教やキリスト教の聖典『旧約聖書』には、「ドダイーム」と呼ばれる植物が登場する。

現在では、これがマンドレイクを指していると考えられている。

画像 : 井戸でラケルと出会うヤコブ(ウィリアム・ダイス画)
旧約聖書『創世記』の一場面。ラケルとの出会いは、後のマンドレイク伝承にもつながっていく public domain

ドダイームは日本語で「恋なすび」などと訳され、古くから精力増強や不妊治療に効くと信じられてきた。

旧約の記述によれば、ヘブライ人の首長ヤコブにはラケルという妻がいたが、彼女は長らく子を授かれなかった。
ラケルはこの植物を強く欲しがり、やがて手に入れたものの、効果は見られなかった。

それから時が流れ、ようやく神の憐れみによって、ラケルは待望の子・ヨセフを授かったとされる。

古代ギリシャ、ローマにおけるマンドレイク

画像 : 1世紀に描かれたマンドレイクの図 public domain

古代ギリシャやローマの時代、マンドレイクは麻酔薬や媚薬、睡眠薬として用いられ、その薬効は広く知られていた。

ギリシャの博物学者テオプラストス(紀元前4世紀)の著作『植物誌』には、マンドレイクの収穫に関する記述がある。

まず、根のまわりに剣で三重の円を描き、西を向いて切り取るというのが基本の手順とされる。
さらに二本目を採取する場合には、性愛について語りながら踊るという奇妙な儀式が加わる。
その意図は明確ではないが、当時の人々にとっては、神聖な力を扱うための重要な作法だったのだろう。

一方、ローマではマンドレイクが軍事戦術に利用されたという伝承もある。

ローマの軍事作家セクストゥス・ユリウス・フロンティヌスの著書『戦略集(Strategemata)』には、カルタゴの将軍マハルバルによる逸話が紹介されている。

マハルバルは反乱分子を一掃するため、マンドレイクの毒を混ぜたワインを野営地に残し、そこを離れた。
やって来た反乱軍は毒入りとは知らずに宴を開き、次々と中毒を起こして倒れていった。
戻ってきたマハルバルの軍勢は、動けなくなった敵を容赦なく討ち取ったという。

また、ローマ時代のユダヤ人歴史家フラウィウス・ヨセフスは、その著作『ユダヤ戦記』の中で、マンドレイクの採取方法について詳述している。

彼の記述によれば、マンドレイク(作中では「バアラス」と呼ばれる)は、意思を持つかのように採取者の手をすり抜けるという。

これを止めるには女性の尿や経血をかける必要があるが、直接触れれば命を落とすとされていた。
そのため、動きを封じたバアラスに縄をかけ、犬に引かせて根を抜かせるという方法が用いられた。

画像 : 犬とマンドレイク public domain

犬は直後に命を落とすが、その後であれば安全に触れることができ、引き抜かれたバアラスは除霊などの儀式にも用いられたという。

こうした記録を見れば、マンドレイクは古代において実用的な薬草として、また神秘的な力を持つ存在として重視されていたことが分かる。

しかし、時代が下るにつれて、そのイメージは次第に変容していくこととなる。

中世・中近世におけるマンドレイク

画像 : 中世に描かれたマンドレイクの絵の模写 public domain

マンドレイクにまつわる最も有名な伝承のひとつに、「引き抜くと金切り声を上げ、その声を聞いた者は命を落とす」というものがある。

この言い伝えは、古代にあった「マンドレイクに触れると死ぬ」という禁忌の観念が、中世を通じてより劇的な形へと変化したものと考えられている。

さらに中世ヨーロッパでは、「処刑された罪人の体液からマンドレイクが生える」という伝承も広まった。
死と呪術のあいだに生まれた不気味な存在として語られるようになり、そのイメージはますます陰鬱さを帯びていった。

また、「童貞の体液でなければマンドレイクは生じない」とする説も存在する。

子をなせなかった人間が、死に際に化け物を生み出すことになるとは、なんという因果であろうか。

主な亜種

画像 : 古代医書の1ページ public domain

こうしてマンドレイクの伝承はヨーロッパ各地に広がり、地域ごとにさまざまな解釈や変容を見せていった。

なかでも最も有名な「ご当地マンドレイク」が、ドイツに伝わるアルラウネ(Alraune)である。

アルラウネは、やはり絞首刑にされた罪人の体液から発生するとされ、刑場の地中に群生しているという。

引き抜くと悲鳴を上げる点はマンドレイクと同様だが、その後は一転して、持ち主に富や幸運をもたらす「お守り」のような存在になるという。

グリム兄弟が著した『ドイツ伝説集』にも、アルラウネに関する記録が残されている。

そこでは、童貞の盗賊が絞首刑に処された際に漏らした体液、あるいは無実のまま処刑された者の怨念が混じった体液から、アルラウネが生じると記されている。

いつの時代も人々は、目に見えぬ力に畏怖や希望を託してきた。マンドレイクもまた、そのひとつだったのかもしれない。

参考 :『旧約聖書』『植物誌』『Strategemata』『ユダヤ戦記』『ドイツ伝説集』
文 / 草の実堂編集部

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