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【SPACの「メナム河の日本人」】 タイ・アユタヤ王宮内の権力闘争。山田長政の野望は達成なるか

アットエス

静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の静岡芸術劇場で上演中の静岡県舞台芸術センター(SPAC)の「メナム河の日本人」を題材に(1月24日実施の中高生鑑賞事業を鑑賞)。
【写真はSPAC提供。三浦興一撮影】作家遠藤周作が1973年に発表した戯曲を元文学座の今井朋彦さんが演出。江戸時代にタイ・アユタヤに渡り日本人コミュニティーの中心人物として活動した山田長政が、王宮の権力争いに乗じて自らの夢である「日本人の国」をつくろうとする。 長政は駿河国、現在の静岡市出身で、市内にはゆかりの地が多く存在する。静岡浅間通商店街では毎年秋に「日・タイ友好長政まつり」を開催。今回の公演は「ご当地ヒーロー」の凱旋、といった趣もある。

作品は2020年2~3月に上演が予定されていたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、会期途中で中止となった。演出家、出演者、この演劇に関わる全ての人が「再起」を胸に今回の上演の準備を進めたことだろう。 前回上演ではプレ企画として静岡市内の長政ゆかりの場所で、俳優によるリーディングカフェが開かれた。筆者は2019年11月、長政の供養塔がある西敬寺(駿河区)での実施回に参加した。15人程度の参加者が順繰りに台本を読んでいく。登場人物のやり取りを、文字通り「体感」した。 実はこのことをすっかり忘れたまま今回の観劇に臨んだのだが、劇中のとあるせりふに不思議な「懐かしさ」を感じた。どこかで聞いたことがある、と感じた。物語が進んでいく。少したってから気づいた。5年以上前に、自分が実際に口から出した言葉たちだ。 演劇を見ているのに、西敬寺堂内の畳敷きの部屋に集った人々の顔が脳内にフラッシュバックした。「せりふを体に入れる」という俳優の作業の一端が理解できた気がした。

作品は「義」と「利」の両取りを企図する長政(bable)と、我欲の実現にためらいがないクンサワット侍従長(阿部一徳)を対置して進む会話劇。ソンタム大王の死を受けた王宮内の対立、権力闘争に敗れた者の悲嘆と悲劇を、たくさんの言葉を費やして描く。 俳優たちの巧みな演技はもちろんだが、上方から吊ったのれん状の布(紙かもしれない)を活用した舞台美術が秀逸だった。舞台手前から奥にかけて舞台の上空に何本も「レール」が設置されている。そのレールが上がり下がりすることで、吊り下げられた「のれん的な装飾」が王宮と日本人居住地区の転換を見事に伝える。 ところが、最後の場面では一切の舞台美術を排除する。何も置かないし、何も吊られていない。静岡芸術劇場の舞台の奥行きをそのまま見せるし、袖に置いてある機材も丸見えだ。がらんとした舞台上に俳優が二人。
 絢爛豪華な装飾に目が慣れた2時間を経ているだけに、「荒涼」を強く印象づけられる。ただ、そこで語られるのは「未来」だ。この対比がたいへん興味深い。

人は常に未来を信じて生きていく。生きていくしない。長政が生きた400年前のタイ、2020年代の静岡には大きな隔たりがあるが、その点は変わりがないのだろう。復興に汗する国内被災地、破壊し尽くされた町に戻ったガザの人々が頭をよぎる観劇となった。 (は) <DATA>※2月以降の一般公演■SPAC「メナム河の日本人」会場:静岡芸術劇場住所:静岡市駿河区東静岡2-3-11 開演日時:2月15日(土)午後2時       2月16日(日)午後2時     3月1日(土)午後2時      3月2日(日) 午後2時上演時間:2時間15分料金:一般 4200円、U25・学生(25歳以下および大学生・専門学校生)2000円、高校生以下1000円ほか問い合わせ:SPACチケットセンター(054-202-3399)※受付時間 午前10時~午後6時

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