なぜ男女は階段で抱き合っているのか。名画が描きだす「切なすぎる」運命とは
「なんだか良かった」だけで終わってしまう美術鑑賞に、物足りなさを感じている方へ。書籍『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』(KADOKAWA)は、「絵画をもっと深く味わってみたい」と思う皆さんにおすすめしたい一冊です。「オフィーリアは何を描いているの?」「モナ・リザの魅力って?」...そんな疑問も、この本を読めば氷解します。東京大学で美術史を学んだ著者が、絵画鑑賞の「コツ」を丁寧に解説。物語や歴史の知識をひも解くことで、名画がより一層、鮮やかに見えてきます。この本を手に、美術鑑賞をさらに有意義な体験に変えてみませんか。
※本記事は井上 響 (著)、 秋山 聰 (監修)による書籍『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』から一部抜粋・編集しました。
階段で抱き合う男女
フレデリック・ウィリアム・バートン
《ヘレリルとヒルデブランド タレット階段の逢瀬》
フレデリック・ウィリアム・バートン《ヘレリルとヒルデブランド タレット階段の逢瀬》 1864年、アイルランド国立美術館、ダブリン(アイルランド)
これは愛しあってはならなかった二人の、最後の別れを描いた作品です。
二人の男女が描かれています。青いドレスの姫、そして赤い服を着た鎧の騎士。騎士は、そっと愛する姫の腕を抱きしめ、その温もりを嚙み締めています。離れたら最後、もう二度と感じることのできない温もりを。
ヘレリルとヒルデブランド。これは彼らの名前です。英国の勇猛果敢な騎士であったヒルデブランドは、デンマークの姫ヘレリルに仕えていました。騎士と姫、結ばれることなど許されぬ関係。
しかし足元で純潔の花が散っているように、彼らは通じ合ってしまうのです。
当然その関係は王を怒らせます。
こっそりと彼らが密会した時に、王は武装し、王子と共に彼らの元にやってきます。
「裏切りの騎士ヒルデブランド、その命を差し出せ」
王はその命をもって償えと、ヒルデブランドに命じるのでした。
「何も言うな、愛する人よ」
ヒルデブランドはヘレリルにそっと語りかけます。そして扉を開け飛びかかり、王たちと戦
うのでした。
この絵画はその直前の場面、戦いの前の別れの場面。
二度と会えぬと、これが最後だと覚悟を決めたヒルデブランド。彼の感じる愛の温もり、彼
の持つ身を裂く覚悟、心を揺さぶるその想い。
壁にうなだれ悲しみ苦しむ姫ヘレリルの苦悩、心を貫くその痛み。
許されぬ愛の結末、その悲劇。
打って出たヒルデブランド、彼はなんと王子6人さらに王を一人で倒してしまいます。けれども、8人目、末っ子の王子だけは倒せません。なぜならば、その王子を可愛がっていた姫ヘレリルが思わず声を出してしまうのです、止めてと。
思わず止まる手、そして切り付けられる肉体。ヒルデブランドが地面に倒れます。もはや愛
する人を映すことのない瞳と共に。
決着はつきました。
姫ヘレリルは助けた王子により、連れ去られます。そして、裏切り者としてありとあらゆる
責め苦を負わされ、最後は奴隷として売られるのでした。
この絵画は、そんな運命が待ち受けるヘレリルとヒルデブランドの最後の抱擁なのです
主題
ヘレリルとヒルデブランド
主題を見分けるポイント
類例なし
鑑賞のポイント
切ないまでの感情表現