宇宙を追い続けた女性たちを描く『Silent Sky』の魅力とは?~大河内直子(演出)×保坂知寿インタビュー
2024年10月~11月、東京・俳優座劇場(10月18日~10月27日)と大阪・ABCホール(11月1日~11月4日)で上演される、unrato#12『Silent Sky』(日本初演)。1900年代前半という、宇宙の広さがまだ解明されていなかった頃に、天文学の研究において数々の新たな発見を導き出した女性たちがいた。今作には、アメリカの天文学者ヘンリエッタ・スワン・レヴィットを中心に、女性の参政権運動家であり、膨大な数の恒星を分類で成果を残したアニー・キャノンなど実在の人物たちが登場する。
演出の大河内直子と、大河内とは4度目のタッグとなるアニー役の保坂知寿に、この作品の魅力を聞いた。
■前書きのアニーの言葉に魅せられて
──この戯曲は日本初演ですが、上演しようと思われたきっかけを教えてください。
大河内 コロナ禍で自粛中、面白い脚本を探そうと調べていて見つけました。まずはタイトルに惹かれ、台本が数ページだけ無料公開されていたので、冒頭を読んだら、前書きに、天文学者のアニー・キャノンによる「苦難の日々には、何か地球の外側にあるもの、何か卓越した遠くにあるものを慰みとするのがよい」という言葉が載っていて。その言葉にとても惹きつけられたんです。読み進めてみて、初めてヘンリエッタという人のことを知りました。こういう時代に天文学における発見の礎になった人たちがいたのだということが、とても面白かったです。最初のシーンのヘンリエッタのせりふも好きだったので、台本を取り寄せて全編を読んで、ぜひ上演したいと思いました。
──前書きの言葉は、アニーが実際に残した言葉なんですね。
大河内 そうみたいです。この言葉にある『地球の外側にあるもの』『卓越した遠くにあるもの』というのは、星のことだけでなく、大いなる神のようなキリスト教的な意味合いもあるのだろうと思っています。台本を読んだのがコロナ禍で、言葉にならない閉塞感みたいなものを感じていたこともあって、「ああ、そうだな」と思えたんですよね。
保坂 そして、この時代に、こういう言葉を言えたのもすごいことだと感じます。そう思って頑張っていたんだなって。
──1900年代前半のアメリカに実在した天文学者たちが登場します。
大河内 100年以上前のアメリカの話だけれど、今だからこそ伝わる真理があると思います。今の日本の私たちがキャッチできるものを作品の中から見つけていきたいです。
■アニーの言葉がぴったりきた保坂知寿
──なぜ保坂さんをアニー役に?
保坂 びっくりしたんですよ。「直子さんが私にこの役を!」って。
大河内 えっ、そうなんですか?
保坂 私はこんなにちゃんとした人じゃないのに、こんなすごいことを考えてる人じゃないのに、って(笑)
大河内 ええ?(笑)。あの冒頭の言葉と直結してたのかも。この言葉がぴったりくる人っていうと、知寿さんでした。プロデューサーの田窪さんとも「知寿さんだよね」って。
保坂 ええ~!どうしましょう!私はこの言葉を読んで「これは私だ!」とは全然思わなかったですよ。
──思う時もあるんですか?
保坂 「自分がこういう人間だからこの役が合うかな」と思うというよりは、すごく共感できるとか、似ているとか、演じやすそうとか、舞台にいる自分が見えてくるみたいなことはあります。
大河内 知寿さんとはいつも、一緒に新しい出会いをしたいと思っています。
保坂 「今度の舞台ではこういうアプローチの仕方をすればいいのかな」という景色が見えてしまうこともありますが、でも、それは超えたいです。もし作品や役と出会うことによって新たに自分を発見することができたら、嬉しいですね。だから直子さんが思うそれぞれのキャラクターや、この作品を引っ張ってくださる方向に、私は乗る!
大河内 ひゃあー。
保坂 (笑)
──出演者の方々についてもお伺いしたいです。
保坂 私は、みなさん初めましてです。
大河内 竹下(景子)さんは以前に演出助手としてお仕事をしたことがあって、それ以来ずっと舞台を観に来てくださっていました。コムちゃん(朝海ひかる)は、蜷川幸雄さん演出(※大河内は演出助手)の『しみじみ日本・乃木大将』に出演されていて同志のような存在でした。松島(庄汰)さんは昨年のunrato『Our Bad Magnet』に出ていただきました。今回の役にピッタリなんですよ。どこか不器用で、人間味があるんですよね。彼の芝居は嘘がなくて、潔い。はじめましてなのが、(高橋)由美子さん。一度読み合わせをしたとき言葉がとても素直で、言葉の響きに魅了されました。マーガレットの大事な資質だと思います。
保坂 マーガレットだけが、ほかの登場人物たちと違う世界観を生きていますものね。
■当たり前ではないものに、信念を貫いていく女性たち
──この作品を作っていくにあたってのイメージやキーワードはありますか?
大河内 作中にでてくる讃美歌はカギになるだろうと思っています。讃美歌がひとつの世界観を作っているんです。歌詞からは、キリストの神様というよりも、もっと大いなるもののイメージが感じられます。翻訳の広田(敦郎)さんとも、この戯曲を踏まえた上であらためて讃美歌の歌詞の翻訳を見直しました。
──劇中でも歌われますね。阿部海太郎さんの音楽もあいまって、讃美歌が全編を通してどんなイメージを作り上げるのかとても楽しみです。チラシのビジュアルも、作品の世界観をあらわしているようですね。
保坂 チラシを見ると、星とか、宇宙とか、題名とかのイメージが、あらためて「超、直子さんだ!」って思います。直子さんの舞台っていつも美しいから。
大河内 今まで演出してきた作品では「こういう設定の中でこんな空間になればいいな」というふうに空間イメージを広げていたんですが、宇宙は広大すぎて、広いからこそ、どう舞台に乗せていくかを今回は考えています。もうひとつキーワードが「アナログ」ということ。映像ではなく、あえて演劇としてアナログなギアで表現していきたい。この作品は宇宙が広いんだということが発見される前の話でもあるので。
保坂 そうですよね。宇宙ってほかにもあるの? ここだけじゃないんだ? っていうのが知られる前の時代ですもんね。
大河内 戯曲にもト書きで「できるだけシンプルに」と書かれているんですが、一方で細かい指定もある。最初のアイデアのとおりに、うまくシンプルに見せられないかなと、暗中模索中です。
保坂 見ている人に無限を感じてもらうにはシンプルがいいかもしれないですね。作り込んでなにかすると、それで終わってしまうのかもしれない。
大河内 無限を感じてもらうって難しい(笑)
保坂 限りがあると、そこにしか向かえないじゃないですか。現代の人は、宇宙がとてつもない広さだと知識では知っているけど、本当にはわかっているわけではないですよね。でもきっと、勉強すればするほどその広さを実感できる。そうすれば、日々のいろんなことが乗り越えられるのかもしれない。
大河内 人生もそうですね。無限だからこそ、乗り越えていこうとする人の力強さがある。彼女たちが日々やっていたことは星を数えるという地味で緻密な作業だったけれど、それが積み上がっていくと、ある時に「はっ!宇宙って、こうなってるんだ!」という発見になる。ヘンリエッタもアニーも、直感で突き進んでいったのかもしれないけれど、「人間ってそうだよね」と共感するんです。
──根拠があるわけでなく、直感で動く時の「なにかありそうだ」というきらめき。宇宙にはそのきらめきがあるのかもしれません。
大河内 無数にある星のほんの小さな粒粒の、この粒はとっても今日は明るいとか、これは昨日よりもグレーだとか…。彼女たちはそれを何十万個と数えたんです。気が遠くなりますよね。
保坂 底知れないことに向き合っている人たちですよね。アニーは天文学だけではなく、女性参政権運動についても取り組んでいた人です。世の中を変えたいと信念を貫いて立ち向かっているからこそできたことかもしれないです。目の前の手の届くことだけにこだわっている人ではなく、社会のシステムや人間の考え方を変えようとしていた人たちで、すぐには達成できない難しいことに取り組む人たちだから、根気強く頑張れるのかもしれませんね。
大河内 たとえば参政権についても、この時代は、女性に参政権がないことや、仕事のポジションが同じでも男性より給料が低いのは当然だった。それを当たり前ではないと気づいて、彼女たちは「目指しているもののためにはこうじゃなきゃいけないんじゃない?」って突き進んでいく。今までの当たり前に安住せず信念を持って進むことができれば、人の可能性って無限大なんだなって思う。
保坂 そうですね。今の時代は、昔の自分が当たり前だと思っていたことが全然そうではなかったりしている。たとえば、かつては怒られたり罵倒されていたことも、「そういうものではないですよ」「もっと尊重していきましょう」ということが当たり前になってきています。。かつての時代を生きていた人はギクシャクしているかもしれないし、「じゃあどうすればいいの?」と戸惑うこともあるかもしれない。でも、当たり前は変わっていく。彼女たちはそれをわかって行動していたのだろうと思います。だって、実績も能力もあるのに待遇が見合っていないですよね。もっと頑張れるのに頑張らせてもらえないのだから、突き動かすものがあったでしょうね。
──稽古はこれからですが、今、楽しみなことは?
保坂 出演者も少ないですし、初めての方ばかりですが、今、台本をもらって向き合っている時とはきっと違う世界が繰り広げられていくのだろうなと楽しみにしています。びっくりするところから稽古が始まるじゃないかなと思っています。直子さんは台本や作品にきちんと真正面から向き合う作り方をされるので、それが楽しみです。お客さまもそこを楽しみにしてください。
大河内 星空へのロマンや、人間へのロマン、そしてこの世界に生きる人たちの信念、そういうものに触発される作品でありたいです。皆さんと一緒に向き合いながら作っていきたいと思っています。
──ありがとうございます、楽しみにしています。
文=河野桃子 撮影=源賀津己