誰の心にも潜む心の闇、狂気と頭脳が激突する謎解きゲーム!山田裕貴×佐藤二朗の映画『爆弾』レビュー
映画『爆弾』は、密室の取調室を舞台に、謎の男と刑事たちが繰り広げる心理戦と東京全域を揺るがす爆破事件を描いたサスペンス。その発端となるのは、酔って暴行を働き連行された中年男・スズキタゴサク(佐藤二朗)のひと言でした。自分の名前以外の記憶を失ったと語る彼の発言は真実か、それとも虚言なのか。刑事たちは翻弄されながらも爆破阻止に奔走し、取調室は一瞬たりとも目を離せない緊張の舞台へと変わっていきます。
原作は、日本最大級のミステリーランキング「このミステリーがすごい! 2023年版」(宝島社)「ミステリが読みたい! 2023年版」(ハヤカワミステリマガジン2023年1月号)で1位を獲得した、呉勝浩によるベストセラー。小説で描かれた緊張とスリルは、スクリーンでどのような衝撃へと変わるのかを徹底解剖します。
緊張を叩き込む冒頭の衝撃
本作は導入から観客の心を強く掴みます。野方署の刑事・等々力(染谷将太)がスズキを取り調べる場面は、最初こそ淡々としていますが、「1時間後に爆発します」という一言で空気が一変。観客はすぐに「彼は何者なのか」という問いを抱き、一触即発の空気に包まれます。取調室の静寂と街を巻き込む爆破予告が同時に描かれ、作品は序盤から観客を息苦しいほどの焦燥感で強く縛りつけます。
類家 vs スズキタゴサク ― 観察眼と狂気の対決
注目すべきは、警視庁の刑事・類家(山田裕貴)とスズキのやり取りです。丸メガネに野暮ったい見た目ながら、類家は鋭い観察眼と推理力を持ち、些細な違和感から核心に迫る。類家の「いずれ後悔するよ。俺に会っちゃったとこ」という挑発的な言葉を皮切りに2人の頭脳戦が幕を開けます。
一方のスズキは、異質な存在。無邪気に笑いながら残酷な言葉を放ち、社会に対する恨みをにじませます。彼の発言は単純に見えて複雑に絡み合い、観客は彼の仕草や表情をひとつも見逃すまいとスクリーンに釘付けになります。佐藤二朗の怪演が、この得体の知れない存在に圧倒的な説得力を与えているのです。
息をのむ取調室のスリル ― 静と動、そして心の爆弾
本作の舞台の大半は取調室という限られた空間ですが、演出は単調さを排除し、観客を呼吸を忘れるほどの圧迫感の渦に引き込みます。永井聡監督は前半の揺れるカメラの映像で不安を煽り、後半は静かなフレーミングで類家とスズキの対峙を際立たせています。
取調室での心理戦に対し、東京で連続する爆破事件が“動”の緊張を生み、両者のコントラストが物語を揺さぶります。
やがて浮かび上がるのは、誰の中にも潜む不満や悪意という心の“爆弾”。スズキはその象徴であり、観客自身に問いを投げかける存在です。スズキが体現する「心の爆弾」は、単なるサスペンス上の仕掛けにとどまりません。SNSによる分断や、人々の胸に潜む不満と悪意が容易に爆発してしまう現代社会を照射しているのです。観客は彼の言葉に翻弄されながらも、「自分の中にも同じ爆弾があるのではないか」という問いを突きつけられます。
物語を支える多彩なキャスト
取調室を中心に物語は進みますが、その外側でも多彩なキャラクターたちが緊迫感を際立たせています。沼袋交番の巡査・倖田(伊藤沙莉)と矢吹(坂東龍汰)は現場で奔走し、爆弾捜索の“足”となって物語を動かします。等々力はスズキに最初に向き合い、観客の視点に近い役回りで謎の核心に迫ります。さらに、取調室内では巡査長の伊勢(寛一郎)がスズキを監視し、不気味さに圧倒されながらも彼を観察。清宮刑事(渡部篤郎)はスズキとの交渉を冷静に進め、対話の中から情報を引き出そうと奮闘します。交番から警視庁まで、それぞれの立場で挑む人物像が描かれることで、物語はより厚みを増していきます。
映画『爆弾』は スクリーンで体感すべき衝撃作
映画『爆弾』は、取調室という密室を逆手に取り、俳優の迫真の演技と緻密な演出で観客を最後まで緊張の糸に縛りつけるサスペンスです。類家の冷静な観察眼とスズキの狂気がぶつかり合うやり取りは、サスペンス映画の醍醐味そのもの。
爆発のカウントダウンと共に観客も時間を共有し、心拍数を高めながら物語を追体験する。そして圧倒的な心理戦は、観終わったあとに満足感と同時に“観た手応え”を残します。極限のタイムサスペンスと人間の闇を描いたこの物語は、劇場でこそ味わうべき体感型の衝撃作です。
映画『爆弾』の基本情報
■公開日
10月31日(金)
■出演
山田裕貴 伊藤沙莉 染谷将太 坂東龍汰 寛一郎
片岡千之助 中田青渚 加藤雅也 正名僕蔵
夏川結衣 渡部篤郎 佐藤二朗
■原作
呉勝浩「爆弾」(講談社文庫)
■監督
永井聡
■脚本
八津弘幸 山浦雅大
■配給
ワーナー・ブラザース映画
■公式サイト
bakudan-movie.jp