絵本に込められた秘密とは ― ヒカリエホール「レオ・レオーニの絵本づくり展」(レポート)
小学校の教科書にも掲載されている絵本『スイミー』や『アレクサンダとぜんまいねずみ』、『フレデリック』など、数々の名作を世に送り出してきた絵本界の巨匠、レオ・レオーニ(1910‐1999)。
世界中で愛される絵本を手がけ始めたのは、グラフィックデザイナーやアートディレクターとして活躍した後、49歳のときでした。レオーニが細部までこだわった絵本づくりに焦点をあてた展覧会が、渋谷のヒカリエホールで開催されています。
ヒカリエホール「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場
会場は3つの章で構成されており、第1章は「テクニック(技法)」です。
レオーニは、幼い子どもでも絵を見るだけで物語の展開が理解できるように、画面構成に工夫を凝らしていました。代表的なのものは切った素材を組み合わせて貼り付ける「コラージュ」ですが、コラージュ以外にも水彩や油彩、クレヨン、色鉛筆など、多彩なバリエーションで画材を使い分けていました。
第1章「テクニック(技法)」「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
コラージュ作品を制作する際にレオーニにとって欠かせない道具となっていたのは「ハサミ」です。ハサミを巧みに使いこなし、なだらかな地面やさまざまな形の石、水面や大海原、さらには麦穂の一粒一粒までも丁寧に描き出していきました。
第1章「テクニック(技法)」「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
レオーニの絵本のなかでも、とりわけ高い人気を誇る『スイミー』。しかし現在、その絵本原画は行方不明となっています。 会場に展示されている5点の習作については、レオーニの孫であるアニー・レオーニ氏が原画をもとに改めて描き直されたものと推測している作品です。絵本と見比べると、細部に微妙な違いが見られる点も興味深いところです。
第1章「テクニック(技法)」スイミーの習作 「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
絵本のほかに、学術書の体裁をとった書籍『平行植物』を発表しているレオーニ。「平行植物」は、レオーニが創り出した実在しない架空の植物をテーマにしたシリーズで、油彩画、鉛筆画、ブロンズ彫刻など、さまざまなメディアによって表現されています。そこには、レオーニの豊かな想像力はもちろん、卓越した描写力や表現力もあらわれています。 会場では、鉛筆やボールペンで描かれた作品を紹介しています。
第1章「テクニック(技法)」番外編 平行植物 「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
会場内の「インターバル」スペースでは、レオーニの人物像やアートディレクター時代の活動にも触れることができます。 なかでも動く彫刻「モビール」を生み出し、世界各地に公共彫刻を残した20世紀を代表する彫刻家、アレクサンダー・カルダー(1898–1976)に対しての強い敬意も知ることができます。 レオーニの自宅のリビングには木製のモビールが、庭には鉄製の彫刻が置かれており、2人の親しい交流が伝わってきます。
インターバル「カルダーへのあこがれ」「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
第2章は「ストーリー(ものがたり)」。 多様な技法が駆使されたレオーニの絵本には、ストーリーの中にも作家自身の思いが投影された重要なテーマが込められています。『スイミー』や『フレデリック』、『マシューのゆめ』に共通する主題は「自分探し」です。画家になる夢を一旦は断念しながらも、その夢を捨てきれず、49歳で絵本作家として活動したレオーニ自身の姿が重なると、孫のアニー・レオーニ氏は考えています。
このセクションでは、『6わのからす』の原画を一堂に展示。ストーリーとビジュアルの絶妙な融合を味わいながら、作品に込められたレオーニからのメッセージを読み解いていきます。
第2章「ストーリー(ものがたり)」 「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
第3章「レオレオリウム!」では、Bunkamura ザ・ミュージアムとアートユニット plaplaxによるコラボレーションで、レオーニの絵本の世界を五感で体験できる空間が広がります。
本章のタイトルにもなっている「レオレオリウム」は、レオーニが少年時代から夢中になっていた、ガラスの容器に動植物を入れて育てる“テラリウム”に着想を得たもの。レオーニの豊かなイマジネーションの源泉のひとつです。 この空間では、絵本のモチーフを取り入れたインタラクティブな作品が展開され、来場者自身がレオーニの世界へ没入することができる演出が施されています。
第3章「レオレオリウム!」「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
絵本づくりは、テラリウムに動物や植物を配置する作業のようだったと語っているレオーニ。「空想の庭」の中では、キャラクターをセッティングしていく様子を眺めることができます。また、スクリーンの内側には、アトリエのあったイタリアポルチニアーノの風景をもとにしたジオラマも設置。まるで、絵本の誕生する背景やエピソードを覗き見しているような空間です。
空想の庭 「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
空想の庭 「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
「スイミー・スクロール!」では、絵本『スイミー』の世界に没入するような体験ができます。レオーニが桟橋の上から水中を自由に泳ぐ小さな魚の群れを見たことが、この絵本の着想のきっかけとなりました。
『スイミー』は、黒い体の小さな魚・スイミーが仲間を失った悲しみを乗り越え、新たに出会った赤い魚たちと力を合わせて大きな魚に立ち向かう物語です。辛い別れや孤独のなかで自分の役割を見出し、前へ進むその姿には、レオーニ自身の人生が重ねられているようでもあります。
このコーナーでは原画の展示はありませんが、モノタイプやスタンピング技法で表現された海の世界を楽しむことができます。
スイミー・スクロール! 「レオ・レオーニの絵本づくり展」展示風景、ヒカリエホール、2025年
多彩な技法と深いメッセージを通して、レオ・レオーニが追い求めた“絵本づくり”の本質に触れることができる展覧会。作品の奥に広がる世界を感じながら子どもも大人も楽しむことができる、夏のお出かけにもぴったりです。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2025年7月4日 ]