ネタバレなし!斉藤由貴【最新ライブレポート】40周年記念ツアーが地元の横浜からスタート
デビューからちょうど40年目の「卒業」
「初めていただいた曲がこの曲でした。いろいろな不安や、あまりにもよくわからないことがたくさんあって、“これからどうなるんだろう?” と思っていた私に、きれいな一筋の道をくれた歌です」
2025年2月21日。デビューからちょうど40年目のその日、横浜港の風を感じる神奈川県民ホール(大ホール)のステージで斉藤由貴は「卒業」を歌う前に、このように語った。 1985年の同じ日、斉藤由貴はまだ横浜市内の県立高校に通っていた。当時は高校3年の3学期。「卒業」はまさに本人の迎えた季節とオーバーラップしたタイトルであり、横浜はデビュー40周年の節目にふさわしい場所といえた。
この日のライブはまた、36年ぶりの全国ホールツアー『斉藤由貴 40th Anniversary Tour “水辺の扉” 〜Single Best Collection〜』の初日公演だった。同ツアーは『Single Best Collection』なるサブタイトルが付いているようにシングル曲をセットリストのメインに据えたものだ。これから観に行く方のために、曲順やライブの詳細を明らかにすることは控えたい。ただし、事前に一部の歌唱予定曲は公表されていたので、それを記載しておこう。
▶︎ 歌唱予定曲 (カッコ内はリリース日)
「卒業」(1985年2月21日)
「白い炎」(1985年5月21日)
「初戀」(1985年8月21日)
「情熱」(1985年11月15日)
「悲しみよこんにちは」(1986年3月21日)
「土曜日のタマネギ」(1986年5月21日)
「青空のかけら」(1986年8月21日)
「MAY」(1986年11月19日)
「砂の城」(1987年4月10日)
「『さよなら』」(1987年11月18日)
「ORACIÓN -祈り-」(1988年6月21日)
「夢の中へ」(1989年4月21日)
いうまでもなく、斉藤由貴が好きだった人なら、ぜひとも体験しておきたいプレミアムなライブなのである。
テーマは40年の歳月と向き合い、なおかつベストのものに昇華させるか
過日、Reminderの取材に応じた斉藤由貴は、同ツアー開催にあたっての思いをこう語っている。
「18歳、19歳の頃の曲を歌うけれど、歌うのは40年の時を過ごした今の私です。そこをどう自分の中ですり合わせて、融合させていくか、パフォーマンスする人間として納得できるか、そこが重要な課題です」
斉藤由貴にとって今回のツアーは、40年の歳月と向き合い、なおかついかにベストのものに昇華させるか—— それが大きなテーマとなっていた。
一般的に、人間の声は加齢とともに低くなる。高音が出しづらくなる。そのため、ある程度の年齢になったシンガーが、若き日の曲を歌う場合、キーを下げたり、アレンジを変えて歌いやすくするのが現実だ。斉藤由貴は高音の伸びが魅力のボーカリストである。そして、ファンならご存知のようにプロ意識の高いガチ指向の人である。今の年齢で、あの高音で歌い続けることは決して容易ではないだろう。それでも斉藤由貴は『Single Best Collection』と銘打ったライブを行うに際し、リリース当初と同じアレンジ、同じキーで歌うことを選択した。
音楽活動における無二のパートナー、武部聡志が音楽監督を担当
チケットは完売。神奈川県民ホールの2,300の客席はビッシリと埋まった。開演前にロビーで販売されたアクリルスタンドは、デビュー時の写真、現在の写真、どちらのタイプも瞬時でソールドアウトとなった。
まるでクラッシック音楽会のような雰囲気で公演はスタートする。観客は立ち上がらない。そして、オペラ歌手を思わせるエレガントなAラインシルエットのオフショルダードレスで身を包んだ斉藤由貴が舞台センターに姿を現す。
第1部が、デビュー1年目のあるシングル曲から始まる。今風にいえば “エモい曲” だ。そして高音が難しそうな曲でもある。歌声は少しだけハスキーになっている。40年前とまったく同じではない。だが、凍った湖面を歩くような危うさを感じさせながらも、聴く者を包みこんでいく高音の魅力は変わらない。これだ。これが斉藤由貴のボーカルだ。 次に1曲目とは異なるタイプの曲が用意された。ある映像を頭に浮かべながら聴いていた人が大半だろう。グッと引き込まれる。3曲目。センチメンタルな曲も斉藤由貴に似合う。こうしてヒット曲が続くと、40年前のイメージと、目の前の本人の姿が重なり合い不思議な気分になる。
このツアーでは、「卒業」から「ORACIÓN -祈り-」までのアレンジを担当し、近年はセルフカバーアルバム『水響曲』(2021年)、さらにリリースされたばかりの『水響曲 第二楽章』でプロデューサーを務めた武部聡志が全公演に音楽監督として参加し、キーボードを弾く。今や大物音楽プロデューサーである武部聡志にとって、「卒業」はアレンジャーとしての出世作だった。それから40年。現在の斉藤由貴にとって武部聡志は音楽活動における無二のパートナーである。セルフカバーアルバムの制作は企画段階から2人の共同作業だった。また、武部聡志の生演奏で、斉藤由貴の歌声を聴くことができるのは、1985年のデビュー1年目のコンサートツアー以来の貴重な機会となった。
映画の主題歌や、アルバムの名曲など、ファンには耳馴染みのある曲が続く。曲間のMCは、一呼吸置いてから、言葉を選びながらも早口で語り始める。独特の間が観客を引き込む。とりとめのないトークはかつてのラジオ番組『斉藤由貴 ネコの手も借りたい』(ニッポン放送)を彷彿させる。 このツアーでは、クラシックコンサートやミュージカル公演のように途中でインターミッションが入る。これは間を重んじる斉藤由貴らしい演出だ。第一部の最後は本人の思い入れが強いという、スケール感の大きな曲が歌われた。
40年後に歌唱できる喜びを表現
休憩時間にロビーを行き交う人達の男女比は8:2といったところか。やはり、カップラーメンのCMで “誘惑してもいいですか” “胸騒ぎください" とささやく斉藤由貴に心を奪われたと思しき年代の男性が多いが、平成育ちと思われる若い観客もポツリポツリと見られた。斉藤由貴の楽曲の一部は、シティポップの文脈で再評価の動きもあり、新しい時代の昭和ソングファンにも支持されているのだ。
第2部。先程の衣装よりタイトな白いドレスに模様替え。スローテンポなあのCM曲から始まる。本人がノッているのがわかる。セットリストにはアルバム曲も適宜組み込まれる。そろそろ観客の多くが “まだ歌っていない曲は?” と考え始めるころだ。そうだ、アレとアレとアレとアレはまだだ。
しっとりした曲、軽やかな曲、ポップな曲。終盤もヒットナンバーのラッシュだ。16曲目を歌い終わると、斉藤由貴が少し間をおいて話し始めた。そして、感無量の思いを言葉にした。
「こんなことって、ありますか!40年経って、人生がここまで進んで、こうしてまた皆さんとこんなふうにお祝いをすることができて。そして、新しく興味を持って観に来てくださった方がいて。この時間を過ごせたことを本当に感謝申し上げます」
第2部のラストナンバー。武部聡志のピアノが美しく彩りを添える。今、このときしか見られないパフォーマンスだ。ずっと聴いていたい。だが、特別な時間はあっという間に過ぎた。こうして第2部が終わった。終わってしまった……。
“懐かしのアイドルとファンの同窓会” ではなかった濃密な時間
手拍子だけの静かなアンコールが始まる。観客のなかに “せ〜の ゆきちゃ〜ん!” と立ち上がって絶叫する人はいない。思えば1980年代に斉藤由貴を応援していたのは、どちらかというと文化系の穏やかな人が多かった印象があった。
斉藤由貴はカジュアルなファッションでステージに戻ってきた。そして、このタイミングにふさわしいお馴染みのヒット曲を披露した。さらにもう1曲。イントロが流れる。ライブを締めくくるのはしっとりとしたメロディのシングル曲だ。そういえば、この曲もまだだった。
事前のインタビューで斉藤由貴はこうも言っていた。
「(40周年記念ツアーの)“何を見ていただきたいか?” と考えたときに、私が思いついたのは、歌う私を通して、その当時の自分を見て欲しいということです。私の歌を楽しむだけじゃなくて、私を応援くださっていたときの自分を思い出して、味わって、そして抱きしめてほしいって思います」
ライブの内容は1980年代からのファンが若き日の自分を思い出し、抱きしめるのに十分なものだった。もっとも、それは “懐かしのアイドルとファンの同窓会” ではなかった。40周年記念の特別なステージなので再現性は追求したものの、斉藤由貴はそれだけをゴールとしなかった。キャリア40年のエンターテイナー、経験豊富なプロの表現者としての矜持を持って、今の自分にできる最高のものを提供しようとしたのだ。
イメージを損なうことなく、高いクオリティで一連のヒット曲をライブで歌う姿
ツアーの途中なのでネタバレNGは百も承知だが、あえてひとつ具体的なことを書いておきたい。冒頭で触れたように、このツアーではどこかで「卒業」が披露される。最大の見どころといえるだろう。武部聡志が印象的なイントロを奏でる横で、40年後の斉藤由貴が歌詞の世界を演じるように歌う。その時間、1985年の斉藤由貴に魅了され、40年の歳月を過ごした人の多くは、言葉にならない感情が込み上げ、胸がいっぱいになったことだろう。涙はとっておけなかっただろう。また、初めてライブに足を運んだ当時を知らない観客も深い感慨を覚えただろう。
アイドルがデビューから40年後に、技量や円熟度を増して、イメージを損なうことなく、高いクオリティで一連のヒット曲をライブで歌う姿に接する。これは、どのアイドルのファンでも体験できるものではない。1980年代には数多くの女性ソロアイドルがデビューしたが、2020年代に継続的な歌手活動を行っている人物はそれほど多くない。なかでも、ワンマンライブを成立させる体力と歌唱力、そして集客力をすべて兼ね備えている者は、今やほんの一握りだ。斉藤由貴のファンはなんと幸福だろうか。なお、このツアーのチケットは、すでにほとんどの公演が完売している。