【立ち食いそば放浪記337】春のこもれ日の中優しくなれたぶっかけそば / 大宮「たぬき庵」のつゆに見る64年の歴史
舞い散る桜、青い空。コンクリートさえもぼんやり気を抜いているかのようなうららかさの中、大宮を歩いていると、ロードサイドにそば屋が佇んでいた。
古びた三角屋根の一軒家には『たぬき庵』と看板が掲げられている。味のある外観だ。そこでフラッと入ってみたところ、味があるどころではなかった。このつゆは……!
・某そば屋社長の話
そばにおけるつゆと言えば、関東と関西で濃さが違うということが話題になりがちだ。ネット記事でもこの違いについて言及しているものは多い。しかし、以前、某そば屋の社長と茶飲み話をする機会があり、雑談していたところ、その人が気になっているというつゆの濃さの違いは全く別の話だった。
いわく「最近のそば屋のつゆはどんどん薄くなっている」と。「しっかり濃いつゆなのは今は浅草にある『並木藪蕎麦』くらいになった。その濃いつゆを3分の1だけつけて食べるのが良いんだけど、今の店はドボンとつけても辛くない」とのこと。
時代での濃さの違いには着目したことがなかったので強く印象に残っている。で、浅草の『並木藪蕎麦』に初めて行った時に、まずつゆの濃さにビックリしたことも思い出した。東京一濃いそばつゆって言われるだけある。あの辛さには確かに伝統みたいなものを感じた。
・単なる雑談だったけど
それが昔のトレンドで、昔はああいう店が他にも多く、今はトレンドが変わっているという説はそば屋の社長っぽい着眼点である。おじいちゃんだし、自身が歩んできた経験から話を繋げた、まさしくよもやま話だったのであろう。
そばを食べ歩いて放浪している私(中澤)としては興味深い話ではあったが、ロケットニュース24で記事にするような内容でもない。あくまで口頭の昔話。そう思っていたのだけど……
フラッと入った『たぬき庵』で注文した「ぶっかけそば(税込930円)」のつゆがかなり濃かったのである。ちょっとかけてそばをすすった瞬間、「アレ?」と思ったのでそばつゆだけをペロッと舐めてみたところ、浅草の『並木藪蕎麦』くらい辛かった。
・紡がれてきたもの
浅草の『並木藪蕎麦』が東京一濃いなら、この店は埼玉一の可能性がある。ちなみに、そばは細めの乱切りで、しっかりしたコシがある食感。そのスッキリした食べ心地につゆの濃さがマッチしている。
また、ぶっかけそばには、大根おろし、野沢菜の他に、揚げ物でかき揚げ、ピーマン、茄子が乗っているのだが、このうち茄子は素揚げになっていた。この天ぷらと素揚げの食感やジューシーさの違いにもまた色の塗り分けを感じる。丁寧な一品だ。
結果として税込930円が安く感じた。メニューの表紙の表記によると、『たぬき庵』は昭和36年(1961年)創業。今から64年前ということは、時代的に例のそば屋社長が若い頃と合致する。なんだかその味に64年の歴史を感じずにはいられなかった。
なお、場所は大宮西口から県道2号線を30分くらい歩いたところで三橋総合公園の直前にある。ぼんやり歩いてたら駅からこんなに離れていたのは我ながら驚きではあるものの、窓際の席で談笑するマダムや家族連れで賑わう店内の雰囲気からは地元民に愛されていることが伝わってきた。
ゆっくりした時の流れの中で紡がれてきたものを感じる店である。外に出ると風も光るような陽の光。歩きすぎたのはすっかり過ごしやすくなった気温のせいかもしれない。
だが、温かいのは気温だけではない。三橋総合公園の桜並木を歩きながら、春のこもれ日の中優しくなれた気がしたぶっかけそばであった。
・今回紹介した店舗の情報
店名 たぬき庵
住所 埼玉県さいたま市大宮区三橋1-1027-1
営業時間 月~金10:30~15:00 / 土10:30~19:00 / 日・祭日11:00~19:00(売切れあり)
定休日 不定休
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.